244話 狩るべき敵
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三ヵ月前。
エリギウス大陸、皓の空域の最果て、広大な雲海の中に潜む孤島プルトハウル。反乱軍連合騎士団〈亡国の咆哮〉本拠地である城塞の作戦室にて、ソラはとある人物から指令を受けていた。
その人物とは、ウル=グランバーグ。〈亡国の咆哮〉の団長であり、狼のように鋭い眼と、ショートカットの銀髪、先端の尖った長い耳と牙のような八重歯が特徴の女性であった。
「お前の次の標的は既に決まってる、現在アラネスク騎士養成所の教官を務めるオルム=ベルセリオスという名の聖衣騎士だ」
それを聞き、何も答えずただ口を噤むソラに痺れを切らしたのか、ウルは挑発混じりに問う。
「どうした、びびってんのか? 二年前に〈亡国の咆哮〉に入団させてほしい、どんな危険な任務だろうが汚れ仕事だろうが何でもやるって言ったのはお前じゃなかったのか?」
対しソラは、至極冷静に、そして少しだけ応戦するかのように返した。
「“俺の師が守ろうとしたものを守る為なら”が抜けてるよ。俺はエリギウスに対するあんたの憂さ晴らしや復讐心の為に、あんたの操り人形になるつもりはない」
「てめえ、相っ変わらず糞生意気な奴だな」
険悪な雰囲気が漂う二人を見て、あたふたとする薄紅色のおさげ髪の女性、〈亡国の咆哮〉副団長アレッタ=ラパーチェは思わず二人の間に割って入ろうとする。
「ちょ、ちょっと! 喧嘩は止めてくださいよウル団長、ソラさん! この騎士団にはもう私達しか残ってないんですよ、仲良くしましょうよ!」
アレッタに仲裁され、身を乗り出そうとしていたウルは大きな嘆息と共に、深く椅子に座り直した。
「……そうだ、この二年間の激闘で〈亡国の咆哮〉の戦力は既に壊滅状態だ。もう敵の騎士師団と正面からやり合う力は残ってねえ。だから今出来る事があるとすれば台頭しそうな聖衣騎士を暗殺し、少しでもエリギウスの戦力再構築を遅らせる、そうやって〈因果の鮮血〉の連中に後を託す事なんだ」
すると、ソラは少しだけ俯き、ゆっくりと口を開く。
「……解ってるよ、だから俺は騎士師団長候補の聖衣騎士を今まで三人も……斬ったんだ」
「ハッ、そいつが碌でもない奴かどうか見極めてから暗殺してるらしいからなてめえは、時間はかかるし標的を斬らずに帰って来た事もあったし、本当に甘っちょろい野郎だ」
するとソラは返す。今回躊躇ってるのはそこではなく、騎士師団長候補の聖衣騎士暗殺を開始してから、対象の警護が日に日に厳しさを増しているところにある。先月倒したルプス=オースティンという騎士は傲慢で自尊心が強く、自分の腕に相当の自信があった。そして、警護を決して受け入れず独りになる事が多かった。だから一騎討ちに持ち込めて何とか倒せたのだと。
ソラは続けて、ウルの目を真っ直ぐに見ながらきっぱりと言い放った。
「でもこれ以上ははっきり言って自殺行為だ。言っておくけど俺はまだやらなきゃならない事がある、こんな所で死ぬつもりは無い」
それに対し、今度は冷静に返すウル。
「確かにお前の言う通りだ、今奴らは最大限の警戒を敷いている、これ以上騎士師団長候補を暗殺するのはほぼ無理だと思っていいだろうな。だが、オルム=ベルセリオスは騎士師団長候補じゃねえ、貧弱な竜殲術が発現した外れの聖衣騎士だそうだ」
「なら、尚更暗殺する必要なんて――」
「そいつが竜魔騎兵計画を実行しようとしているとしてもか?」
ソラの言葉を遮るようにして出された竜魔騎兵計画という単語を聞き、ソラの顔色が一変した。
オルムは元〈連理の鱗〉の騎士で、スクアーロ=オルドリーニの部下だった。以前〈連理の鱗〉が〈因果の鮮血〉に敗れた際、研究施設も研究資料も全て廃棄された。だが一方でオルムはアラネスク騎士養成所で教官という職に就きながら、独自に研究を続けていたのだとウルは説く。
「……竜魔騎兵計画」
