263話 雷の大精霊獣ワウケオン
時を同じくして、藐の空域にあるとある浮遊岩礁に、一人の銀髪の少女と、一匹の子犬が居た。
「そろそろ頃合いだぞシーベット」
「そっか……なら始めようシバさん」
その一人と一匹は、シーベットとシバであり、両者は空を見上げ、覚悟を決めたような表情で顔を見合わせた。
すると、シバの瞳が翡翠色に輝き、荒れ狂う竜巻に包まれたその直後、そこには、翡翠色の瞳と白銀の毛、長い二本の牙を持つ巨大な狼の姿――大聖霊獣フェンリルの姿が在った。
場面は、オズヴァルド率いる第二波のヴェズルフェルニルの群れと戦うフリューゲルとデゼル達の戦場。
デゼルは、片腕となったベリサルダでオズヴァルドの駆るエスパダロペラと激闘を繰り広げていた。
「ハアッハアッハアッ」
――強い!
オズヴァルドの舞の如き剣技は、デゼルのベリサルダの絶対防御を悉く躱し、その装甲に斬撃を幾度となく叩き込んでいた。
それでも耐久力の高いベリサルダは致命的な損傷を受けるまでには至っていなかったが、ベリサルダの攻撃もまたエスパダロペラには届いていなかった。
「ちっ、この木偶の坊……何発叩き込めば落ちるんだ!」
一方のオズヴァルドも、デゼル相手に動きを止められており、苛立ちを募らせるように舌を打つ。
また、単騎にて千を超えるヴェズルフェルニルの群れに攻撃を続けるフリューゲルであったが、止まる事無く狙撃を続けていたフリューゲルの刃力には限界が訪れようとしていた。
「くそがっ、目の前が霞んで来やがった」
その時、フリューゲルにプルームからの伝声が入り、先程ソラから得た情報が伝えられた。
「女王が竜殲術で操られてやがったのか……ハッ、渡りに船とはこの事だな」
すると、フリューゲルは遠見と透視の力を持つ〈天眼〉を発動させ、群れの最後尾を凝視し、標的を索敵する。そして、そこに何者かの刃力が纏わり付く一匹の個体を見付ける事に成功した。
「居やがった、これが女王か……これで終いだ!」
次の瞬間、狙撃式刃力弓から放たれた雷光の矢が――ヴェズルフェルニルの女王を貫いた。
場面は変わり、ウル率いる第一波と激闘を繰り広げるアルテーリエ達の戦場。
「ハアッハアッハアッ」
アルテーリエもまた、〈血殺〉の連続使用により、刃力が尽きかけていた。それでもまだ、ヴェズルフェルニルの群れを殲滅する事は出来ず、しかも群れを止める情報を得たとはいえ、フリューゲル無しでは群れの中に一匹だけ居る女王を探し出す事は出来ない。するとその時だった。
『アルテーリエ様、第二波動きが止まりました!』
伝令員からの伝声が入り、第二波の群れの進撃が止まったと知り、第二波に潜む女王を無事倒せた事を確信して胸を撫で下ろした。
――やってくれたのか。だがこちらは、女王を判別する手段が無い、フリューゲルが到着するまで持つしかないのか?
直後、アルテーリエに向けてフリューゲルからの伝声。
『アルテーリエ様、俺の眼なら女王を判別出来ます、今から群れの中の女王まで誘導します』
「フリューゲルか、その位置から捕捉出来るのか?」
『そのくらい朝飯前ですよ』
フリューゲルの言葉に頼もしさを覚え、アルテーリエは口の端を上げると、真紅の大鎌を構えた。
『そのまま真っ直ぐ突っ込んでください……右に旋回……少し上昇して更に直進』
アルテーリエはフリューゲルの指示の元、ミームングを操り女王の元へと飛ぶ。
一方、第二波の女王の撃破の報せをオズヴァルドから受け、ウルは任務の失敗が頭を過った。
「まさか……第二波の女王が殺られただと? しかも、アルテーリエに指示を出してる奴が女王の位置を把握してやがる!」
アルテーリエの心の声を聞き、ウルはアルテーリエがフリューゲルの指示で女王を倒そうとしている事を悟り、アルテーリエのミームングを追おうとウルフバートを推進させようとした――その時。
「くっ!」
ウルフバートに向けてフランベルク部隊からの一斉射撃が開始される。ウルはウルフバートに抗刃力結界を発動させ、結界でそれを防ぎながら回避行動を取るが、騎体に損傷を受けながら足止めを食らうのだった。
そして――フリューゲルからアルテーリエに最後の指示が飛ぶ。
『そこです、目の前の集団、中央の個体です!』
「ハアアアアッ!」
アルテーリエのミームングが持つ真紅の大鎌による斬撃一閃。フリューゲルから見て何者かの刃力を纏うヴェズルフェルニル――つまり女王が真っ二つに両断され、絶命する。
すると、第一波のヴェズルフェルニルの群れが進撃を止め、静止を始めた。
「止まった……やったのか?」
また、第一波と第二波に潜んでいた群れの女王が仕留められ、完全な任務の失敗を受け入れるウル。
――ちっ、ここまでか。
すると次の瞬間、突如空が暗くなり、空域内の至る所に稲妻が走り始める。
日が昇り、光に照らされていた筈の空は、灰と黒の雲に覆われ、仄暗い闇に包まれ始めた。しかしその闇は、雲の中を荒れ狂い空間で弾ける雷光がすぐさま照らし、雷鳴が静寂を掻き消した。
