243話 正体
「アーウィル!」
フテラが声をかけるが、アーウィルは尚も動かない。しかし良く見ると呼吸はしているようで、フテラは少しだけ胸を撫で下ろす。
「何のつもり? あなた達アーウィルに何をしたの?」
「別に何もしてねえよ、ちょっと気絶させただけだ……オルム教官に頼まれてよ」
「そ、僕達はいつも通り、うだつの上がらない蒼衣騎士を攫って来ただけの話」
「なっ!」
オルムに指示でやったという二人の証言に、フテラの表情が固まり、肩を落としながら問う。
「これで確信した。この二年間で起きた騎士候補生の行方不明事件、犯人は……オルム教官だったんですね?」
フテラの追及に、オルムがしばし口を噤んだ後で答えた。
「僕は君のような騎士候補生を救いたかっただけなんだ」
「どういう……事ですか?」
「騎士を志しながら、蒼衣騎士から覚醒出来ず、道を諦める若者達に僕は希望の光を指し示してきた」
「…………」
「君もそうだろ? 殺された父親の為に正騎士を志して来たのに、銀衣騎士に覚醒出来ず、血の滲むような鍛錬の果て、得たのは剣闘祭準々決勝敗退という鳴かず飛ばずの結果」
するとオルムは懐から引き金の付いた注射器を取り出し、フテラに見せながら続ける。
「でも安心してほしい」
「え?」
オルムは言う。フテラは剣闘祭が終わればきっとこの養成所を去ってしまうだろうと予想していた。だからこの一ヶ月間必死になってこの投与薬の完成を急いだのだと。そして遂に満足の行くサンプルが完成させることができた。これがあればフテラは竜魔騎兵として聖衣騎士に覚醒出来る、そうすればきっと父親の仇を討てる筈だ、と。
オルムの誘惑のような提示を受け、フテラはどこか振り絞るように尋ねた。
「一つだけ聞かせてください、今まで行方不明になった蒼衣騎士達は何処に?」
そんなフテラの問いに、複数の培養管へと視線を向けて返すオルム。魔獣が入っていると思わしき他の培養管のものと比べ、どこか人の面影を感じるその姿に、フテラは否が応にも勘付き、鳥肌を立たせた。
「魔獣の細胞が上手く適合出来なくてね、あのように異形な姿へと変貌した後、激しい拒絶反応により命を落としたよ」
「そん……な!」
「でも大丈夫、僕は君の事は本気で買ってるんだ。だからずっと君を気にかけてきた。君はスクアーロ師団長が造り出したアイデクセ=フェルゼンシュタインを超える最高の竜魔騎兵になれる器を持っている。いきなり未完成の投与薬を投与するような勿体無い事はしないよ、その為にアーウィル君をここに連れて来てもらったんだ」
すると、オルムに投与薬を手渡されたエリオットが、床に横たわるアーウィルへと近付いて行く。
「まさかアーウィルを実験に使う気?」
直後、フテラはアーウィルを守るようにエリオットの前に立ちはだかり、両手を広げて叫んだ。
「止めて、私の友達に手を出さないで!」
「友達か……大丈夫だよフテラ君、僕の計算では今回の投与薬は限りなく完成品に近い出来なんだ。何の才能も未来も無いアーウィル君にもきっと光を与えてくれるよ」
「そんな勝手な事――」
「もういいよフテラちゃん」
すると、突然アーウィルが言葉を発し、ゆっくりと立ち上がった。
「アーウィル、気が付いてたの?」
「うん、ありがとうフテラちゃん。これで君が助けてくれたのは二度目だね」
「そんな事言ってる場合じゃ――とりあえずあなたはここから急いで逃げて! そして誰かにこの事を知らせて!」
フテラが、目を覚ましたアーウィルに逃げるように提言したのを聞くと、すぐにウォーレンが剣を抜きながら出口の方に回り込み、アーウィルへと近付いてい行く。
「はあ面倒くせ。オルム教官、逃げられても厄介だからとりあえずアーウィルの両足ぶった切っておいてもいいよな?」
「まあ仕方ないね、所詮彼は蒼衣騎士の中でも落ちこぼれ中の落ちこぼれだし、サンプルさえ投与出来ればそれでいいよ」
それを聞くと、ウォーレンはほくそ笑み、剣を振り上げながらアーウィルに襲い掛かる。
「アーウィル!」
次の瞬間、アーウィルに斬りかかろうとするウォーレンの剣を受け止めようと、フテラが抜剣し咄嗟に間に入ろうとした。
刹那、奔る閃光がウォーレンの剣の刀身を切断し、刻まれた袈裟掛けの斬撃痕と共に血を噴出させながら、ウォーレンは後方の壁まで吹き飛ばされた。
「がはあっ!」
ウォーレンはそのまま壁に激突すると、口から血を吐いて地へと倒れ込み、得体の知れない恐怖に震えながら薄れ行く意識の中で激しく当惑した。
――あ、あいつにやられたのか? ……嘘だろ? み、見えなかった……俺はいつの間に斬られた? な、何なんだあいつは……一体!?