ソラは、スクアーロにより竜魔騎兵として聖衣騎士に覚醒させられ、その副作用で明らかに精神汚染を来していた騎士養成所時代の親友、アイデクセの顔を思い出しながら拳を強く握り締めた。
「それだけじゃねえ、密偵騎士の調査によれば、アラネスク騎士養成所では蒼衣騎士を中心に何人もの行方不明者が出ているらしい」
「まさか!」
ソラが何かに勘付き唖然とする。
「騎士候補生を実験材料にして研究を進めていると見てほぼ間違いねえ」
「ひ、酷い! そんな事って許されるんですか?」
横で話を聞きながら思わず憤るアレッタ。
「敵国の騎士候補生が死のうが何されようが知ったこっちゃねえがこれだけは言える、奴を生かしておけばソラ、お前の師とやらが守ろうとしたものは確実に脅かされる」
するとソラは、氷のように冷たい眼差しでウルに問う。
「そいつを暗殺する為には、アラネスク騎士養成所に潜入する必要がある、でも俺は元エリギウスの騎士候補生で、しかもこの容姿は目立ちすぎると思う」
「ふん、やっとその気になりやがったか。だが心配すんな、アラネスク騎士養成所の上層部には内通者が居てな、身分を偽装して別の養成所からの編入者っつう事で潜入出来る。んで、その容姿に関してはこいつを使え」
そう言いながら、ウルは懐からカプセル状の錠剤を取り出し、ソラに手渡した。
「これは……プシュケの鱗粉」
「知ってるなら話は早ええ。金眼のお前ならそいつで髪の色を金色に変えればエリギウスの民に偽装出来る。んで怨気の黒翼に関しては痣の上にガーゼでも貼って、体中に包帯でも巻いて怪我してるふりでもしときゃカムフラージュ出来んじゃねえの?」
「……逆に目立たないかそれ」
ウルの提案に一抹の不安を抱きながらも、ソラはプシュケの鱗粉の入った錠剤を懐に仕舞うと、背を向けた。
「まずはオルム=ベルセリオスが本当に斬るべき存在なのかどうかを俺自身の目で確かめる」
「ったく、まーた時間と手間のかかりそうな事で」
※ ※ ※
「ぼ、僕を狩るって? そうか……この一年間で四人の騎士師団長候補が暗殺されたのは君の仕業って訳か?」
静かな敵意を剥き出しにするソラを前に、少しだけ取り乱した様子で尋ねるオルム。対し、ソラは肯定する事も否定する事もせずただ黙していた。
そんなソラを見て、フテラは表情を曇らせ一人俯いた。そしてオルムがソラに続けて言う。
「でも、僕は脆弱な能力しか持たず騎士師団長にもなれなかった聖衣騎士、そんな僕を殺すなんて君は良心が痛まないのかい?」
同情を買おうとするかのようなオルムの言葉。しかし、ソラは培養管の中に入っている異形と化した元騎士候補生の姿に視線を向けた後、淡々とした口調で返した。
「……他人の命を散々玩具にしておいて、自分の命は乞うのか?」
「いや、彼らには希望を与えてあげたんだよ? もしかしたら一度諦めた騎士になれるかもしれないという希望を。確かに実験は失敗に終わったかもしれないけど、そんな光を抱いて死ねたのなら本望と言ってもいいんじゃないかな?」
直後、歯噛みと共に自分の黒髪に触れながらゆっくりと語りだすソラ。
エリギウス帝国宰相であるレナードと、自分と同じように混血だった養成所の恩師が奮闘し、混血種や異形種に対する迫害や差別を禁ずる法を打ち出した。反発も多かったが少なくとも表面上は混血種や異形種に対する風当たりは格段に良くなった。そしてエリギウスと敵国だったレファノスやメルグレインもそれに追随し、やがて世界から混血種や異形種に対する差別や迫害は消えていった。
「一体何の話をしているんだい君は?」
「……エリギウスにもそんな二人のように尊敬すべき人間は居る。でも、あんたが屑で心底ほっとした」
ソラが剣を構え直した瞬間、凄まじい威圧感にオルムは気圧される。
「おかげで狩る事に何の躊躇いもいらない」
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