245話 二刀流
一方エリオットは、ウォーレンがソラに一撃で倒され、その後の数々の衝撃的な出来事を目の当たりにした事で頭が追い付かず、固まり続けていた。
――プシュケの鱗粉で身体能力が低下してたんだよな? なのに斬撃が見えなかった……化物かよ! しかも騎士師団長候補を四人も暗殺? こんな奴が養成所に潜入してたのか? このままじゃオルム教官の巻き添えで僕まで殺される!
そしてエリオットは意を決したように叫んだ。
「じょ、冗談じゃない! 僕達はただオルム教官に『うだつの上がらない蒼衣騎士が、実験に自ら協力したくなるように適当に追い詰めろ』って言われて協力してただけなんだ。小銭や穏やかな養成所生活をちらつかされて……僕達もオルム教官に唆されて利用されてただけなんだ。僕も被害者だ、そうだろアーウィル!」
しかし、ソラは必死に懇願するエリオットを見る事すらしなかった。
次の瞬間、自分だけこの場から逃げ出そうとするかのようなエリオットの発言に、オルムは失望したように溜息を吐くと、一気にエリオットとの距離を詰め背後から羽交い絞めにした。
「お、オルム教官?」
「今まで散々甘い汁を吸っておいて、自分だけ逃げようだなんて感心しないな」
そしてオルムは、エリオットが右手に持っていた投与薬の注射器を奪うと、エリオットの頸部へと刺し、引き金を引いた。
「があっ! あガアアアッ!」
注射器から薬液が投与され、エリオットは悲痛な叫びを上げた。
「大丈夫だよエリオット君、僕の計算では今回の投与薬はかなり完成品に近い出来なんだから、きっと上手く聖衣騎士に覚醒出来る筈なんだ」
「あがぐああああああああああっ!」
すると、エリオットは咆哮を上げながら、全身に血管を浮き出させ、身体の右半分が肥大化し、獣のような体毛を生やさせる。続いて目は充血したように赤く染まり、口からは長い牙が生えた。
そして額に剣の紋章を浮かび上がらせると共に様々な魔獣の特徴が混合されたような異形な姿へと半身を変貌させた。
それを見たフテラが恐怖でその場にへたり込み、対照的にオルムは歓喜に体を震わせていた。
「……素晴らしい、魔獣化したのは半身だけ! しかも額に剣の紋章が浮かび上がった。やはり思った通り投与薬は着々と完成へと近付いている。もう少しで完璧な竜魔騎兵を僕の力だけで造り上げられる」
次の瞬間、半身を肥大化させたエリオットが、動けなくなったフテラへと視線を向ける。その瞳は完全に理性を失った獣のそれであった。
「グオオオオオオオッ!」
そして口から唾液と共に咆哮を上げ、異形と化した右腕を振り上げ襲い掛かった。
――嘘でしょ、身体が動かない!
