248話 帝国の新型量産剣
その日の夜。
ソラはある目的でアレッタの部屋を訪れ、扉をノックした。すると少ししてからアレッタが扉を開け顔を覗かせる。
「ソラさん」
「アレッタちゃん、今日もお願い出来る?」
「え、今日もですか? ソラさん任務から帰ったばかりだし、私も色々あって疲れてるので今日はちょっと――」
「頼むよ」
やんわりと申し出を断るアレッタにソラが強く頼むと、アレッタは頬を染めて受け入れるように返答した。
「もう……ソラさんはいつも強引なんですから」
それから――
「んっ! 凄いですソラさん」
「……あのアレッタちゃん、あんまり変な声出さないでくれる?」
「ひ、酷いですよお、そんなつもりないのに。それにソラさんいつにも増して容赦無いんですもん」
訓練室にて、模擬戦を行っていた二人であったが、アレッタはソラの猛攻を受け続けた事で疲弊し、力尽きたようにその場に倒れ込んで頬を膨らませた。しかしアレッタはすぐに体を起こして続けた。
「それにしても凄いですよソラさん、もう完全に二刀流を会得してるじゃないですか」
「ああ、アレッタちゃんのお蔭だよ。それに今回実戦で双剣技を練磨出来たのが大きかった」
「いえいえ、私なんかがソラさんのお役に立てたのなら幸いですよ。よかったらオズも呼びましょうか?」
「あ、いや、今日はいいよ。ほら、オズヴァルドは俺の事あんまり良く思ってないみたいだし」
アレッタの意味深な提案を、少しばかり迷惑そうにやんわりと断るソラ。
「そうですか、分かりました」
「付き合ってくれてありがとうアレッタちゃん。今日はもう十分だから先に上がってて」
ソラはアレッタに謝意を示すと、剣を振ろうとする素振りをしながらそう言った。そんなソラを見て驚いたように尋ねるアレッタ。
「ソラさん、まさかまだ続ける気ですか?」
「ん? ああ、まだ日課をこなしてないからね」
「日課って例の親友との約束ってやつですか? 日に一万回剣を振るとかっていう」
「ああ」
するとアレッタは感心したように返した後、少しだけ哀愁を帯びた表情で続けた。
「もう七年間もずっと毎日続けているなんて凄いですよね。その親友ってよっぽど大切な人だったんですね」
「まあ……ね」
対し、どこかお茶を濁すかのように答えるソラに、アレッタが核心に迫る。
「その親友って女の子ですか?」
「まあ……そうなる」
「ソラさん、その人の事好きだったんですか?」
そんなアレッタの突然の追及に、明らかに動揺したように返すソラ。
「い、いや、べ、別に好きとか嫌いとか、そういう次元の話じゃなくて――」
するとソラは、すぐに自分を落ち着かせるように深く息を吸い込むと、表情に影を落としながら続ける。
「そいつは俺の命の恩人だったから、俺はそいつを救う為に強くならなくちゃいけなかったんだ」
「そう……なんですね」
「でも、そいつはいつの間にか自分の道を歩んでて、俺の助けなんていらないんだって知って、進む先を見失ってた時期もあったんだ」
「……ソラさん」
「でも今は、そいつと同じくらい大切な人達や、大切な人達が守ろうとするものを俺も守りたいって思うから」
どこか切なそうに語るソラにいたたまれなくなったのか、アレッタは話題を変えようと笑顔で切り出した。
「そういえばソラさん、今日は何だか元気無かったですよね。よかったら私が元気付けてあげてもいいですよ」
「いや、大丈夫」
しかしそんなアレッタに目もくれず、ソラは剣を振り出した。
「んもう、いつも素気無いんですからソラさんは」
そんなソラを見ながら、アレッタは不満げに頬を膨らませるのだった。
※
翌日。
〈亡国の咆哮〉として遂行する新たな任務が、ウルからソラとアレッタに伝えられた。
その内容は、天藍の空域にて開発、製造された新型量産剣が、エリギウス大陸の各空域に今日移送されるという情報が入ったとのことであった。
