270話 続・新生〈寄集の隻翼〉
場面は再び食堂。
フリューゲルは突然背後に感じた悪寒に、身を震わせた。パルナはそんなフリューゲルの様子を不審に思い尋ねる。
「いきなりどうしたのフリューゲル?」
「いや……なんか急に寒気が」
感じたことのない不思議な感覚に、フリューゲルは不思議に思いつつも作業に戻るのだった。
場面は変わり、騎士宿舎に備えられた大浴場。カナフとシーベットの担当箇所。
浴室の床をブラシでこすりながら、二人は会話をしていた。
「新型宝剣を操刃してみた調子はどうだニヤラ?」
メルグレイン王国王都リンベルン島にて新型量産剣フランベルクの開発を先導する傍らで、カナフが密かに開発していた新型宝剣。シーベットはそれをルメス島で受け取っており、このツァリス島へと持ち帰っていた。そしてその宝剣の感想を問うカナフに、シーベットは表情を変えず冷淡に答える。
「うむ、まあまあだな」
「そうか……」
以前シーベットに宝剣を手掛ける約束をしていた翅音であったが、別の宝剣を手掛ける予定があり手一杯であったことから、カナフにその開発を託していたのだった。
カナフにとっては鍛治として初めて手掛けた宝剣。その出来には不安があったものの、シーベットの反応の薄さを見て少し残念に思う彼であった。すると、シーベットの頭にしがみ付いていたシバがカナフに伝える。
「案ずるなカナフよ、シーベットはあの宝剣を受け取った日の夜、嬉しさでずっとピョンピョンと兎のように跳ね回っていた。試験で初めて操刃した時も『凄いよこの宝剣』とはしゃいでいたぞ」
シバの不意の暴露に、思わず赤面しながら叫ぶシーベット。
「シバさん!」
カナフはそのやり取りを見て、安堵したように少しだけ笑んだ後、続けた。
「まあ俺が手掛けた宝剣とは言っても、翅音さんがかつて手掛けたお前の父の宝剣を、風の聖霊石を核として一から再構築したものだがな」
それを聞き、感慨深げな表情を浮かべるシーベット。
「……父様の……そうだったのか」
「そういえばまだ騎体名を伝えてなかったな。名は“ドラグヴェンデル”。俺のオリジナルのソードではないから、そのまま名付けさせてもらったぞ」
「ドラグヴェンデル……父様の宝剣」
すると、シーベットはいつもの無表情に満面の笑みを浮かべてみせた。
「心強い、ありがとうカナブン」
そして、シーベットはふと浮かんだ疑問をカナフへと投げかける。
「ところでカナブンは自分の宝剣は造ったりしないのか?」
その問いに、カナフは迷いなく答える。自分に宝剣は必要ない。なぜなら、狙撃騎士にとっては騎体性能の高さよりも、扱い慣れた騎体の方が命中精度においては重要であり、特に自分のように天才肌ではなく、研鑽と経験を積み上げることによって精密な狙撃を可能にしている騎士はそれが顕著なのだと。
そして愛刀タルワールは量産剣ながら優秀な騎体で、自分なりの改造や改良が施されており、エリギウス帝国時代から共に戦い抜き生き抜いて来た唯一無二の相棒であるとカナフは言う。
「なるほど、性能だけがソードの全てじゃないか……シーベットは目から鱗だ」
シーベットはカナフに感銘を受けつつ、新しい愛刀ドラグヴェンデルを早く実戦で試したいとそわそわしているのだった。
場面は変わり、翼獣舎。デゼルとアレッタの担当箇所。
翼獣舎全体の水洗いは既に終了し、各スペースに飼葉を敷き詰める作業を行う二人。すると、暫く気まずそうにしていたアレッタが口を開く。
「あの……デゼルさん」
「どうしたの?」
「その……私、藐の空域での戦いの時、デゼルさんに酷いこと言ってましたよね?」
アレッタはオズヴァルドと入れ替わっていた時に、オズヴァルドがデゼルに対して暴言を吐いていたことを知っていた。互いに入れ替わっている時でも記憶は共有しているからだ。しかも、当人と二人で作業をすることになって、いたたまれなくなりアレッタは思わず謝罪したのだった。
そんなアレッタに、デゼルはその時のことを思い返すように天を仰ぎ、それから返した。
「えーと、確か木偶の坊とか言われてた気がするけど……そういえば君あの時と口調が全然違うよね?」
「ご、ごめんなさい、その私……」
言い辛そうに口ごもるアレッタに対し、デゼルは柔らかく笑んだ。
「いいよ無理して言わなくても」
「え?」
「誰にだって人に言いたくない秘密の一つや二つあるし、実は僕は剣を握れないんだけどその理由はアレッタに話してない」
「…………」
「いつかアレッタが僕達のことを仲間だって認めてくれて、話してもいいって思ってくれたら話してほしい。あ、ちなみに僕の方は聞きたければいつでも話すよ」
デゼルの気遣うような優しさが、アレッタは少し嬉しかった。するとデゼルは申し訳なさそうな様子で、後頭部を掻きながら更に伝える。
「そういえば僕のほうこそごめん、アレッタはまだこの騎士団に来たばかりで不安なんだから、もっと僕から話しかけてあげればよかった。なんとなく嫌われてるのかなとか思っちゃって」
「そ、そんなことないですよお」
「はは、よかった。じゃあここの作業、もう一息だから頑張っちゃおうか」
「はい」
アレッタは、オズヴァルドのことと、自分のこと、デゼルにならきっといつか話せる日が来るだろうと思えた。そしてその時はしっかりと、デゼルの“剣を握れない理由”を聞いてみよう、歩み寄ってみようと決意したのだった。
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