腰を抜かし、目の前の恐怖に支配され動けないフテラは、迫り来る脅威に顔を背け、固く目を瞑る事しか出来ない。
しかし、いつまで経っても痛みは訪れず、自分の意識がまだここに存在している事を認識すると、恐る恐る目を開ける。そこにはエリオットが拳を振り上げた状態で制止しており、身体の正中線に亀裂が走る。そして、両断された半身が左右へと倒れ込んだ。
眼前には、剣を振り切った状態で残身しているソラがおり、その金色の瞳の瞳孔は竜のように縦に割れていた。それはソラが竜域に入っている事を意味する証だった。
「大丈夫かフテラちゃん?」
起伏を失った声のまま、心配するようなソラの言葉は、フテラには届いていなかった。
――ああ、やっぱりそうだったんだ、やっぱりあなたが……
愕然としながら、ある事実をフテラは確信する。
直後、ソラは自身に迫り来る高速の何かに気付き、咄嗟に剣で弾く。その何かは頬を掠め、ソラの頬から血が僅かに流れた。
「おっと外れてしまった、どう見ても蒼衣騎士の反応速度じゃないね。それにその瞳、それがラドウィードの騎士が竜の瞳の騎士と呼ばれる所以か」
ソラに襲いかかった“何か”とはオルムの剣であり、その剣はオルムの伸長した腕から繰り出された刺突であった。
「なら、これはどうだい?」
続いてオルムは、伸長させた腕をしならせ、まるで鞭のような動きで長距離からソラを狙う。
「ちっ!」
空気が炸裂する音と共に、鞭のような軌道で襲い掛かって来る斬撃を、紙一重で躱し続けるソラ。
――奴の能力は五体の伸縮と軟化、それを利用した鞭のような斬撃は厄介だな。
一撃一撃を見極めながらも、防戦一方のソラにオルムがほくそ笑みながら言う。
「竜域だなんて大層な名前だけど所詮はただの集中状態、僕達覚醒騎士のように先読み能力や感情受信能力の無い君じゃ初見の攻撃には対応出来ないだろ」
「確かにあんたの言う通りだ……でも、もう見た」
すると、ソラはオルムの横薙ぎに近い斬撃を受け流すと同時に、一気に間合いを詰め懐へと入る事に成功する。
伸長した腕を縮めるよりも速く、既にソラは突きの体制へと入っていた。無防備となったオルムの腹部に刃が届くかと思われた次の瞬間、オルムは背部へと左手を伸ばすと、コートの内側から小ぶりの剣を取り出し、ソラの突きを捌いて躱した。
――仕込み!
更にオルムは腕を縮めたその勢いを利用し、渾身の胴薙ぎを繰り出す。
「くっ!」
その勢いは凄まじく、炸裂音と共にソラを壁まで弾き飛ばした。
しかしソラは、壁を蹴って受け身を取り激突を回避すると、着地しすぐさま構え直す。
「どこが脆弱な能力だ、〈連理の鱗〉出身の騎士は弱者に擬態するのが好きなのか?」
「はは、能ある鷹は爪を隠すって言うからね、それに物は何でも使いようって事さ……こんな風にね!」
続いて、オルムは剣を両手に握らせた状態で腕を伸長させつつしならせ、再び鞭のような斬撃を繰り出した。双剣から繰り出されるその手数は単純に先程の倍である。
うねり、弾け、襲い来る斬撃の嵐は、さながら荒れ狂う双頭の蛇。
「ぐうっ!」
その猛攻にソラは先程よりも防戦一方に陥る。そしてその身体には徐々に斬撃が掠め、所々出血が目立ち始めた。
「ははは、返り討ちにされる気分はどうかな?」
確信する勝利に、笑みを零すオルム。
次の瞬間、ソラは斬撃を弾きつつオルムの周囲を高速で駆け抜ける。
「攪乱? 無駄だよ!」
オルムはソラの動きを捉えつつ、斬撃を放ち続ける。
するとソラは、引き続き斬撃を弾きながら、今度は両断されたエリオットの死体と擦れ違いざまに剣を抜き取った。そしてオルムと同じように両手に剣を持ち、構えた。
「二刀流……そんな付け焼刃が!」
ソラのその行動は、オルムにとっては追い詰められた際の悪あがきとしか思えなかった。だが次の瞬間オルムは驚愕する。
ソラは双剣による二刀流により、オルムの全力の斬撃の嵐を捌き続けるのだった。しかも、先程までのように斬撃を浴びせる事も出来なくなり、一撃一撃を的確に受け流しながら少しずつ距離を詰めて来る。
――堂に入っている……これはタリエラの民のスプレッツァトゥーラ流? いや、それとも少し違うような。
それは諷意鳳龍院流による二刀流剣技。まだソラが翼羽から伝授されていなかった極意に、レイ・レグナント流とスプレッツァトゥーラ流を組み合わせ、独自に辿り着いたものだった。
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