261話 何度だって立ち上がる
場面は、激闘を繰り広げるソラの叢雲とプルームのカットラスへと移る。
プルームの竜殲術〈念導〉により、操作される十二基の思念操作式飛翔刃は、それぞれが空中を急後退、急降下、廻旋、交差、転回を繰り返し、虚空に残像の航跡を残す程の高速かつ複雑無比な動きを繰り広げながら、叢雲を全方位から狙う。
しかし、ソラの叢雲は最小限の動きで思念操作式飛翔刃を躱しつつ、左手の刃力弓から放つ光矢で三基を続けざま撃ち落すと、上方、下方、左右と自騎に一斉に向かってくる四基を、右手の羽刀型刃力剣による横薙ぎ、刺突、真向斬りにて斬って落とした。
一瞬で半数以上を失った思念操作式飛翔刃を、一旦自騎の周囲を旋回させながら、ソラへと伝声を行うプルーム。
「ねえソラ君。ソラ君が〈寄集の隻翼〉に仮入団したばかりの頃、一緒に修業した事覚えてる?」
不意に尋ねるプルームに対し、ソラはカットラスと距離を保ったまま静かに返す。
『プルームちゃんには感謝しかないよ……反射能力向上訓練、プルームちゃんが居たから俺はここまで戦えるようになったんだ』
「ソラ君、最初は私が軽く放った礫で気を失ってたのに、今じゃ全力の思念操作式飛翔刃でも届かない……君は、どんどん凄くなっていくね」
するとプルームは、カットラスの周囲を旋回させていた残り五基の思念操作式飛翔刃を再度全開で操作しつつ、叢雲の全包囲から頭部を狙う。
だが、叢雲は高速で飛翔しながら思念操作式飛翔刃の包囲を抜けると――袈裟斬り、逆袈裟、刃力弓からの連射、刺突、華麗な連撃で全基を破壊してみせた。
全ての思念操作式飛翔刃を失い、それでもプルームは穏やかな声でソラに伝える。
「打ちのめされて、叩きのめされて、それでも何度でも立ち上がって前に進んでいく……君のそんな姿が私にも、エイラにも、皆にも勇気を与えて来たんだよ」
『…………』
直後、ソラはプルームのカットラスに向けて刃力弓から光矢を放った。二発、三発、その射撃をプルームのカットラスは騎体を廻旋させながら回避しつつ、右手に持つ連射式刃力弓を叢雲に向け発射する。
連続で射出される光矢、しかしソラはそれを騎体を左右に振りつつ、斬撃で弾きながら一気に相手との距離を詰め、擦れ違い様にカットラスが持つ連射式刃力弓を斬って破壊した。
射術騎士であるプルームが、中距離、遠距離武器を全て失うという事は、即ち敗北と同義である。しかしそれでもプルームは、決して怯まずソラに想いを伝え続ける。
「……君はきっと、いつだって誰かの為に戦ってた。大切な人の為に、私達の為に、この空を守る為に」
すると、プルームは言いながら俯き、悲しげな表情と、哀しげな声で続けた。
「でも今の君は多分、誰かの為にも、自分の為にも、何かを守る為にも戦ってない」
その言葉に、ソラの竜域が突如解除され、通常の瞳となったソラが叫ぶ。
『違う! 俺は……守らなくちゃならないんだ……託されたものを、翼羽団長が守ろうとしたものを』
そんなソラに、今度はプルームが叫んだ。
「君は託されたものを何一つ守ってなんかいない! 残されたものにすがってるだけだよ!」
その言葉を受け、ソラは自身が未だ翼羽から渡された羽刀を身に着けられていない事を思い返し、同時にかつてアレッタやウルに言った言葉が脳裏を過る。
《俺だって怖いよ、託されたものを無駄にするのが怖い》
《翼羽団長の残したものを無駄にしたくない、これは俺のただの意地だ》
『違う! ……俺は……俺は!』
ソラは先程までの冷静さが嘘のように、激しく動揺した様子でプルームのカットラスに斬りかかった。
それでも、それはソラの渾身の斬撃。射術騎士のプルームには最早防ぐ手立ては無い――筈だった。
『な……に?』
しかし、プルームのカットラスの手には刃力剣が握られており、その一撃を防いでいたのだ。
『くっ!』
更にソラの叢雲は、カットラスに対し連撃を叩き込むも、その全てを巧みな剣捌きで受け止められたのだった。
――何で受けられる? アロンダイトの思念操作式斬竜剣ならともかく、ただの刃力剣で?
