268話 走り出す運命
ソラが訪れたのはツァリス島のものよりも明らかに小さく、急ごしらえといった造りの格納庫だった。その格納庫に入りきらないソラの叢雲、アレッタのウルフバート、シーベットのスクラマサクスは抜かし、五騎のソードが所狭しと連なっている。
そして、それらのソードの修復作業であろうか、部品の調節を黙々と行う無骨な職人の姿があった。その背中を見て、思わず駆け寄るソラ。
「翅音さん……俺」
しかし、そこまでで言葉が詰まった。
二年前、自分を止めるべく立ちはだかった翅音と激闘を繰り広げ力で捩じ伏せた。しかし、翅音は〈寄集の隻翼〉を一人出て行く自分の為、叢雲に密かに聖霊騎装を追加してくれていたのだった。
ぶっきらぼうながら自分の心情を理解してくれていた、自分を案じながらも送り出してくれた、それが嬉しかった。同時に、その想いに気付けなかった事をずっと謝りたかった。
感謝、贖罪、慚愧、シオンに対するあらゆる感情が押し寄せ、ソラは何から伝えるべきか惑い、何も言えずにいた。
そんなソラを、翅音はちらりと一瞥すると何事も無かったかのように作業を続けながら、そっと言った。
「よお、なげえ散歩だったじゃねえか」
「……翅音さん」
煙草を吹かしながら、損傷したソードを見上げる翅音。
「ところでよ、そこの工具取ってくれねえか? こりゃ骨が折れそうだ」
「お、俺も手伝いますよ」
すぐさま駆け寄り、作業に取りかかるソラを見て翅音が尋ねる。
「おっ、もしかして少しは整備技術を学んで来たのか?」
「いやあ、一応叢雲は自分で整備してましたしね」
「ほうこりゃありがてえ、今後は手が足りねえ時何かと手伝ってもらえるって事か?」
「はは、俺でよければ任せてくださいよ」
ソラは、親指を立てながら意気揚々と返した。
「あ、そういえば翅音さん、俺何か知らないんすけど〈寄集の隻翼〉の団長にされちゃったんですけど」
「マジか? じゃあこれからはソラ団長って呼ばないとな」
「いやそれは止めて下さいよ」
二年ぶりの再会、しかし他愛も無い会話を続ける翅音に、ソラは何故だか救われた気がした。
※
翌日。
ルメス島の一室にて、ソラは日の出と共に着替えを行っていた。
黒い袴に足を通し、草履という履き物をモチーフにしたブーツを履くと、袖広の白い着物に袖を通し、更にその上に袖の付いた青い羽織に袖を通さず、騎装衣のように羽織った。そして襟巻、帯代わりのベルトを着けた。その出で立ちは那羽地の民族衣装に似せた制服、〈寄集の隻翼〉の正装であった。
続いてソラはこれまで使ってきた愛用の剣を右の腰に差すと、壁に立て掛けてあった羽刀を手に取った。それは翼羽から託された形見の一つである。
ソラは感慨深げに羽刀を見つめた後、それを左腰に差す。
受け取ってから初めて帯びるその羽刀は、どこか重く……しかしそれでいて何よりも心強く感じた。
そしてそれから、ソラが向かった先はこの城塞の作戦室であった。
その作戦室の扉を開くと、そこには既に騎士団の面々がおり、全員が厳かな雰囲気を醸し出し、壁の両際に並んで立っていた。まるでソラの言葉を待つように。
それを見てたじろぎながら大きく嘆息するソラ。
「うっ、この嫌がらせは誰の差し金?」
するとソラは、後頭部を掻きながらどこか気の抜けたように言葉を続けた。
「えっと、始めに言っておくけど、俺は多分歴代最強に情けない騎士団長だと思う。皆をまとめるだとか、引っ張ってくだとかそんな事出来ないし、正直言ってどう立ち振る舞えばいいか不安しかないし、まあ形だけの団長って事だしそれでもいいんだろうけど……」
しかし直後、すぐに覚悟を決めたように目付きを鋭くさせながら言い放つ。
