264話 〈寄集の隻翼〉の騎士として
「……エイラリィちゃん」
『エイラ、戻って来たの?』
『はい、どこかの誰かさんにカーテナを損傷させられルメス島に一時撤退しましたが、何とか修復が完了し戦線復帰しました』
ソラは、エイラリィに対する激しい後ろめたさから、目を伏せ何も返せずにいた。
そんなソラの叢雲の背後に回ると、エイラリィは黙ってカーテナの両掌を叢雲の背部の損傷部にかざし、竜殲術〈癒掌〉を発動した。そしてカーテナの両掌から発せられる青白い光が、少しずつ叢雲の損傷部を修復していく。
『今から私が〈癒掌〉で叢雲を出来る限り修復します。大聖霊獣と戦うならせめてもう少し準備を整えてから行くべきではありませんか?』
「……ああ、ありがとうエイラリィちゃん」
尤もな指摘に、ソラが申し訳なさそうに礼を言うと、エイラリィは目を細めながらぼそっと呟く。
『あとソラさん、真っ先に私に攻撃してきた恨み一生忘れませんからね』
「……うっ」
『こ、こらエイラ!』
するとエイラリィは小さく嘆息を漏らした後、少しだけ優しい声で続けた。
『このくらい言わせてください……まあ、ちゃんと〈寄集の隻翼〉に戻ってくるって約束するなら全部水に流してあげてもいいです』
そんなエイラリィの意外な言葉に、言葉を詰まらせながらソラは返す。
「エイラリィちゃん……本当にいいのか? ……俺が戻っても」
『愚問です、〈寄集の隻翼〉は……あなたの帰る場所でしょ?』
不安げなソラの問いにエイラリィは躊躇無く答えた。するとソラは、深く目を瞑り、微笑みながら言う。
「分かった、約束するよ」
『ソラ君』
それを聞き、プルームもまた安堵したように微笑んだ。
その直後だった。
空間に走っていた稲妻や雲の中を荒れ狂っていた稲妻が一点に集束し始め、形を成し始める。大聖霊獣の顕現の兆候であった。
それを見たソラは、プルームとエイラリィに伝える。
プルームのカットラスはもう戦えるだけの武装が無いため、プルームとエイラリィは二人で、浮遊岩礁で動けなくなってる筈のカナフを連れてここから出来るだけ遠ざかってくれと。
『うん……悔しいけど、今の私に出来るのはそのくらいしかないよね』
『分かりました、でも多少修復したとはいえ、本当に叢雲一騎で戦うつもりですか?』
エイラリィの問いに、ソラは覚悟を決めたように、しかしどこか吹っ切れたように返した。
「プルームちゃんの言う通り、もしこの戦いで誰かが犠牲になったらきっと俺は自分の事を一生許せなくなる。背負い込んでる訳じゃない……これは俺なりのけじめなんだ……〈寄集の隻翼〉の騎士としてまた戦う為の」
そんなソラにプルームが尋ねる。
『ソラ君、一人じゃないって分かってるよね?』
「ああ、勿論だよ」
『ならよし』
プルームはソラに笑顔でそう伝えると、カットラスを飛翔させエイラリィのカーテナと共にカナフの居る浮遊岩礁を目指し飛ぶ。
そしてソラもまた、叢雲を飛翔させ、顕現を始める雷の大聖霊獣の元へと飛ぶのだった。
一方、ヴェズルフェルニルの討伐と、雷の大聖霊獣の顕現、その二つの対応に追われ、アルテーリエは指揮官としての決断を迫られていた。
――部隊の半数を大聖霊獣討伐に割くしかない、だがそうすればヴェズルフェルニルの群れは止められない。どうする? どうするアルテーリエ?
次の瞬間、アルテーリエに向けて伝映と伝声が入る。
『アルテーリエ様』
「……ソラか! 貴様は今〈亡国の咆哮〉に籍を置いているそうだな、この魔獣襲撃事件の首謀者の一味がどの面下げて私に話しかけてる?」
『すみません、罰は後で必ず受けます……それよりアルテーリエ様、部隊がいくら新型量産剣で構成されていると言ってもここで大聖霊獣と戦えば多くの被害を出す、それじゃあ〈因果の鮮血〉が長年かけて戦力を再構築させた意味がなくなります』
「ならどうしろというのだ! このまま大聖霊獣を放置すればこのメルグレインに住まう多くの民が犠牲になる、貴様達が呼び起こした大聖霊獣のせいでな!」
『分かってます、だから自分達の後始末は自分達で付けます。それに雷の大聖霊獣を倒せばヴェズルフェルニルの群れは今度こそ止まる筈です。アルテーリエ様はこのまま全戦力でヴェズルフェルニルの足止めに集中してください』
「雷の大聖霊獣はどうするつもりだ?」
するとソラは淀みなく、ただ真っ直ぐに言い放つ。
『雷の大聖霊獣ワウケオンは……俺が倒す』
その言葉、そしてその眼を見て、アルテーリエはソラに翼羽の面影を見た。
――翼羽ちゃん。
そして直後、アルテーリエは軽く笑むと、部隊に向けて指示を出す。
「全騎士に告ぐ〈因果の鮮血〉の全戦力を以てヴェズルフェルニルの群れを足止めせよ!」
更に、ウルの元にもソラからの伝声が入る。
『ウルさん、ワウケオンは俺が必ず倒す。だからウルさんとアレッタちゃんでヴェズルフェルニルの群れを少しでも食い止める為に〈因果の鮮血〉に力を貸してくれ』
「あ? 何言ってやがる! てめえはまた一人で突っ走るつもりか? 雷の大聖霊獣が顕現したらあたし達全員でぶっ倒すって作戦だったろうが!」
『頼むよウルさん、ヴェズルフェルニルの群れがいずれかの島に到達したら民に犠牲が出る、それはウルさんにとっても本意じゃ無い筈だ』
「だがてめえに任せて、てめえが死んだら雷の大聖霊石は手に入らず仕舞い、ここまでやって全てが水の泡だぞ、解ってんのか?」
次の瞬間、ソラは間髪入れず淀み無い声で、ウルに返す。
『俺は死なない、水の泡にもさせない』
するとウルは、覚悟を決めたようなソラの目を見て後頭部を掻き、軽く嘆息した。
「ちっ、わかったよ。相変わらず糞生意気な奴だ……そんかわしさっさと終わらせて来い」
『ありがとうウルさん』
直後、ウルはソラの無謀にも思える提言を受け入れると、ウルフバートを全速で推進させ、島を目指して飛ぶヴェズルフェルニルの群れを追いながら攻撃を開始した。
一方、デゼルのベリサルダと戦いを繰り広げていたオズヴァルドの元には、ウルからヴェズルフェルニル撃破の指示が入っていた。
そしてオズヴァルドはベリサルダへの攻撃を止め、デゼルに伝声を行う。
「悪いが、勝負はここまでだ木偶の坊、事情が変わった。僕はこれから群れの一部を追う」
『……なら、目的は同じ筈だ。僕の力ならさっきみたいに群れの進撃を止められる。君はその間に少しでも多くのヴェズルフェルニルを倒してくれ』
「ちっ、僕に指図するな」
オズヴァルドは渋々と言った様子で、デゼルと共にヴェズルフェルニルの群れの一部を追うのだった。
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