241話 剣闘祭
剣闘祭当日。
養成所の敷地内に存在する広大な円形の闘技場には、剣闘祭に参加する三十二名の騎士候補生達が並び、端には試合で使用される四振りのソードが立ち並んでいる。
また観客席は、養成所の騎士候補生や教官、帝国の正騎士から果ては一般人に至るまであらゆる人々で埋まっており、その中にはフテラを見守るアーウィルの姿も在った。
そして、そんな中でも一際異質な雰囲気を放つ特別観覧席。多くの近衛騎士が絢爛な椅子に座るその人物の周囲を神妙な面持ちで警護している。
その人物とは、エリギウス帝国皇帝アークトゥルス=ギオ=オルスティア。荘厳な雰囲気を醸し出し、金色の髪と金色の瞳を持つ壮年の男性であった。また、アークトゥルスを警護する近衛騎士達の中には、第一騎士師団〈閃皇の牙〉師団長レオ=アークライトの姿も在った。
アーウィルは、そこへ一瞬だけ視線を向け、アークトゥルスとレオを一瞥すると、気圧されたようにすぐに視線をフテラの方へと戻した。
その後、フテラの試合直前。フテラは控室で、一人緊張の面持ちで考察する。
――一回戦の相手は、ディナイン群島に存在するガルンベール騎士養成所の騎士候補生。守護聖霊は風だから、守護聖霊が光の私にとっては相性的に不利。だけどダメージを与える事を目的としない模擬戦闘なら属性相性自体はそれ程関係ない。とはいえ……
フテラは危惧していた。何故ならこの剣闘祭で用意されている演習騎のソードは四振り。雷の聖霊石を核とするグラディウス、風の聖霊石を核とするカットラス、炎の聖霊石を核とするタルワール、水の聖霊石を核とするスクラマサクスである。
フテラの守護聖霊は光である事から、最も相性の良いのは雷属性のグラディウスであるが、引き出せる性能はおよそ90%。
対し、相手は守護聖霊が風であり、使用するソードも風属性のカットラスである為引き出せる性能は100%である。
ただでさえ能力的に不利な戦い、その上騎体性能においても僅かとはいえ不利だとあってはその不安も当然である。すると、控室の扉が開かれ、係員がフテラに声をかける。
「フテラ=アルキュオネ、そろそろ出番だぞ」
フテラは覚悟を決め控室の椅子から立ち上がり、目付きを鋭くさせ闘技場へと向かう。
――それでも負ける訳にはいかない。
「見ててね、父さん」
結界で隔てられた闘技場の観客席は既に興奮に包まれていた。この試合以前の試合により観客達のボルテージが徐々に上がっていったからだ。
そんな熱気の中、フテラは雷属性である紫色を基調としたグラディウスに搭乗し、相手は風属性である緑色を基調としたカットラスに搭乗する。
そして互いの騎体の動力が起動すると、相手のカットラスは推進刃から放出される刃力により銀色の騎装衣を形成させ、フテラのグラディウスは蒼色の騎装衣を形成させる。瞬間、観客席がざわめいた。
「ん? あの騎装衣の色、まさか蒼衣騎士か?」
「嘘でしょ、剣闘祭に蒼衣騎士が参加してるの?」
「おいおい、いくらなんでも場違いだろ!」
フテラが蒼衣騎士である事が分かるや否や、次々と投げかけられる罵倒や野次。そんな観客達をアーウィルはムッとした表情で睨み付けた。しかし当の本人は全く気にする様子もなく、目の前の相手に集中しているのだった。
「第七試合――始め!」
試合開始の合図と共に飛び出したのは相手のカットラス。左前腕部の内側から刃力弓を取り出し、引き金を引く。そして放たれる三発の光矢がフテラのグラディウスへと飛来する。
――直線からの射撃! 同じだ、タルタロスでの訓練と……なら躱してみせる。
