246話 隠していた爪
※ ※ ※
数ヶ月前。
ソラは反乱軍連合騎士団〈亡国の咆哮〉本拠地である城塞の鍛錬場にて、アレッタと剣を交えていた。
タリエラの民であり、二刀流による双剣技を得意とするスプレッツァトゥーラ流の使い手であるアレッタに、ソラは教えを受けていたのだ。
しかしアレッタは疲弊しきったように肩で息を繰り返しながら、どこか気が乗らないような様子で、双剣技をソラへと伝授する。
「ま、まだ続けるんですか? 毎日毎日ソラさんの剣の相手ばっかりさせられて私もうへとへとですよお」
「ごめんアレッタちゃん、でももう少しだけ付き合ってくれないか? もう少しで何か掴めそうな気がするんだ」
「で、でも私がソラさんに教える事なんて何一つありませんよ、今のままでも十分強いじゃないですかソラさんは。私なんて模擬戦じゃ一度も勝った事ないですし」
すると俯き、遠い目をしながら、ソラは少しだけ寂しそうに、少しだけ誇らしそうに呟く。
「俺なんて全然まだまだだよ。俺達の団長は……もっと……ずっと凄かった」
「……ソラさん」
そんなソラに、アレッタはそっと尋ねた。
「でも、どうしてそんなに双剣技に拘るんですか?」
「諷意鳳龍院流には一刀流から放つ技と、二刀流から放つ技があってね、でも俺が二刀流からの双剣技を扱える域に達する前に団長が死んじゃったから」
「そう……だったんですね」
翼羽の動きは目に焼き付けている。諷意鳳龍院流とスプレッツァトゥーラ流は別の流派であるが、スプレッツァトゥーラ流による双剣技の基礎さえ会得すれば、後は自分が会得している剣技を基に諷意鳳龍院流の双剣技を再現出来ると、ソラは言う。
するとアレッタは、少しだけ表情を曇らせながら返した。
「……ソラさんは凄いですね」
「え?」
「私なんていつも自分に自信が無くて、自分を信じてあげられなくて、戦うのだって未だに怖いんです。でも、ソラさんはいつも自分を信じて真っ直ぐに突き進んでる、だからそんなソラさんを少しだけ羨ましいって思うんです」
アレッタが語る素直な気持ちに、ソラもまた素直な感情を吐露する。そしてその表情はどこか哀しげで、どこか儚げでもあった。
「俺だって怖いよ、託されたものを無駄にするのが怖い……だから足掻く事しか出来ないんだ」
そんなソラを見て、アレッタは再び笑顔になると、軽く嘆息した。
「仕方ないですねソラさんは。わかりました、今日はとことん付き合ってあげます」
「ありがとう、アレッタちゃん」
※ ※ ※
ソラが二刀流となってから、自身の斬撃が悉く捌き続けられ、オルムは次第に追い詰められていた。
――一体何なんだこいつは! 捌きがどんどん速く……鋭くなる、攻撃に対する適応が尋常じゃ無い! このままでは!
するとオルムは、見切られ始めた攻撃のパターンを大きく変えた。振り回すような斬撃が一転、二匹の蛇が地を泳ぐかの如く、床を削りながらの斬撃がソラへと襲い掛かった。
「初見の攻撃、先読み能力の無い君では躱せないだろう?」
しかし、その渾身の一撃――否、連撃をソラは双剣で左右に大きく弾いてみせた。
「なっ……にっ!」
そして地を爆裂させ、一気に間合いを殺し、がら空きになった胴へと擦れ違いざまに双剣を振るった。
「があっ!」
腹部に刻まれた十字状の斬撃痕から血が噴出し、膝を着くオルム。しかし、寸前の所で致命傷は避けており、オルムはすぐに立ち上がるとソラと再び距離を取って構えた。
「な、何故今の攻撃を見切れた?」
オルムが歯噛みしながら尋ねると、ソラもまた、双剣を構え直し冷淡に答えた。
「覚醒騎士のような予知が出来なくても……今までの攻撃からパターンの予測くらいは出来る」
「くっ!」
次の瞬間、オルムは右腕を伸長させ壁に剣を突き刺すと、伸長した腕を縮める事で高速移動し、ソラから距離を取りつつ――フテラの元に着地した。
「……きゃあっ!」
更にオルムは、フテラの背後に回って体を押さえつけると、懐から引き金の付いた注射器を取り出した。
「オルム……教官!」
「フテラ君、エリオット君のような半端者とは違い、君程の潜在能力があればあいつを殺せるくらいの力はきっと得られる。君をここで失うのは辛いが背に腹は代えられない、分かってくれるね?」
「やめ――」
オルムは、ソラと十分に距離を取り、警戒を敷いたまま投与薬の入った注射器をフテラの頸部に刺そうとした。この距離からならいくらソラが全力で間合いを詰めてきてもそれより速く投与薬を投与出来る。
そしてフテラが先程のエリオットのように暴走すれば、ソラを倒せないまでもこの場から逃走するくらいの隙は生まれる。そう目論んでいた。
「ガハッ!」
しかし、オルムは腹部を何かに貫かれ、後方へと吹き飛んだ。傷から血が噴出し、それは正に致命傷であった。
途切れそうな意識を何とか繋ぎ止めながら、オルムはその一撃を放ったのがソラである事を確信する。突きの姿勢で残身しているソラの姿がそこに在ったからだ。
「自分を能ある鷹だなんて思っちゃいないけど……爪を隠してたのはあんただけじゃない」
――突きと共に刃力の矢を飛ばしたのか。失念していた……そういえばラドウィードの騎士は刃力を操る独自の剣技を使うと聞いた事がある。
だが、オルムにはどうしても腑に落ちない点があり、声を振り絞りソラに尋ねた。
「生身でも……遠距離攻撃を持っていたのか……なら……何故最初から使わなかった?」
