242話 竜魔騎兵計画再び
フテラは控室に戻ると、自分の無力さに打ちひしがれた。
その後の結果を見る気力も失い、ただ虚ろな様子で俯き続けた。
――そもそも出来すぎだったんだ。たった一ヵ月で銀衣騎士と渡り合えただけでも。
それから、剣闘祭は終了した。
そしてフテラの控室の前にはアーウィルの姿が在り、何を言ってやればいいのか分からないといった様子でしばらく立ち尽くしていた。しかし意を決したようにドアノブに手をかける。
フテラは自分の居る控室のドアノブが回った事で、視線を少しだけそこに向けた。すると、そこから入って来たのは――教官であるオルムであった。
「……オルム教官」
「フテラ君、素晴らしい健闘だったよ」
そんなオルムの讃えるような言葉は、フテラにとってはただの慰めでしかなく、俯き黙すことしか出来なかった。
「準々決勝もイーシャ君に負けたとはいえ、惜しかった。イーシャ君は今回の剣闘祭の優勝者だ、そのイーシャ君と互角以上に渡り合ったんだ、信じられない程の成長だ」
「でも……負けてしまったら何の意味もありません」
すると、オルムはフテラが座る長椅子の隣にそっと座る。
「ここで終わりじゃない、剣闘祭での優勝だけが騎士になるための道では無いし、君の今の実力なら順当に行けばきっと、いつか正騎士に登用される筈だ」
だとしても気付いてしまった。いや、心の奥底では気付いていたのかもしれない。正騎士になれたとしても、自分は父のような立派な騎士にはきっとなれない、ましてや父を殺した騎士を倒せるような騎士になどとても。
そう悲痛な想いを胸の中で弾けさせるフテラに、オルムが優しい声で諭す。
「フテラ君僕もね、こう見えて絶望の連続だったんだよ」
「え?」
直後、突然オルムの額に剣の紋章が輝く。それは竜殲術の発動を意味していた。更にオルムは自分の腕を、まるで骨が無いかのように逆関節方向に曲げて見せる。
口元を両掌で抑えながら、驚きの表情を浮かべるフテラに、オルムは嘆息混じりに言う。
「超軟体、それが僕の竜殲術の力だ」
「超軟体?」
「うん、しょうもない能力だと思わないかい?」
「そ、そんな事!」
自虐混じりの問いに、フテラは取り繕おうとするが、オルムは嘆息しながら微笑んで続ける。
「いいんだよ気を使わなくて。実は僕もね、フテラ君のお父さんと同じで騎士師団長になるのが夢だったんだ」
「そう……だったんですか?」
思いもよらぬ告白に言葉を詰まらせるフテラへ、オルムは更に続ける。
自分は凡庸な騎士であったが、死ぬ気で鍛錬して、任務では死力を尽くして、奇跡的な運に恵まれたのかやがて戦場で聖衣騎士に覚醒した。しかし発現したのは体が常人より柔らかくなるという非力な能力であった。
それでも自分が聖衣騎士に覚醒したという噂が広まった事で、すぐに騎士師団長への就任の話が上がった。だが自分に発現したのがこの能力だと知れた途端にそれが白紙になってしまい、それから紆余曲折ありこの養成所へと飛ばされたのだと。
前線から離され、都合良く使われ、まるで抜け殻のように騎士養成所の教官という業務をこなす日々であった。しかし次々と現れる才能のある者達に触れ、育て、その者達がエリギウスを担う凄い騎士になっていくのを見る内に、今の自分も悪く無いと思えるようになったのだとオルムは語る。
「……オルム教官」
「自分の果たせなかった夢を託せる騎士候補生に出会う事が、いつしか自分の夢になっていた。そして君のような素晴らしい才能のある騎士候補生に出会えた」
するとオルムは、再び腕をぐにゃりと曲げながら言う。
「とは言え、こんな恥ずかしい能力を候補生に披露するのは初めてだよ」
そんなオルムを見て、思わず笑みを零すフテラ。
「やっと笑ってくれたね」
「あっ!」
オルムの優しい指摘にハッとしながらフテラは恥ずかしそうに口元を抑えた。
「フテラ君、決して絶望に呑まれてはいけないよ、何故なら君はまだまだ強くなれる。僕が保証する」
「……はい」
直後、オルムはフテラの眼を真っ直ぐに見つめた。それにたじろぎ、顔を赤くして目を反らすフテラ。
「フテラ君、今僕が言った言葉、君を奮い立たせる為や励ます為のリップサービスじゃない、ただの事実だ」
「オルム教官?」
「君に見せたい物があるんだ、僕を信じて付いてきてくれるかい?」
すると突然、オルムは神妙な面持ちになり、フテラにそう提案するのだった。
※
一方、フテラの控室を訪れようとしたアーウィルは、とある二名の人物に連れられ、人気のない廊下の端に追いやられていた。
その二名の人物は、アーウィルとフテラの同期でもある、ウォーレンとエリオットであった。