アルテーリエは、驚愕の表情でその光景を眺めながら呟く。
「こ、これはまさか……“大聖霊の黙示”なのか!」
大聖霊の黙示とは、大聖霊と呼ばれる存在が眠る空域で、一年に一度の周期で発生する現象。一年に一度、大聖霊の意思が極限に高まる日があり、その大聖霊の眠る空域は大聖霊の意思による影響を強く受け、地系が変わり、空間が歪み、空域内は大聖霊の膨大な力で埋め尽くされる。
しかし、藐の空域で発生する大聖霊の黙示の周期は三ヵ月後であり、現在それが起きる事はあり得なかった。
「どういう事だ? 何故こんな事が!」
不可解かつあり得べからざる出来事に、アルテーリエが動揺しながら考察していたその時。
第二波のヴェズルフェルニルの群れは消え去る事無く再度進撃を始め、更には王都を含めメルグレインの主要都市が存在する島の方向へと散りだしたのだ。
直後、フリューゲルからアルテーリエに伝声が入る。
『アルテーリエ様、第一波の群れが再度進撃を開始、更に各主要都市の存在する島に向けて散りだしたもようです。これより到着したリーンハルト部隊と共に群れを追撃します』
第一波の群れも全く同じ動きを始めた事を知り、アルテーリエは激しい焦燥感に駆られていた。
「王都だけを目指していた群れが散り散りに……このままでは複数の島の民に多くの犠牲が出る……しかも周期外に突如発生した大聖霊の黙示、一体何が起きようとしているのだ!」
再び巻き起こる混乱、迫る絶望、新たな脅威、アルテーリエは守るべきものを選択しなければならない決断を迫られていた。
時を同じくして、そこには片膝を付かせた状態の自騎の中で、空を見上げながら佇むソラとプルームの姿があった。
『これは……大聖霊の黙示』
突如発生した大聖霊の黙示に呆然とするプルーム。するとソラは、頬に汗を伝わせながら言う。
「この大聖霊の黙示は強制的に引き起こされたものなんだ、そして大聖霊が顕現するのに必要な闘争の意思が十分に溜まったっていう合図でもある」
『じゃあ……一歩遅かったって事?』
プルームの言葉に、ソラは俯きながら慚愧の意を示す。
「ごめん、俺のせいだ」
『……ううん、ソラ君だけのせいじゃないよ、でも一体……どうやって大聖霊の黙示を』
「……プルームちゃん、そのからくりは後で話す。それよりもこれからすぐに雷の大聖霊獣が顕現する」
そう言いながら、ソラは再度叢雲を立ち上がらせた。そんなソラにプルームが尋ねる。
『ソラ君達はどうするつもりだったの?』
「大聖霊の黙示が始まったら、それぞれの群れの女王を倒して群れの進撃を止めた後、〈因果の鮮血〉の戦力を利用しつつ俺達〈亡国の咆哮〉で討つつもりだったんだ」
『……そうだったんだね』
次の瞬間、激しく動揺した様子で、プルームがソラに伝える。
『ソラ君今情報が入った! 第一波、第二波の群れの女王を倒したけど群れが消滅しない、それどころかそれぞれ再進撃を開始したみたいなの! しかも今度は王都だけじゃなく、他の空域にある島を目掛けて散って行ってるって』
「なっ!」
『どうして? 女王は倒した筈なのに』
目論見が外れ二人が困惑していると、突如二人の頭の中に何者かの声が直接が響いてくる。
『ワガケンゾクタチヨ……コロセ……クラエ……ムサボレ』
どこか威厳を漂わせるその神々しい声は、それが人知を超えた力の持ち主である事を予感させた。
『声が直接頭に……これって』
「ああ、この声は恐らく雷の大聖霊獣の声」
そしてソラとプルームは漠然とその言葉の意味を理解する。
「そうか……そういう事か。多分今度は雷の大聖霊獣がヴェズルフェルニル達の新しい女王となって命令を下してるんだ!」
「そんな、じゃあ大聖霊獣を倒さない限りヴェズルフェルニルの群れは止まらないって事? 群れの進撃が止まらないんじゃ〈因果の鮮血〉部隊も大聖霊獣討伐に戦力を割けないよ、それに叢雲も私のカットラスも損傷しちゃってるし……ってソラ君何をするつもり?」
すると、叢雲を飛翔させようと推進刃、四肢の稼働状況をチェックするソラの姿を見て、プルームが焦ったように尋ねた。
対しソラは、淀みなく答える。
「操作系統に異常はあるけど、何とか叢雲はまだ動く、だから俺が雷の大聖霊獣と戦う」
『いくらなんでも無茶だよ』
「無茶でもやるしかないよ、こうなったのは俺の責任なんだ」
雷の大聖霊獣との戦闘に向かおうとするソラに難色を示すプルームであったが、ソラは自責の念を吐露しながら構わず飛び立とうとした。するとその時、ソラの叢雲に向かってとある人物から伝声が入る。
『騎体がそんな状態で大聖霊獣と戦って勝てると思っているんですか? 無謀と勇気を履き違えないでください』
そこに現れたのは、一度ソラの斬撃を受け、撤退を余儀なくされたエイラリィのカーテナであった。
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