240話 タルタロスでの訓練
こうしてフテラはアーウィルの協力の元、夜な夜な養成所のタルタロスへと忍び込み、反応速度向上訓練を続けるのだった。
来る日も来る日も矢を躱し、剣で撃ち落とし、時には矢を受けた。
そしてタルタロスによる訓練開始から十五日が経過した。
この日、養成所にて午前の座学が終了した後講義室で、珍しくアーウィルからフテラに話しかける。
「フテラちゃん大丈夫?」
「何が?」
「さっきの座学、フテラちゃん珍しく眠そうにしてたけど」
「ね、眠そうじゃないわよ!」
心配をされた事が心外だと言わんばかりに、フテラは動揺しながら返した。
「い、いやだって、最近夜はずっとタルタロスで訓練やってて全然寝てないだろ? 一応鏃をゴム製のものに代えてるとはいえ、あの速さの矢をあれだけ受けてるんだからただじゃ済んでない筈、少し根を詰めすぎじゃない?」
「でもお蔭で、正面からの矢にはほぼ完璧に対応出来るようになった」
「……それはそうだけど」
「とは言え、もう時間が無いわ。今日からは全方位からの矢にも対応してみせる」
「い、いきなりそんなの無茶だよ!」
「無茶でも何でもやるしかないでしょ!」
そんなやり取りをしていると、近付いてくる人物が一人。フテラと同期のイーシャであった。
「へえ、何かあんた達最近随分と仲良しじゃない」
「……イーシャ、何か用?」
「別に、ただ最近あんた達、蒼衣騎士の落ちこぼれ同士がこそこそとつるんで無駄な努力を続けてるみたいだからさ、ちょっと笑えてきちゃってね」
「何が言いたいの?」
「ふふっ、今度の剣闘祭、私も三十二人の代表闘技者の一人として出場する事になったから、一応挨拶しておこうかと思ってさ」
「あなたが?」
「そりゃそうでしょ、私は第五十三期の現主席なんだから」
明らかに見下すように鼻で笑いながら言うイーシャをフテラが睨み付けると、イーシャはそれを流し見しながら嘆息と共に背を向けた。
「まっ、当日当たったら宜しくね。一回戦で当たる以外はあんたと戦う事は無いと思うけどね」
そして手を振りながら、その場から立ち去っていくのだった。
そんな二人のやり取りを、怯えた表情で傍観していたアーウィルが声をかける。
「あの……フテラちゃん」
「……何?」
「何でフテラちゃんってイーシャちゃんに目の敵にされてるの?」
「知らないわよ、でも元々友達って訳でも無かったけど、お互い蒼衣騎士の時はあんなじゃ無かったのに、あの子が銀衣騎士に覚醒して、私が蒼衣騎士に覚醒出来ず十五の誕生日を迎えてから突然」
「あーなるほど」
「何よ?」
不思議そうに尋ねるフテラに、アーウィルが答える。
フテラが第五十三期の元主席ということは、以前はイーシャがフテラに勝つことが出来ず、ずっと劣等感を抱いていた。元々の実力では越えられず、銀衣騎士に覚醒した事で上回ったものの、フテラを見る度に過去の汚点が蘇って苛々してしまう。今のフテラが弱いから余計に、と。
「弱くて悪かったわね、っていうか何であなたにそんな事解るのよ」
「いやあ、そういう奴ってどこにでもよくいるよなあって思って」
「……ふーん」
すると、座学による講義を終え、講義室を後にしようとしていたオルムが二人の元へと歩み寄ると、フテラへと声をかけた。
「フテラ君、最近調子はどうだい?」
「お、オルム教官! はい、順調です、心配しないでください」
オルムに話しかけられ、フテラは頬を赤くし、動揺したように返した。そんなフテラの様子を見て、アーウィルが何かを察したように一人掌を叩いた。
「訓練に付き合ってあげられなくてすまないフテラ君」
「いえ、オルム教官がお忙しいのは解っていますから。ところで、例の件は何か分かりましたか?」
「いや、残念ながら特に進展は無いよ」
「そうですか」
「それじゃあフテラ君、剣闘祭まで残り二週間程だけど、引き続き頑張って……といっても無理はしすぎないようにね」
「はい」
労いの言葉を残し去っていくオルムの背中を、寂しそうに眺めるフテラにアーウィルが呟く。
「フテラちゃんってさ」
「何よ?」
「オルム教官の事好きなの?」
「なっ! なななな何言ってるのよ! そそそそんな訳ないでしょ!」
突然のアーウィルの空気の読まない爆弾投下に、フテラがあからさまに動揺すると、アーウィルがくすっと笑みを零した。
――わかりやすいなあ。
「本当にそんなんじゃ無いから! ……ただ、オルム教官には申し訳ない気持ちで一杯で」
