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253話 どうしてこうなった?

 レファノス群島、翡翠の空域、王都セリアスベル島。


  その王宮内に存在する侍女達が住まう部屋の、とある一室にて、ベッドに腰掛けながら佇む一人の少女が居た。


 イェスディランの民が持つ銀髪とはやや趣の違う純白の髪、顔の左側を前髪と横髪で隠しながらも露になっている顔には、一つ筋の通った鼻、薄紅色の艶やかな唇、そして吸い込まれるように神秘的な真紅の瞳を持つ、人形のように整いながらもどこか幼さを残す少女。


 それは現第五騎士団〈灼黎(しゃくれい)(まなこ)〉特務遊撃騎士オルタナ=ティーバ……またの名をエルが、顔の右側半分だけ素顔を晒している姿であった。


 エルはレファノス王国の王宮で働く侍女達が着る黒いメイド服を身に付けながら、頭を抱え深刻そうに溜め息を吐いた。


 ――どうしてこうなった?




 ※      ※      ※     



 三ヶ月前。


 レファノス王国国王ルキゥール=ルノス=レファノスの娘である、第一王女ルージュ=ルノス=レファノスが外交の為に、(むらさき)の空域と碧の空域の狭間に存在しいずれの国にも属さない隠れ孤島、アレドニカ島に訪問すべくペガサスに跨り(むらさき)の空域を飛んでいた。


 多くの護衛に守られているとはいえ、その護衛にソードを操刃する騎士の姿はなく、その全てがルージュと同じようにペガサスに跨った近衛騎士達で構成されていた。


 武力を持たないアレドニカ島、その外交にてこちらからの武力的威嚇があってはならないという理由がある為だ。


 そして、長い栗色の髪を風に靡かせるルージュに、近衛騎士の一人が声をかける。


「ルージュ様、間もなくアレドニカ島へと到着します」


「わかったわ」


 その時だった。ルージュ達一行の前にとある存在が立ちはだかる。


「なっ、あれは!」


「嘘……でしょ?」


 それは死の鳥の異名を持つフレスヴェルグという名の上位魔獣である。今回通過する空域は魔獣が生息しない空域であり、ましてや上位魔獣の襲撃など想定外であった。


 辺り一帯を闇にする程に巨大な翼を広げ、聞いただけで死を予感させる程に凶悪な鳴き声を放つ鳥型の魔獣を前に、ルージュ達は戦慄する。


 竜に近い力を持つと言われる上位魔獣を倒す為には、通常はソードが必須となる。それ程に上位魔獣と呼ばれる存在は強大な力を持っているのだ。生身で上位魔獣を倒せる騎士が居るとすればそれは、騎士としての理の外に居る神に選ばれた者だけである。


 しかしそれは、グリフォンに跨り颯爽と現れた。


 顔の左半分を隠す純白髪と真紅の瞳を持つ少女は、羽刀を携え、突如フレスヴェルグと死闘を繰り広げた。


 ……それから数十分後。


 ルージュの近衛騎士達の援護もあったとはいえ、純白髪の少女はほぼ無傷でフレスヴェルグの頸を落とす事に成功する。


 こうして、突如として上位魔獣と遭遇したルージュ達一行は、一人の死者も出さず事なきを得るのだった。


 その後、アレドニカ島に降り立ったルージュ達一行と、純白髪の少女。そしてルージュが純白髪の少女に謝意を示す。


「ありがとう、本当に助かったわ」


「いえ、勿体無いお言葉です」


「でも、上位魔獣を生身で倒すなんてあなた何者?」


「私はフラム=ミィシェーレ。しがない流浪の傭兵騎士です」


「という事はどこの国にも所属していないフリーの騎士って事?」


「はい」


 その返答を聞き、ルージュは嬉しそうに目を輝かせた。


「ねえだったらあなた、私の近衛騎士として雇われてくれない? あなた信じられない程強いしそれに……」


 純白髪の少女の顔を見ながら更に目を輝かせるルージュに、白髪の少女は少しだけ戸惑いつつも尋ねる。


「わ、私などがルージュ様の近衛騎士としてですか?」


「ええ、私はあなたのような騎士が欲しいの」



 そうしてルージュの近衛騎士として雇われる事になった純白髪の傭兵騎士フラム。それはとある理由から、レファノス王国への潜入を企てるエルであったのだ。


 ルージュが外交の為にアレドニカ島へ向かう情報を得たエルは、かつて任務で命を落とした傭兵騎士の名を騙り、上位魔獣の襲撃から王女を救うという方法により恩を売る事で、懐に入り込む算段を立てた。その為に神鷹(じんおう)の竜殲術〈祇眼(くにつかみのまなざし)〉で操ったフレスヴェルグをけしかけたのだ。


 そして、あまりにも予定通り事が運んだことに少しだけ不安を覚えながらも、当初の目的が達成された事に胸を撫で下ろす。


 こうして、レファノス王国第一王女ルージュ=ルノス=レファノスの近衛騎士として、エルはレファノス王国に入り込む事に成功するのだった。



 ※      ※      ※     




 それから三ヵ月後の現在。


 蓋を開けてみれば、何故かメイド服を着て侍女として王宮で働く事になっていたエルは、自室にて一人静かに憤っていた。


 ――何故私がこんな恰好を……そもそもあの王女は私を近衛騎士として雇っておいて『こっちの恰好の方が可愛いから』などという理由で私を侍女にするとは何を考えているんだ。


「……まあいい」


 エルはそう呟くと、懐からある物を取り出す。それは赤く輝く人の拳大程の大きさの石。中には炎を抽象的に描いたような紋章が刻まれている。


 それは一見、レファノス王国で保管されている筈の炎の大聖霊石と同じ見た目をしたものであるが、疑似大聖霊石と名付けられた偽物であった。


 エルは半年前、エルと同じ顔を持つ黒紫髪の少女から新しい使命を与えられていた。エルが与えられたその使命は、疑似大聖霊石を使い、レファノス王国に眠る神剣、デュランダルを起動させる事であったのだ。


 黒紫髪の少女が独自に開発したという疑似大聖霊石は、通常の聖霊石に膨大な年月をかけて聖霊の意思を強制的に凝縮させる事で、一時的に大聖霊石と同じ力を発揮することが出来る代物である。つまり、疑似大聖霊石を使用すれば神剣を起動させる事が可能になるということだ。


 しかし器に対し大きすぎる力はその器を破壊する。疑似大聖霊石では神剣を稼働させられるとしても時間は限られており、限界を超えれば疑似大聖霊石は砕け散り、当然神剣も器能を停止する。故に限られた状況下においてしか使用出来ない……例えば大聖霊石の無い神剣を一時的に動かし、奪取するなどの時である。


 ――この三ヵ月の間に王城の間取りは把握した。起動した時に出陣する為、格納庫から通路を繋げた場所にデュランダルはある。となれば隠し場所は恐らく玉座の間の地下部分で間違い無い。


 デュランダルが王城の何処かに隠されているという事前情報を得ていたエルは、あらゆる可能性からその隠し場所を考察し、目星を付けていた。


 しかし、デュランダルの奪取を実行する為に最も障壁と成り得る存在が居た。それがレファノス王国国王ルキゥールであった。


 ――ルキゥールがこの王城を離れる時は必ずやって来る、その時が勝負だ。そしてその機会を得るには、この王宮に留まらなければならない。だからこそ、今は出来る限り周囲の信頼を得ておかなければならない。


 エルは、己の使命を果たす目的で、侍女として信頼を得る為に全力を尽くす覚悟を一人決めたのだった。

253話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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一気読みしました。とても面白いです。
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