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266話 眩い光の中で

 ヴェズルフェルニルの群れを追いながら撃破を試みていたアルテーリエは、空域を覆っていた黒雲が晴れ、澄み渡った空を見上げながら確信する。


「……大聖霊の黙示が消えた……屈服させたのか、雷の大聖霊獣ワウケオンを」


 すると、同時に群れが進撃を止め、次々霞のように消え去っていくのだった。


 そしてアルテーリエは胸を撫で下ろし、大きく息を吐いた。


「……終わったか」



 共闘しながらヴェズルフェルニルを撃破していたデゼルとオズヴァルドも、大聖霊の黙示の消失と、群れの進撃が止み次々と消えていくのを見て、この戦いが終結した事を確信した。


「あの野郎……本当に一人で大聖霊獣を倒しやがった」


『一人じゃないよ』


「何だと?」


『ソラはきっと、一人で戦ってた訳じゃない。だから強いんだ……はは、詭弁って言えば詭弁だけどね』


 そんなデゼルの言葉にオズヴァルドは深く目を瞑り、返す。


 ――姉さん。


「いや……お前の言う通りかもな」



 自身が主導した戦闘の終了を見届け、ウルはどこか哀しげに、どこか儚げに、空を見上げながら言う。


「ったく……大した野郎だ」



 また、別の空域でヴェズルフェルニルと戦闘を繰り広げながら、〈天眼(てんみとおすまなこ)〉でソラとワウケオンの戦いを見届けていたフリューゲルが、どこか穏やかな笑みを浮かべながら呟いた。


「んだよあいつ、まるで……まるで翼羽ねえじゃねえか」



 こうして、(むらさき)の空域で起こった〈亡国の咆哮〉による魔獣襲撃と、突如発生した大聖霊の黙示、そして顕現した雷の大聖霊獣ワウケオンとの戦いは終わりを告げるのだった。