「……新型量産剣」
敵国が開発を進めていた新型量産剣が、実戦に投入されようとしている事を知り、ソラとアレッタの表情が強張る。
製造された新型量産剣の名はクレイモア。数はおよそ五百振り。二百振りはそのまま天藍の空域に残し第一騎士師団〈閃皇の牙〉に、残り三百振りはエリギウス大陸に存在する他の三つの騎士師団が守護する空域へと百振りずつ移送され配置される、とウルは言う。
「百振りずつ移送……でもそんな大量のソードをどうやって移送するつもりなんですかね?」
「飛空艇だ」
「……飛空艇!」
飛空艇とは、雲と風の聖霊石を大量に埋め込み、浮遊力を持たせた空飛ぶ船の事であり、主に民の島から島への移動手段であったり、貿易等で積荷の運搬に使用される。
しかし、その大きさはせいぜい人間を百名運搬する程度の規模のもので、多数のソードを運搬出来るとなればその巨大さはこれまでの常識の枠に当てはまる筈が無く、アレッタは口をぽっかり空けて驚愕した。
「飛空艇って、ソードをそんなに格納する程の巨大な飛空艇がエリギウスには存在するって事ですか?」
「まあ、さすがに一隻の飛空艇に百振りのソードを格納して一度に移送する訳じゃねえ。一つの空域に対し三日に分けて飛空艇を飛ばし、そこに百振りのクレイモアを分散して格納し移送する。つまり三十振り強のソードを格納出来る規模の飛空艇ってこった。まあそれでもとんでもなく巨大な飛空艇を製造してやがったのは間違いねえがな」
「ウルさん、もしかして今回の任務は……」
すると、任務内容を察したソラが尋ねた。
「そうだ、その飛空艇を強襲し、新型量産剣が起動する前に一気に破壊する」
それを聞き、再び驚愕の表情を浮かべるアレッタ。
「ま、まさか私達だけでその飛空艇を全て撃墜させるって事ですか!?」
「バーカ、確かにここで輸送される全ての新型量産剣を破壊出来れば敵にかなりの打撃を与えられる事は間違いねえが、あたし達の戦力でそれをやるのは不可能だ」
「で、ですよねえ、じゃあどうするつもりなんです?」
ウルは答える。クレイモアは既に、それぞれの空域に六十振り強ずつ移送が完了している。今回襲撃するのはとある一つの空域、破壊するのは一隻の飛空艇だけに絞ると。
「つまり俺達が破壊出来るクレイモアは約三十振りって事か」
「まあ、今回の任務が成功したとしてもエリギウスに致命的な打撃を与えるとまでは行かないだろうが、それでもやる価値はある」
「……で、どこの空域に強襲を仕掛けるつもりなんだ?」
ソラの問いに、ウルが間髪入れず返した。
「玄の空域だ」
「……玄の空域」
それを聞き、何かを含んだようにソラが呟いた。
玄の空域は、かつての戦争の影響で荒廃し、民が存在しない唯一の空域。そして、騎士師団再編で第十騎士師団から現第四騎士師団へと一気に昇格した〈久遠の翼〉が守護する空域である。
「でも何で玄の空域を選んだんだ?」
その疑問にウルが答える。玄の空域はエリギウス大陸の最果てにあり、しかも常に夜のように薄暗い闇に包まれている。三つの空域の中では最も奇襲や強襲がやり易い。
そして〈久遠の翼〉師団長の名はアイビス=エクレシア。容姿、搭乗騎体、竜殲術の能力、全てが謎に包まれている。とはいえ、〈久遠の翼〉の元々の序列は第十。万が一正面からやり合うことになったら、恐らく一番マシであると踏んでいる、と。
ウルは任務内容と己の目算を伝えた後、鋭い視線と神妙な面持ちとなり続けた。
「〈亡国の咆哮〉に残されている戦力はあたし達で最後だ。あたし達に出来る事はもはや限られている。それが例え嫌がらせのようなちんけな事だろうと、あたし達はあたし達に出来る事をする、エリギウスをぶっ潰す為にな」
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