フテラは、騎体を左右に振らせながら光矢を咄嗟に回避した。
続いて、相手のカットラスは刃力弓を盾の内側へ収納すると、左腰の鞘から刃力剣を抜き、刀身を形成させ上段からの振り下ろしを繰り出した。
――斬撃……
「見える」
フテラはその一撃に反応し、騎体を上空へと飛翔させて回避――と同時に刃力剣を抜き、相手のカットラスの背後へと回る。
相手のカットラスはすぐに振り向くが、その瞬間、フテラのグラディウスから繰り出された右胴薙ぎが、相手のカットラスへと炸裂した。
「試合終了!」
次の瞬間、試合終了を告げる審判からの声が響いた。
「勝者、フテラ=アルキュオネ」
思わぬ決着に、大きな歓声が巻き起こった。
「やるじゃねえか!」
「蒼衣騎士でも強い人は強いのね」
「この後も番狂わせ頼むぞ」
観客達の称賛は、あからさまな掌返しではあるが、フテラは嫌な気はしなかった。勝者は全てが認められる。そして、ずっと遠ざかっていた自分の目的に、一歩近付けた気がした。
※
一方、観覧席の傍で試合を傍観していたレオも、感心したように呟く。
「へえ、結構面白いじゃないか、あの子」
※
試合を終えたフテラは、グラディウスの操刃室から降りる。
「ナイスファイト、フテラちゃん!」
するとフテラに向かって、アーウィルが賛辞を送り、フテラは笑顔で返した。
一方、既に一回戦を突破していたイーシャは、そんなフテラを見ながら舌を打つ。
※
そして続く二回戦、フテラは、水の守護聖霊を持つ騎士候補生が操刃するスクラマサクスを相手に、巧みな操刃技能を駆使して有利な空中戦に持ち込み、難なく撃破する事に成功していた。
これで勝ち抜き戦は、八名の騎士候補生が残り、続く準々決勝、フテラの相手は同じく勝ち上がって来たイーシャであった。
イーシャの守護聖霊は炎、操刃するソードは炎属性のタルワール。つまり騎体性能を100%発揮する事が出来る為、ここでもフテラは僅かに劣勢を強いられた状態で戦う事となる。
しかし劣勢なのは今更。それを覆すしかないのだと、フテラはこれまで養成所の訓練で辛酸を舐めさせられてきた因縁の相手との一戦に臨む。
闘技場ではフテラのグラディウスと、イーシャのタルワールが相対するように立つ。そして、動力を起動させ、それぞれが蒼色の騎装衣と銀色の騎装衣を形成させた。
「準々決勝、第一試合、始め!」
試合開始の合図と共に、刃力剣を抜いて刀身を形成させ、一気に間合いを詰める両者。互いの剣と剣が激突し、激しい金属音を鳴り響かせる。
『ふーん、随分調子良いみたいじゃないフテラ』
「お陰様でね」
鍔迫り合いをしながら、伝声器にて舌戦するフテラとイーシャ。
『どんな手品を使ったか知らないけど、銀衣騎士に覚醒しなくても天才の私なら勝てるって? あんたのそういう所がムカつくんだよ!』
「くっ!」
イーシャのタルワールが刃力剣を振り抜き、フテラのグラディウスを後方へと弾き飛ばす。と同時に間合いを詰め、連続の突きを繰り出した。
フテラはその突きを見るや否や、タルタロスでの反射能力向上訓練を思い浮かべ、自身に迫り来る矢を想起させながら全ての突きを捌ききる。
『な……に!』
直後、フテラのグラディウスからの反撃の胴薙ぎ。しかしその一撃を受け止め、イーシャのタルワールは距離を取った。
次の瞬間、フテラのグラディウスは空中へと飛翔し、属性及び騎体性能的に得意の空中戦へと誘う。
『見え見えなんだよ!』
しかしイーシャは、タルワールの左前腕部の盾の内側から刃力弓を射出させ左手で掴み取ると、上空のグラディウスへと連続で光矢を発射させた。