「……あんたのお蔭で諷意鳳龍院流の二刀流を、双剣技を会得する事が出来た」
それを聞き、戦いの中でソラの二刀流による捌きや斬撃が次第に鋭く、研ぎ澄まされていったのを思い出し、愕然とするオルム。
「ま、まさか……僕を利用して……自分の剣技の……研鑽をしていたのか? ……何て……奴……」
そう呟きながらオルムは静かに息絶えた。
それを確認したソラは、左手に握っていたエリオットの剣を床に突き刺すと、右手に持っていた自身の剣で血振りの所作をし、左腰の鞘に納刀した。直後、鯉口の音が響くと同時にソラは竜域を解除し、その瞳が通常のものへと戻った。
すると、ソラは座り込んで俯いたまま一点を見つめ続けているフテラの元に歩み寄り、手を差し伸べた。
「フテラちゃん、立てるか?」
しかしフテラはその手を取る事はせず言う。
「まさかあなたが竜の瞳の騎士だったなんてね」
「…………」
「アーウィル……いえ、ソラ=レイウィングって言ったわね。どうして……こんな事を続けてるの?」
その問いに、ソラはしばし押し黙った後、ゆっくりと答えた。
「エリギウスに勝つ為だ。このままエリギウス帝国によるオルスティア統一を許せばこの空の未来は死ぬ、だから俺はどんな手を使ってでもそれを阻まなくちゃならない……そう誓ったんだ」
「それがあなたの成すべき事だとでも言いたいの? そうやって私の父も殺したの?」
「フテラちゃん、俺は――」
ソラが言葉を返そうとした直後、フテラは顔を上げ、激高した。
「お前の大義なんて知った事か! お前にとっては大義の為のほんの少しの犠牲だったかもしれない、でも私にとっては世界でたった一人の家族だった!」
フテラに残されていたのは喪失感と無力感だけだった。あの日父を失い、目標を失い、そしてこの日恩師を失い、友を失った。否、残されているものがあるとするならば……
「忘れるなソラ=レイウィング、お前だけは私が必ず討つ!」
憎悪と、そしてどこか悲哀に塗れたその瞳が、ソラの脳裏に焼き付いた。
するとソラは、何も言わずフテラに背を向けると、魔獣や、実験体となった蒼衣騎士達が入る培養管へと歩を進めながら再び剣を抜いた。
※
数日後。
アラネスク騎士養成所で起こった〈亡国の咆哮〉所属の“竜の瞳の騎士”による五度目の聖衣騎士暗殺事件は、エリギウスを再び震撼させた。
〈亡国の咆哮〉の騎士がアラネスク騎士養成所に入り込んでいた事、再び聖衣騎士の暗殺が起こった事、それだけではなく教官職に就いていた筈のオルム=ベルセリオスが騎士候補生を利用して非人道的な竜魔騎兵計画を独自に推し進めていた事は、事件の舞台となったアラネスク騎士養成所の騎士候補生達に特に衝撃を与える事となる。
また、オルムが使用していた地下研究施設は被検体を含め破壊し尽くされており、研究資料等も軒並み持ち去られていた。この事から竜魔騎兵計画の一旦が敵国に流出してしまった可能性がある事も含め、この襲撃事件で唯一生き残ったフテラは、事件の全容を解明せんとするエリギウス帝国の上層部から長い聴取を受けるのだった。
それから数日に渡る聴取が終わり、フテラはようやく養成所への復帰が認められた。
養成所の廊下には一人廊下を歩くフテラの姿があり、遠巻きに視線を向けながら騎士候補生達がざわつくのだった。
事件の渦中に居たフテラに対し、周囲の騎士候補生達は、同情、憐憫、懐疑、様々な感情を向けていた。
しかし、自分に突き刺さる好奇の視線や感情など、今のフテラにとっては至極どうでもよかった。
何も出来ず、何も得られず、憐れで惨めな自分だけがそこに居た。何もかも奪われた、何もかも失い無になった。だが反面フテラは不思議と頭の中が無色透明で五感が研ぎ澄まされているかのように思え、唯一残されていた筈の怒りや憎悪が心の奥底で燃え盛っているような奇妙な感覚だけが己を支配していた。
そして脆弱だった筈の自分が、今は何故だかどんな事で成せるような気さえした。
すると、フテラへと近寄って来る人物が一人、それは同期のイーシャであった。
「フテラ、あんたどの面下げて戻って来た訳?」
イーシャはフテラの前に立ち塞がり、敵意と悪意を孕んだ言葉を投げかける。
「敵国の暗殺者が目の前で好き勝手暴れてたのに、無様に自分だけが生き残るとか……あたしなら刺し違えてでも敵を討ち取るけどね。あ、もしかしてあんた内通者だったりする? アーウィルと仲良しだったもんねあんた」
「……どけ」
しかしフテラはそう冷淡に吐き捨て、自分の前に立ち塞がるイーシャに目もくれず、その場を立ち去ろうとした。
直後、イーシャは激高しながらフテラの肩を掴み、自身の方へと振り向かせる。
「は? 何その態度、嘗めてんじゃ――」
瞬間、フテラの鋭い眼光がイーシャに突き刺さった。
「ひっ!」
イーシャは何故か自身が被捕食者であるという錯覚に襲われ、それによる恐怖と共にその場に尻餅を着いた。
「竜の……瞳?」
そんなイーシャを一瞥する事も無く、フテラは再び歩き出すのだった。
――ソラ=レイウィング、あなたが居てくれて本当に良かった。私はまだ空っぽなんかじゃない。あなたを討つ事が……今の私の全てだから。
竜が如きその瞳が、鋭く、妖しく、そして哀しく輝いていた。
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