フテラは語る。オルムは、自分がこの騎士養成所に入った時から買ってくれていて、第五十三期の主席として自分を推してくれたのもオルムであるし、覚醒騎士になれない自分をこの養成所に残すように上に掛け合ってくれたのも、訓練時間外に親身になって稽古を付けてくれたのもオルムであった。だから数えきれないくらいの恩をオルムには感じているのだと。そして俯きながら続けた。
「でも、それだけ私を買ってくれてたのに、銀衣騎士に覚醒出来なかった事を始めとして、私はオルム教官の期待を裏切り続けてる」
「……フテラちゃん」
しかしフテラはすぐに顔を上げ、力強く決意を述べる。
「だから私は父の為にも、自分の為にも、そしてオルム教官の恩義に報いる為にも、今度の剣闘祭で絶対に敗ける訳にはいかない」
「……そっか」
「だから、悪いけど今夜も付き合ってもらうからねアーウィル」
「うん、わかったよ」
※
それから二週間の時が流れた。
フテラはタルタロスの中央に立ち、緊張の面持ちで剣を構えていた。一方、アーウィルはフテラ以上の緊張の面持ちで、壁の操作盤に震える指を触れさせていた。
「さあ、やってアーウィル!」
「ううううっ、やりたくないよお」
そしてアーウィルは操作盤のスイッチを次々と押していく。
次の瞬間、まずは正面の壁に埋め込まれた銃口から風の聖霊の意思で加速された三発の矢が凄まじい速度でフテラの元へと飛ぶ。しかもその矢の鏃はゴム製ではなく、本物に代わっていた。
しかし、フテラはその三発の矢を、巧みな剣捌きで瞬く間に弾いてみせる。
直後、左右から四発ずつ発射される矢を、今度は最小限の身のこなしで躱すと、今度は後方から二発、上方から三発放たれた矢を目にも止まらない細かな斬撃で斬り払う。
更に、正面、左右、後方、上方、あらゆる角度……全方位から次々と襲い掛かる高速の矢に全て反応してみせ、身のこなしと斬撃により悉く防ぎきる。
すると、後方から更に一発、フテラの背部に向けて真っ直ぐに飛来する矢。フテラは即座に振り返り、真向斬りを放つ。その閃光は矢を真っ二つに両断し、綺麗に両断された矢がフテラの左右へと別れ壁に突き刺さった。
「ハアッハアッハアッハアッ」
剣闘祭本番前日の夜。凄まじい集中力の果て、この日初めて本物の鏃の矢を使い、全包囲攻撃対応訓練を成功させたフテラは、頬に汗を伝わせながら肩で息を繰り返した。
「出来た……やったわよアーウィル!」
同時に歓喜しながらアーウィルの方に振り返るフテラ。するとアーウィルはその場に腰を抜かしてへたれ込んでおり、ほっと胸を撫で下ろしたように大きく息を吐いた。
「良かった、もし失敗してたら俺同期殺しの罪で捕まってる所だったよお」
「どっちかって言ったら私の心配しなさいよね」
「はは、でも本当に凄いよフテラちゃん、たった一ヵ月でタルタロスによる全包囲攻撃対応訓練を完遂させちゃうなんて」
「これでも元天才だからね」
フテラは自虐混じりに返しながら、ふと不安げに自分の両掌を見る。
「でもこの一ヵ月間、私生身でもソードでも一度も模擬戦闘やってなかったけど、本当に明日の本番大丈夫なのかな?」
「うーん」
直後、腕を組みながら渋い反応を見せるアーウィルの肩を、フテラは掴んで揺らす。
「ちょっと、そこは『大丈夫絶対勝てる』とか言いなさいよね、この一ヵ月あなたの言う通り訓練してきたんだから!」
「い、いやだって、そもそもたった一ヵ月で蒼衣騎士が銀衣騎士と戦えるようになるって話が無茶なんだから、やれるだけの最善は尽くした筈だよ。後はフテラちゃんのこれまで積み上げて来たものが実を結ぶかどうかって話で――」
「むっ」
フテラはアーウィルの肩から手を離すと、納得したように頷いた。
「まあ確かに、後はなるようになるだけか」
そして、ふとアーウィルに微笑みかけるフテラ。
「ありがとねアーウィル」
「え?」
「あなた訓練とか努力とか大嫌いで、やる気が無くて面倒くさがりで薄情そうなのに、この一ヵ月夜な夜なずっと私の訓練に付き合ってくれて、本当に感謝してる。お蔭で私は希望を捨てずに済んだ」
「フテラちゃんの力になれて良かったよ、これで恩返し出来たかな……前半の部分ぼろ糞だったけど」
「あはははは」
こうして一ヵ月間に及ぶタルタロスでの反応速度向上訓練が終了し、フテラは翌日の剣闘祭を待つのだった。
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