 ※      ※      ※     



 そこはただただ暗く、冷たく、果てない空間だった。


 ソラは、その暗闇の中を無意識に走り突き進む。終わり無く、当ても無く、どこまでも続いているその道を。


 息を切らせながらソラはふと立ち止まり、呟いた。


「俺は……少しでも近付けたんだろうか?」


 すると、ソラと背中合わせに立つ一人の人物が問う。


「どうしてそう思う?」


 どこかで聞いた懐かしい声。しかし何故か、それが誰なのかは思い出せなかった。


「……近付きたいってずっと願ってたから、ずっと遠ざかってるような今までが苦しかった。でも何でかな、今は少しだけ救われた気がしたんだ」


「……そっか」


 すると背後の人物は、諭すような声でゆっくりと返した。


「でも近付こうって願ってしまえばそれはきっと永遠に叶わない」


 ソラはそれを聞き、俯く。するとすぐに背後の人物は続けた。


「近付くんじゃない、越えるんだ」


「越える? ……俺が?」


「出来るさ、君なら……少なくともずっとそう信じていた人間が居た。いや、ここに居る」


 その言葉を聞き、ソラは背後の人物を思い出しかけ振り返る。


「なあ、あんた――」


 そこには誰もおらず、ただ白く眩い光だけが降り注いでた。ソラは暖かなその光に手をかざしながら、ゆっくりと優しくそれに包み込まれた。




 ※      ※      ※     



「う……ん」


 どこからか降り注ぐ光の眩しさが、ソラの目を覚まさせた。


 ゆっくりと体を起こし辺りを見回すと、そこはどこかの一室であり、自身がベッドの上で寝ていた事を覚る。


 開け放たれた窓からは、心地良い風と共にどこか懐かしさを感じる光が差し込んでいた。


「目覚めたか」


 そこに居たのは、足と腕を組みながら椅子に座り、こちらを睨むように覗き込むアルテーリエであった。


「げっ! あ、アルテーリエ様!」 


「『げっ』とは何だ『げっ』とは!」


 自分達がしでかした事の後ろめたさから、アルテーリエが目の前に居るのはソラにとっては心苦しく、ソラはついつい無意識に声を漏らしてしまった。


「も、もしかしてここは独房ですか?」


「何故だ?」


「あーいや、その、もしかして俺、収監されちゃったのかなって……俺達がした事は許される事じゃないですから」


「まあ確かにそうだな」


 アルテーリエの言葉に、ソラは俯き、表情に影を落としながら返す。


「で……ですよね、俺達は最初は、民や騎士に例え犠牲が出るとしてもそれに構わず任務を遂行するつもりだったんです……だから、俺はどんな罰でも受けるつもりで――」


 するとアルテーリエは軽く嘆息してソラの言葉を遮った。


「もし万が一、民や〈因果の鮮血〉の騎士に犠牲が出ていればの話だがな。今回の戦いでは幸いにも民にも騎士にも犠牲は出ていない」


 どんな理由があれどこのメルグレインを混乱に陥れた罪は重い。それでも結果的に見ればソラ達は雷の大聖霊獣を屈服させ、雷の大聖霊石を手に入れた。その功績は大きい。罪と功績を相殺し、今回の件は不問とするしかあるまいと、アルテーリエは続けた。


「……アルテーリエ様」


「〈亡国の咆哮〉の残る二名の騎士についても一旦は拘束したが既に釈放済みだ」


 それを聞き、ほっと胸を撫で下ろすソラ。すると、アルテーリエが尋ねる。


「今回の襲撃を画策したのは、〈因果の鮮血〉がエリギウス帝国と戦う為の力を得る目的だったのだろう?」


 対し、ソラが答える。三ヵ月後の大聖霊の黙示に合わせ、エリギウス側が大規模侵攻を予定しているという情報を得た。そのため自分達はそれよりも先にどうしても雷の大聖霊石を手に入れて〈因果の鮮血〉に渡しておかなくてはならなかった……二年前の悲劇を繰り返させない為にも、と。


 次の瞬間、頭部に衝撃が走り、ソラはその痛みに悶えた。アルテーリエの拳がソラに振り下ろされたからだ。


「あいたー!」


「なら最初からそう言え全く!」


「い、いやそれじゃやらせになっちゃうんでこうするしか無かったんです、本物の闘争の意思じゃなきゃ大聖霊獣は顕現しないんですよ」


「ふん、まあいい……とにかく雷の大聖霊石を手に入れてくれた事は感謝する。物は既にこちらで預からせてもらった、近い内にこのメルグレインで純血のちぎりを行う事とする」


 アルテーリエはそう言うと、おもむろソラに背を向けながら伝える。


「それと、ここは勿論独房ではない」


「えっとそれじゃあ――」


「〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉の仮本拠地、ルメス島だ」


「……え」


 するとアルテーリエはその場から歩を進め、ドアノブを回す。次の瞬間、聞き耳を立てていたのであろう〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉の面々が、ドアから雪崩れ込んできた。


 体勢を崩しながらその部屋に入って来たのは、フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィ、パルナであった。そして少し遅れ、カナフがゆっくりと部屋に入って来た。


「積もる話もあるだろう、私はこれで席を外させてもらうぞ」


 〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉の面々を見て、そう言いながら扉を出て行こうとするアルテーリエに、ソラは深々と頭を下げ謝意を示すのだった。