「だとしても俺は、翼羽団長が結成させて、受け継いだこの騎士団を敗者になんてさせたくない。そして翼羽団長が守ろうとしたものはこの騎士団が守る。その為に俺に出来ることは全部やる、だから皆の力を貸してくれ、皆の力を貸して欲しい」
不安や自虐から始まったぼやきは、いつのまにか即興の演説となっていた。
拙かったかもしれない、頼りなかったかもしれない。それでもソラの偽りの無いまっすぐな言葉と決意は、その場の全員の心に響いていた。
口の端を上げるもの、表情を綻ばせるもの、表情を変えないもの、様々であったが、その瞳は力強く、全ての者が光を宿していた。
「今日この日、独立傭兵騎士団〈寄集の隻翼〉は再び始動する!」
直後、ソラの言葉に呼応するように、全員が剣礼の姿勢を取って覚悟を示すのだった。
こうして新団長ソラ=レイウィングの元、独立傭兵騎士団〈寄集の隻翼〉が二年の時を経て再始動した。
※
天藍の空域、帝都ディオローン、皇城内部に建てられた大聖堂にて。
第一騎士師団〈閃皇の牙〉師団長レオ=アークライトと、副師団長アスティル=プリムローズが立ち、その前に十数名の騎士が並んでいた。
主に少年と少女等の若き騎士達から成る顔ぶれの中には、かつて騎士養成所に籍を置いていたフテラ=アルキュオネの姿も在った。
するとアスティルは、目の前の若き騎士達に向かって言う。
「貴様達は、三つの騎士養成所の中でも選りすぐりの者達だ。剣刀祭で結果を残した者、養成所での成績が常に首位の者、レオ師団長や私の目に止まった者と様々だが、全員がこのエリギウスの未来を担うと判断された」
前回の剣刀祭での優勝者、イーシャ=カウルはこの場に居らず、何故か自分がこの場に居る事をフテラは不思議に思った。成績が首位であったのは昔の話であるし、剣刀祭では準々決勝敗退という第一騎士師団に登用されるにはあまりにも凡庸な結果である。
しかし、それでも〈閃皇の牙〉の騎士として正騎士になれた事は、フテラにとってはまたとない絶好の機会であった。
「レオ師団長、一言お願いします」
「えぇっ! 俺?」
アスティルがレオに振ると、レオは狼狽えた様子で自分を指差した。
「えーと、俺が〈閃皇の牙〉師団長のレオ=アークライトだ。うーん参ったな、特にこれといってないんだけど……そうだな……」
エリギウス直属騎士師団の中でも最強に位置する第一騎士師団〈閃皇の牙〉。その師団長であり、三殊の神騎の一人にも数えられる騎士王レオ=アークライトの、あまりにもイメージとかけはなれた雰囲気に騎士達が面食らっていると、アスティルが大きく嘆息しながらレオに耳打ちした。
直後、レオは表情をキリッとさせ、騎士達に伝える。
「間も無く、とてつもなく大きな戦いが始まろうとしている。そしてお前達は誇り高きエリギウスの剣だ……」
レオは言葉を詰まらせながら再度言い直す。
「お前達は誇り高きエリギウスの剣だ……」
しかし再び言葉を詰まらせると、助けを求めるようにちらちらと視線を送り、それに気付いたアスティルが再び大きく嘆息し、耳打ちをする。直後勇ましくレオが言い放つ。
「その刃朽ちるまで、全身全霊戦い抜け!」
「…………」
その締まらない演説に困惑しながらも、若き騎士達は仕方なさそうに剣礼を行う。だが、フテラだけは違った。覚悟を決めたように、己に誓うように、鋭い眼光と美しい所作で剣礼を行っていた。
――待っててね父さん、私が必ず父さんの無念を晴らしてあげる……ソラ=レイウィングを討って。
今、それぞれの空の下、走り出したそれぞれの運命が交差しようとしていた。
第七章完
第八章に続く
ここまで物語にお付き合い頂き本当にありがとうございます。これにて第七章完となり第八章に続きます。
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