257話 魔獣襲来
翌日。
メルグレイン群島、藐の空域、ルメス島。
一時的に〈寄集の隻翼〉の本拠地となっているその島の格納庫の中では、プルームに話しかける翅音の姿が在った。
「プルーム、お前に朗報だ」
「えっ、翅音さん、朗報って何何?」
期待を持たせるような翅音の言葉を聞き、目を輝かせて詰め寄るプルームに、翅音は口の端を上げながら返した。
「アロンダイトの修理が間もなく完了しそうだ」
「本当! アロンダイトが?」
二年前、土の神剣アパラージタを駆る三殊の神騎シェール=ガルティとの一騎討ちで大破した雲の神剣アロンダイト。その後は改修作業が進められていたが、損傷状態が激しく、更には神剣という特別な騎体の修繕はかなりの技術を要する事から難航していた。
しかし、二年の月日をかけ、新型量産剣の開発と並行して、翅音はその改修作業を完遂させつつあった。
「まだ最終テストが残ってるから今日明日って訳にはいかねえが――」
そう翅音が言いかけると、突然プルームが翅音に抱き着く。
「おっ、おい」
そんなプルームの行動に、翅音は気恥ずかしそうに顔を赤くした。
「ごめんね翅音さん」
「あん?」
「ずっと謝りたかった……翅音さんの親友の大切な騎体、私のせいで駄目にしちゃったって」
「んなこと気にすんな」
すると、翅音は優しい眼差しで、自分の胸で声を震わせるプルームの頭を撫でながら言う。
「ランスの野郎はそんなつまんねえ事でがたがた言うような小せえ男じゃねえ。それにランスを選んだ雲の大聖霊が次に選んだのがお前なんだ。俺はお前がランスに劣るなんて一度でも思った事はねえ、だからもっと自信を持て」
そんな翅音の励ましの言葉に、プルームは満面の笑みで答えた。
「うん、ありがとう翅音さん」
そのプルームの笑顔を見て、翅音はかつての娘の笑顔を思い浮かべた。
《ありがとう、父さん》
一方、作戦室では、フリューゲル、カナフ、デゼル、エイラリィの四人が今後の見通しを立てる為に、それぞれの意見を出し合っていた。
「新型量産剣の開発、騎士の育成、〈因果の鮮血〉の戦力再構築が完了したとはいえ、エリギウス側との戦力差はまだまだ開きがある」
現状の戦力差から冷静な分析をするカナフに、エイラリィが忌憚の無い意見を述べる。
「確かに、もしもこのまま再び二年前のような大規模侵攻を受ければ、恐らく同じかそれ以上に最悪な結果になるでしょうね」
対し、フリューゲルとデゼルが返す。
「随分と弱気な発言じゃねえか、エリギウス直属騎士師団の戦力再構築はあんまり上手く行ってねえんだろ?」
「確かに反乱軍の奮闘で、敵の騎士師団はこの二年で一つしか補充されてないらしいけど」
しかし、エイラリィは再び冷淡に答えた。
「その反乱軍が既に壊滅寸前と聞きました、反乱軍の殲滅が完了すれば次はこちらに打って出て来るでしょう」
そして戦力再構築が遅れているとは言っても向こうには未だ八つの騎士師団が残っている。しかも補充された騎士師団は第三騎士師団で、その騎士師団長は新たに三殊の神騎の一人に数えられている。自分達が思っている以上に自分達は首の皮一枚なのだとエイラリィは告げる。
「なら、逆にこっちから攻めるしかねえんじゃねえのか? 攻撃は最大の防御っつうだろ」
「いやシュトリヒ、それが出来れば苦労はしない」
フリューゲルの提案に苦言を呈するカナフ。何故ならそれをする為には大きな課題が残されているからだ。
「少なくともこちらから攻勢に出るには、やらなくてはならない事が二つある。一つは俺達〈寄集の隻翼〉の再始動、そしてもう一つは所持している神剣の起動だ」
「確かに、雷の大聖霊石さえ手に入ってエッケザックスを起動出来れば、戦力の均衡は大きく傾くのは確かだよね」
同調するようにデゼルは呟いたが、フリューゲルはため息を吐いて憂いる。
「つってもよ、デュランダルに関しちゃこっちには炎を守護聖霊にする聖衣騎士がいねえし、エッケザックスの方はまだ雷の大聖霊石を手に入れる算段が取れねえ」