「おはようソラ君、体は大丈夫?」


「……プルームちゃん」


 プルームがソラに声をかけると、ソラは一人一人の顔を見た後、ベッドから飛び跳ね――床に勢い良く土下座した。


「皆さん……その………本当すいませんでした」


 そして突然のジャンピング土下座に、その場の全員が引いていると、ソラはお構いなしに続ける。


「俺、皆に暴言吐くわ、攻撃して暴れるわで本当に皆さんに迷惑かけたなって」


 そんなソラに対し、エイラリィが最初にソラへと言う。


「確かに、私のカーテナを真っ先に攻撃して来ましたもんね」


「あれ……確かエイラリィちゃんそれは水に流すって」


「逆切れですか?」


「嘘ですすみません」


 続いて笑顔でソラの肩に触れながらデゼルが言う。


「僕のベリサルダも片腕無くなって今修理中だからねソラ」


「すみません、本当にすみません」


 更に追い打ちをかけるように、遠い目をしながらカナフがそっと呟く。


「『あんたに何が解る?』『狙撃騎士のあんたが、剣で俺に勝てると思っているのか?』……ふっ、中々傷付いたなあれは」


「違うんです、竜域に入ると俺無意識に喋っちゃう所があるっていうか、感じた事そのまま言っちゃってるっていうか」


「つまり本心って事か……余計傷付いたぞ」


「ああっ、すみませんすみません」


 そしてとどめと言わんばかりに、プルームが無邪気に言い放った。


「でも良かった、私ソラ君が別人になっちゃったかと思ったよ。『死にたくなければそこをどけ』とか言ってたし」


 それを聞いた瞬間、ソラは赤面し悶えながら床を左右に転がり始めた。


「ああああああっ! 忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ!」


 直後、カナフの後に部屋に入ってきていた人物がそんなソラを冷たい視線で見下ろしながら言った。


「あの、ソラさんってそんな感じだったんですか? ちょっと騙されてたんですけど」


「あ、アレッタちゃん!」


 その人物とはアレッタであり、彼女が今この場に居る事をソラが少し驚いていると、アレッタに対してフリューゲルが尋ねた。


「こいつ〈亡国の咆哮〉ではどういう感じだったんだ?」


「えっとそうですね……クールで、ストイックで、頼りがいのある感じでした」


 するとそれを聞いたパルナとフリューゲルが思わず顔を見合わせながら呟いた。


「……クール」


「……頼りがいのある」


 対して、体を起こしながら勢いに任せて返すソラ。


「はいそうですすみません、キャラ作ってました! それが何か!」


「清々しい程に逆ギレしてやがるなこいつ」


 そんなソラを見ながら、アレッタは優しくそっと微笑む。


 ――二年間もキャラ作り続けたり出来るんですかね? ……ただきっと、何て言うか、この騎士団に居るソラさんはきっと自然体のソラさんなんだって、そう思います。


「……少し悔しいな」


 そして少しだけ寂しげな表情でアレッタがそっと囁いた。


「何か言ったアレッタちゃん?」


「いえ、別に何も」


 するとソラはふと、この場にアレッタだけが居て、ウルの姿が無い事を不思議に思い尋ねる。


「ところでアレッタちゃん、ウルさんは?」


「ウル団長はもうこの空域には居ません」


「え、どういう事?」


「ウル団長からの言伝(ことづて)です『あたし達は十分役目を果たし〈因果の鮮血〉に未来を繋げた。それにソラはきっと〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉に帰っちまうだろう。だが帰る場所があるんだこれ程喜ばしい事はねえ。だから……〈亡国の咆哮〉は今回の任務を最後に解散する』だそうです」


 それを聞き、自分の事を深い部分で理解してくれていた事に、ソラは心の中でウルに対して感謝の念を抱くのだった。


「……ウルさん」


「そして私に宝剣ウルフバートを託し、私はソラさん達に協力するようにって」


「それじゃあアレッタちゃんも〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉に?」


「いえ……私はあくまで〈亡国の咆哮〉の騎士です。ソラさんにとっての団長さんがそうであるように、私にとっての団長は今も昔もウル団長一人だけですから」


 アレッタは首を横に振り、目を伏せながら返した。


「そっか、でもアレッタちゃんとオズヴァルドが戦力として加わってくれれば心強いよ」


 するとソラのふとしたその言葉に、首を傾げるフリューゲル。


「オズヴァルド?」


「あ、いや、その件は追々……アレッタちゃんが話したくなったら話してくれると思う」


 ソラはお茶を濁すように返すと、アレッタに尋ねる。


「それで……ウルさんはどこへ?」


「ウル団長は再び(しろ)の空域に戻りました。まだやるべき事がある、残ってるって言い残して」


「やるべき事?」


「それが何なのかは最後まで教えてくれませんでした。そして……私が付いていくことも最後まで許してくれませんでした」


 大切な者との突然の別れに、寂しげな表情でアレッタは呟いた。

266話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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