ソラは困惑していた。純粋な白刃騎士でなければ例え受け止められたとしても刀身ごと相手を切断して来た渾身の一撃が、何故射術騎士であるプルームに受けられたのだと。
しかし、その混乱もすぐさま払い、ソラは再度竜域に入ると、都牟羽 零式 憑閃により刃力を収束させ、金色の刀身を持つ羽刀型刃力剣にて再度プルームのカットラスに斬りかかった。
「これは!」
だが、その一撃すら受け止められ、ソラは違和感を抱く。そしてすぐにその正体に気付くのだった。
――芯を僅かにずらされてる……〈念導〉を使って。
本来であれば、ある程度大きなものや他人の刃力が通ったものは一瞬しか操作出来ない制約のある〈念導〉であるが、プルームは斬撃の瞬間、刹那の隙間に叢雲の刃力剣に能力を使用、芯をずらす事でソラの圧倒的な破壊力を持つ斬撃を受け止める事を可能にしていた。
これは、プルームが右手の自由を失った結果、常時〈念導〉を使用しながら戦う戦法を編み出した事で得た能力の洗練だった。
失えば新たに得られるものがある。フリューゲルの言葉を信じ、研鑽を重ねて来たプルームが辿り着いた新たな境地であったのだ。
プルームは、カットラスに叢雲と刃を交えさせたまま、ソラに呼びかける。
「ソラ君私ね、自分が弱かったから煉空の粛清を引き起こした、もっと自分が強ければ翼羽団長が死なずに済んだ……そうやって自分を責めた。ソードも操刃出来なくなって、何も出来ない無力な自分をたまらなく惨めに思った」
ソラは、何も言わずただプルームの言葉に耳を傾ける。
「そうやって全部自分で背負って、自分を追い込んで、どうしようもなく折れそうになってたんだ」
『…………』
「でも折れなかった、私は一人じゃなかった、私には私を支えてくれる人が居た。だから私は私を信じてくれてる人の為にも何度だって立ち上がるんだ……かつての君のように」
交わっていた刃が弾け、距離を取る両者。叢雲とカットラスが空中で線を引きながら、幾度となく激突の火花を散らす。そしてプルームは尚もソラに叫びかけた。
「だけど今のソラ君は、あの時の私と同じ目をしてる。あの日、翼羽団長の最期を看取った君は、誰よりも重い荷物を背負ってたった一人でツァリス島を出て行った。でも……どうして一人で全部背負おうとしたの? どうして私達に何も言ってくれなかったの?」
『くっ!』
プルームの言葉が心の凪に波紋を広げ、ソラの竜域を再び解除した。都牟羽を使えなくなった羽刀型刃力剣の刀身が輝きを失い通常のそれへと戻る。
「それでも君は凄いから、君のやって来た事が結果的には今に、未来に繋がったのかもしれない……でも、だからって君が自分の心を傷付けて、押し殺していい理由になんてならない」
『うるさい、もう止めろ!』
次の瞬間、ソラは叫びと共に叢雲の両肩部を解放させ、空間浮遊式刃力跳弾鏡を八基射出させた。
すると、カットラスの周囲を八角形の光の膜を形成させた鏡が飛び交う。
そしてソラは叢雲の刃力弓から光矢を三連射させ、光の膜に着弾した光矢が反射を繰り返し――カットラスの脇を擦り抜けた。
――外した! ……まさか?
そう、ソラの予想通りプルームは〈念導〉の思念誘導により、空間浮遊式刃力跳弾鏡の角度を僅かにずらす事で、自身に飛来する光矢からの直撃を避けていたのだった。
直後、ソラは悲痛な様子で静かに呟く。
「このままじゃ駄目なんだ、このままじゃ二年前と同じ事を繰り返すだけだ」
空間浮遊式刃力跳弾鏡がプルームには通じない事を悟ったソラは、刃力弓を放棄しつつ、最大速力でカットラスへと突撃を行った。
「また大勢の人が死ぬ 、また大切な人が死ぬ! だから今、少しでも力が必要なんだ!」
そして両手持ちとなった剣を大上段で構え、渾身の真向斬りを繰り出す。
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