「ようアーウィル、最近またずっと俺達の事避けてなかったか?」
「何かフテラちゃんとばっかり遊んでて、俺達とは遊んでくれなかったよね」
「い、いや決してそんな事は」
詰め寄る二人に対し、アーウィルは身を縮めるようにして震える。
「まあまあ、そんなに怯えなくても今日は別にお金をせびりに来た訳じゃないんだよね」
「えっと、じゃ、じゃあ何の用で?」
「ある人からお前を連れて来るよう頼まれてな」
「ある人?」
次の瞬間、アーウィルの鳩尾にウォーレンの拳がめり込む。
「か、カハッ!」
膝を着き、その場に崩れ落ちるアーウィル。
「ま、悪く思うなよ」
「いやあ、心が痛むなあ」
二人は口の端を上げながらアーウィルを見下ろすと、ウォーレンがアーウィルを背負い何処かへと消えていった。
※
「……ここは」
場面は変わり、オルムに連れられフテラがやってきたのは、養成所のタルタロス訓練室前であった。
「ここはタルタロス……ですよね?」
「そうだ、君はこの一ヵ月ここで訓練をしていたんだろ?」
「し、知っていたんですか?」
何故タルタロスへと連れてこられたのか、そして何故オルムは自分がタルタロスで訓練していた事を知っているのか、フテラが戸惑っていると、おもむろにオルムが訓練室の扉を開いた。
そしてフテラはオルムに付いてタルタロスの中へ入ると、オルムは壁に備えられたボタンを素早く操作する。
すると、床の一部が開かれ、地下への階段が露わとなった。
再びオルムの後を付き、恐る恐る地下への階段を降りると、フテラは驚愕の表情を浮かべた。
そこは広大な一室となっており、様々な培養管が並ぶ。更にその中には魔獣と思わしき異形の姿のものが入っており、一見何かの研究施設のようでもあった。
「オルム教官……こ、ここは?」
「見ての通りの研究施設さ。僕はこの一ヶ月間夜はここに籠っていたから、君達が上階のタルタロスで訓練している事を知っていたんだ」
「そうだったんですね。でも研究って……何のですか?」
すると、オルムは糸のように細い目を鋭く開眼し、答える。
「竜魔騎兵の……だよ」
「りゅうまきへい?」
その言葉を聞き、フテラは首を傾げた。竜魔騎兵、それはオルスティア統一戦役の引き金ともなった、人工の聖衣騎士の総称である。
子を宿した母体に聖霊石を埋め込み、産まれてくる子の刃力を先天的に高める事で、将来的に聖衣騎士へと覚醒させる聖霊石人体適合術法による、非人道的な実験の末に生み出された騎士だ。
しかし、エリギウス帝国ではその真実は隠蔽されており、当然養成所の騎士候補生であるフテラはそれを知らない。
「竜魔騎兵は人工的に造り出された聖衣騎士の事だ。僕は元〈連理の鱗〉に所属していた騎士でね、スクアーロ師団長がウィン=クレインという発案者の研究を引き継いだんだけど、道半ばで戦死してしまったから、その研究を僕が更に引き継いだんだ」
「…………」
「でも、中々上手くいかなくて。人体に聖霊石の粒子を打ち込んだだけでは一時的に刃力が上昇するだけで、蒼衣騎士や銀衣騎士を聖衣騎士に覚醒させる事は出来なかった」
するとオルムは、培養間の中の魔獣達に視線を向けながら続けた。
「でも研究の果て、ようやく答に辿り着いた。銀衣騎士、そして聖衣騎士の覚醒に必要なのは竜の因子だったんだ」
「竜の……因子?」
聞き慣れない言葉に首を傾げて呟くフテラに、オルムは説く。
ウィン=クレインはどういう訳か竜の細胞を所持しており、恐らくそれを聖霊石と共に人体に埋め込んだ。そしてスクアーロも研究を引き継いだ時にその竜の細胞を手に入れていた。だからこそその二人は竜魔騎兵を完成させる事が出来た。
それの所在は今は分からず仕舞い……しかしこの世には竜の因子を持つ生物が身近に居る。それが幻獣や魔獣……そして覚醒騎士なのだと。
フテラは、オルムが語る驚愕の説に唖然とする事しか出来ない。
「でも、それが分かっても上手くいかなくてね、幻獣や覚醒騎士の細胞では竜の因子が薄い、だから主には魔獣の細胞を移植する事で覚醒騎士への覚醒を目指し、この二年間何人もの蒼衣騎士に協力をしてもらい研究を続けて来たけど、芳しい結果には繋がらなかった」
「……まさか」
すると、上階から実験室へと降りて来る足音が聞こえフテラが振り向くと、ウォーレンとエリオットの二人が現れた。そしてウォーレンの肩にはアーウィルが抱えられており、ウォーレンはアーウィルを無造作に床に投げ落とすが、アーウィルの反応は無かった。
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