やがて、ウォーレンは事切れたようにピクリとも動かなくなった。
また、フテラも何が起こったのか分からずふと振り返ると、そこには剣を振り切った姿勢のアーウィルがおり、その光景に目を丸くして唖然とした。
アーウィルは額や腕に大袈裟に巻いていた包帯を外し、続いて右頬に貼っていたガーゼを外す。……そこには、翼のような形の黒い痣が在った。
「鈍いな……やっぱり“プシュケの鱗粉”の副作用があると」
アーウィルは自分の剣に視線を送りながら嘆息混じりにそう呟くと、懐から取り出した錠剤のようなものを飲み込んだ。
直後、アーウィルの金色の髪が黒く染まっていき、黒髪金眼の姿へと変貌する。
そう、アーウィル=アダインの正体は他の誰でもない、とある理由でアラネスク騎士養成所に潜入していたソラ=レイウィングだったのだ。元々の容姿へと変貌したソラの姿を見て、オルムが何かに気付いたように言う。
「髪の色が変わった……」
ーー聞いた事がある。プシュケという名の様々な色の羽を持つ蛾の毒鱗粉から作られた薬、飲めばその鱗粉と同じ色に髪を変色させる事が出来るという。今までの髪の色はプシュケの毒鱗粉の効力で変えていたのか。そして今飲んだのは解毒薬という事か。
かつて、まだ混血種や異形種に対する差別や迫害が盛んだった頃、髪の色を変えて純粋種に偽装する目的で、多くの混血種や異形種の者達がプシュケの鱗粉を飲んだ。
染め粉での染髪はすぐに本物と見分けが付いてしまう為だ。しかしプシュケの鱗粉は効力がある間は副作用として服用した者の筋力や反射能力を大きく下げ、常時倦怠感や眠気をもたらす。
それが原因で不自由な日常を強いられる者達が多く居た。思わぬ事故に遭ったり、魔獣から逃げ遅れて命を落としたりする者も少なくなかったという。
「アーウィル? あなたアーウィルなの?」
突如姿の変わった友を見て、困惑したように問うフテラに、ソラは返す。
「ごめんフテラちゃん、俺はここでやらなきゃいけない事があって、ずっと君の事騙してた」
「……やらなきゃいけない事?」
すると、ソラの姿をまじまじと見ながら、オルムは何かに気付いたように呟いた。
「右頬に怨気の黒翼が刻まれた黒髪金眼の混血……ああ君、二年前にディオローン騎士養成所から雲の大聖霊石を盗んでエリギウスから離反した騎士候補生だね、聞いていた容姿と一致する。名前は確か……ソラ=レイウィングだったかな」
アーウィルの本当の名や過去が判明し、フテラは次々と突き付けられる事実にただ茫然とする事しか出来ない。
「…………」
「こそこそとこのアラネスク騎士養成所に潜入したりして、一体何の目的があるんだい?」
するとソラは、剣を正眼に構えながらオルムを鋭い眼光で貫いた。
「オルム=ベルセリオス……お前を狩る」
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