雷の大聖霊石を手に入れるには、雷の大聖霊獣を顕現させて屈服させなくてはならない。とは言え、大聖霊の黙示は三ヵ月後。しかも大聖霊の黙示が発生する日に都合良く藐の空域で敵と大規模な戦闘とならなければ大聖霊獣は顕現しない。神剣に期待するには難易度がかなり高いのは明白であった。
すると、プルームとエイラリィが続けて意見する。
「でも……相手も雷の大聖霊石を手に入れたいんだとしたら、三ヵ月後の大聖霊の黙示に合わせて丁度進攻してくる可能性があるかもしれないけど」
「希望的観測は危険ですね。それが大規模侵攻であるとするなら、それこそやるべき事をやることにまずは尽力すべきだと思いますが」
それを聞き、フリューゲルが後頭部を掻きながら返し、カナフもまた大きく嘆息しながら呟く。
「〈寄集の隻翼〉を再始動させるって事か? つっても行方不明のソラとシーベットは手掛かりがねえしな」
「やれやれ、前途多難だな」
結局話はまとまらず、八方塞がりの状態であった。すると直後、四人は迫り来る脅威を感じ取り、表情を強張らせた。
「何かが……来る」
フリューゲルが北の方角に体を向けながらそう呟いた次の瞬間、勢いよく作戦室の扉が開かれ、血相を変えたパルナが入って来る。
「大変よ、皆! 今アルテーリエ様から伝声が入った。北の方角から王都リンベルン島に向かって真っ直ぐに魔獣の群れが押し寄せてるそうよ」
「魔獣の群れだあ?」
「魔獣の種類はまだ不明、ただ数は恐らく千を超える程の大群だそうよ」
「なっ!」
千を超える魔獣の群れの襲撃、そのあり得べからざる状況に、この場の全員が驚愕した。すると、パルナが伝える。
「アルテーリエ様からの命よ。『ルメス島はメルグレイン領空の最北端、まずはお前達が最前線で出来る限り魔獣の群れを食い止めろ』との事よ!」
メルグレイン領空に襲い掛かる未曾有の魔獣襲撃。フリューゲル達は、アルテーリエから下命された魔獣駆逐の任務を遂行する為に、すぐに格納庫へと走る。
「フリュー!」
すると、そこには既にカットラスの前で待機するプルームの姿が在った。修理が完了したとはいえ、アロンダイトはまだ最終テスト前である為使用出来ない事から、プルームは引き続きカットラスで出陣する準備を終えていた。
「プルーム、パルナから話は聞いたか?」
「うん、魔獣の群れがリンベルン島に向かって飛んで来てるんだよね?」
「ああ……行けるかプルーム?」
フリューゲルの問いに、プルームは力強く頷いて見せた。
「勿論だよ、このまま見過ごしたらきっとたくさんの被害が出る。そんな事、絶対にさせないよ」
淀みなく言い切ると、プルームはカットラスの操刃室に乗り込んだ。そして直後、プルームの額に剣の紋章が輝き、竜殲術〈念導〉を発動させる。
その能力で、己の右手を操り、操刃柄を握り締める。すると、刃力が注入され動力が起動したカットラスの双眸が輝き、推進刃から放出される金色の粒子が騎装衣を形成させた。
同時に、フリューゲルのパンツァーステッチャー、カナフのタルワール、デゼルのベリサルダ、エイラリィのカーテナも動力が起動し、光の騎装衣を形成させた。
次の瞬間、格納庫の天井が解放され、プルーム以外のそれぞれのソードが空へと飛び立つ。
するとプルームは、カットラスの中で一人深く目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。
――右手の不全麻痺が残る私がソードを操刃するには、常時〈念導〉を発動して右手を操りながら戦う必要がある。消耗も激しいし、この戦い方での実戦は今回が初めてだ……でも!
「プルーム=クロフォード、カットラス――出陣します!」
プルームは一つの強い決意と共に、カットラスを飛び立たせるのだった。
――何度だって立ち上がってみせる。私を信じてくれている人の為にも、守りたいものを守る為にも。
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