すると、フテラのグラディウスは空中で騎体を廻旋させながら左右に回避、まるで舞踏の如き華麗な動きで光矢による射撃を躱してみせた。その巧みな操刃技能に会場が沸く。
『鬱陶しいなあもう……いいよ、ならやってやるよ!』
イーシャは苛立ちと共に騎体を飛翔させ、フテラの誘う空中戦へと応じる。
そして空中で幾度となく激突を繰り返す両者の剣。騎体性能においては性能を完全に引き出せているイーシャのタルワールが上、空中戦においては空系統の雷属性であるフテラのグラディウスが上。騎体の総合的な優劣はほぼ五分。となれば勝敗を分かつのは騎士の純粋な技量であった。
『くっ!』
フテラの右袈裟斬りが、イーシャのタルワールを弾き飛ばす。そして体制を崩したタルワールとの間合いを一気に詰めて左斜め下方からの逆袈裟斬り。
『ぐうっ、この!』
その一撃を何とか受け止め、空中で再び鍔迫り合いになる両者。しかし圧しているのは明らかにフテラの方であった。フテラはイーシャの斬撃を悉く捌き、対するイーシャの方はフテラからの攻撃を防ぐので精一杯。勝敗が決する時は近付いていた。
すると、イーシャはフテラへと伝声を送る。
『前から、あんたの事が気に入らなかった』
「……イーシャ」
『いつもあたしの先を行って、涼しい顔して何でもこなして、父親が正騎士の血統証付きで、おまけに教官のお気に入りで、あげくの果てには主席にまでなって』
劣等感から来る思いの丈を激しくぶつけて来るイーシャに、フテラは親近感を覚えた。届かない何かに手を伸ばし、イーシャもまた足掻いていたのだ、それは今の自分の姿と同じではないかと、フテラは僅かに同情の念を抱いた。
だが直後、イーシャの抱く想いは、自分の信念とは全く異なるそれなのだとフテラは思い知る。
『だからあんたが銀衣騎士に覚醒せずに十五の誕生日を迎えた時は嬉しかった。ざまあみろってさ』
妬み、嘲笑い、他者を自分の位置より下に置く事に喜びを見出す。それは、イーシャが自分とは決して相容れぬ人間なのだと確信するに十分すぎる言葉であった。そして尚もイーシャは続ける。
『でもまあ、あんたの父親が騎士師団長に任命された次の日におっ死んだのはもっと笑ったんだけどね、ギャグかっての。あははははは』
亡き父を侮辱するその一言は、フテラを一瞬で激高させた。
「イーシャああああっ!」
フテラは憤慨と共に交えていた剣を全力で振り切り、イーシャのタルワールを押し弾くと、刃力剣を振りかぶり真向斬りを繰り出す構えを見せた。
それを見て焦ったように叫ぶアーウィル。
「駄目だフテラちゃん!」
同時にほくそ笑むイーシャ。
『ばーか』
次の瞬間、イーシャはタルワールの体制をすぐさま立て直し、フテラのグラディウスから放たれる真向斬りに対して、カウンターの抜き胴を繰り出し、グラディウスの腹部に斬撃を直撃させて斬り抜けた。
実戦であれば確実に致命となるであろう一撃が入り、唖然とするフテラにイーシャが伝声する。
『感情も動きも丸見え、あたしが覚醒騎士だって事忘れてた? ご愁傷様』
続いて審判の声が闘技場に響いた。
「試合終了、勝者、イーシャ=カウル」
勝敗が決し、歓声が巻き起こる中、敗北を喫したフテラは茫然としたままグラディウスを着陸させた。その後操刃室から地へ降り、ゆっくりと闘技場を後にする。
蒼衣騎士でありながら、想像以上の活躍を見せたフテラの健闘を称える賛辞の声も多かったが、フテラにはそれらの声は届いていなかった。
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