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239話 果たすべき目的

 翌日の夜。


 屋外の訓練場で落ち合う二人は、互いに木剣を構えながら対峙していた。


「それじゃあいくわよ」


 剣を正眼に構え意気軒昂なフテラに対し、明らかに腰が引け、乗り気ではない様子のアーウィル。


 そんなアーウィルに、フテラはまずは一太刀と木剣で斬りかかろうとしたその時。


「あのさ」


 突然構えを解き、木剣を下ろしながらアーウィルが模擬戦闘を中断させた。


「ちょっと、突然何なの?」


 水を差され、不満げに尋ねるフテラに、アーウィルが答える。


「多分こんな事続けてても、フテラちゃんは剣闘祭じゃ絶対勝てないと思うんだよね」


「なっ!」


 アーウィルが言い放った(もっと)もな正論。フテラ自身解っていたが、それでも足掻くしかないフテラにとってその言葉は何よりも耐え難いものであった。


「……何なのよあなた」


 アーウィルはフテラの鋭い視線を受け、思わず目を逸らす。


「私だって解ってるわよ。蒼衣騎士の私なんかが、周りが全員銀衣騎士の剣闘祭じゃ手も足も出ないって。でも、それでも私は諦める訳にはいかない、やれる事をやれる限りやるしかないって気付いたからこうやって足掻いてるんじゃない!」


 薄っすらと涙を浮かべながら悲痛に叫ぶフテラを見て、アーウィルは取り繕うように必死に頭を振った。


「ち、違うよフテラちゃん。“こんな事続けてても”って言ったんだよ」


「……どういう事?」


 意味深なアーウィルの言葉に、首を傾げるフテラ。するとアーウィルは意外にも諭すかのような口調で尋ねる。


「蒼衣騎士が銀衣騎士……つまり覚醒騎士に劣る部分って何だと思う?」


「劣る部分なんて全部でしょ。身体能力、反応速度、空間把握能力、先読み能力、感情受信能力、何もかもよ」


「確かにフテラちゃんの言う通りあらゆる点で銀衣騎士は蒼衣騎士の上位互換だよ。でも銀衣騎士に覚醒したからって変わらないものもある」


「え?」


「それは剣技と操刃技能の二つ、つまりは純粋な技量だよ」


 アーウィルから出された答、フテラはそれに目を丸くして聞き入った。


 そしてその純粋な剣技と操刃技能に関しては、自分が見る限りフテラはこの期生で頭一つ……いや二つは抜けているとアーウィルは言う。


 なら何故生身の戦いは勿論、ソード戦でも銀衣騎士と渡り合えないのか?


 それは一重に反応速度の差である。何故ならいくら剣技や操刃技能が優れていても、相手の攻撃をさばいたり、相手の動きを追いきる為の反応速度が無ければ、それを活かす事が出来ないからであるとアーウィルは続けた。


 それを聞き、何かに気付き感心したかのように、フテラは目を見開いた。


「つまりフテラちゃんがあと一ヵ月でやるべき事は、剣での模擬戦闘でも無ければ操刃技能の練磨でもない。ひたすらに反応速度を向上させる為に全てを費やす事なんだ」


「アーウィル……あんた」


 これまで授業でも一切やる気を見せず、常に気だるそうな様子の劣等生から、まさかの核心をつくアドバイス。フテラはある疑念と共にアーウィルに詰め寄る。


「あ、いや、その、ほら、俺も俺なりに色々考えてみて――」


「そこまでして私との剣の模擬戦闘を避けたかったの?」


「…………」


 期待した反応と違ったのか、アーウィルは目を細め何処か悲し気に口を結んだ。すると、フテラは自身の口元に指を当てながら続ける。


「でも言われてみれば理にかなってるわ、でも反応速度を向上させるって言ってもどうすればいいの?」


「その事なんだけど実は俺、以前訓練をさぼって養成所をこっそり探検してた時にいいものを見つけたんだ」


「あなた何やってるのよ……で、いいものって?」


「うん、ちょっと付いてきて」





 そうして、アーウィルに言われるがままフテラは後を付いていき、夜間で閉鎖されている養成所の中へと侵入し、最奥部へと向かう。


 そしてとある一室の前に立った。


「……ここって」


 そこは、今は閉鎖され使用されていない一室。何に使用されていたのか、また何故今は閉鎖されているのか、騎士候補生の間でも謎多き開かずの部屋であったのだ。


 アーウィルがその扉を押すと、ギシギシと重く鈍い音を立てて扉が開かれた。


「何でかは分からないけど鍵が開いてるみたいなんだ」


「…………」


 二人が部屋に入り、アーウィルが明かりを灯すと部屋の様相が明らかになり、フテラはそれに驚愕を隠せなかった。


 古びた床や壁にこびりついた黒や茶褐色の染み、どこか古びた金属の錆を連想させるような匂いは、時間の経過した血液のものである事を容易に想起させた。そのおどろおどろしい不気味さを構成させているものの一番の要因は、部屋中の四方の壁と天井に固定された数多の弓銃の銃口であった。


「何なの……これ?」


 フテラが口を抑えながら思わず漏らすと、アーウィルが知識を披露する。


 これは数十年前、エリギウス王国で開発された思念操作式飛翔刃(レイヴン)を対策する為に考案された訓練室、通称タルタロス。タルタロスはイェスディラン王国で考案されて騎士の能力向上の一役を担ったものの、多くの死傷者や再起不能者を出した事で次第に訓練方法が見直されて廃れたといういわくつきのものであると。


「タルタロス……確かに座学で少し学んだ事がある。当時まだ思念誘導式の聖霊騎装が普及していなかった時代に考案された苦肉の策だったって話だけど」


 アーウィルとフテラが話す通り、思念操作式飛翔刃(レイヴン)等の全方位攻撃を行う聖霊騎装に対する訓練は、現在は、ある程度普及している思念誘導式聖霊騎装を実際に用いて安全に出来るようになった為、タルタロスは必然的に廃止されていった。


「歴史の保全が名目なのかもしれないけど、この養成所にはその時代の訓練施設がそのまま残ってるんだ、しかもこの装置もまだ使えるみたいだしね」


 そこまで聞き、フテラは勘付いた。


「まさか、私にこれで訓練しろって事?」


「あ、いや、勿論無理強いしてる訳じゃないよ、でも残り一ヵ月で銀衣騎士と渡り合える為の反応速度を手に入れるには、文字通り命を賭けるくらいしないと到底間に合わないと思う」


「あなた、自分は訓練さぼりまくってしかも弱いくせに、他人事だと思って随分と簡単に言ってくれるわね」


「うっ、それは……」


 険しい表情のフテラの指摘に、アーウィルはたじろぐが、フテラはすぐに笑顔を浮かべた。


「ありがとうアーウィル」


「え?」


「覚醒騎士ですら死傷者や再起不能者が続出して廃止された訓練法、つまりこれを乗り越えられれば覚醒騎士とも渡り合えるようになるって事。少しだけ希望が見えて来たわ」


「フテラちゃん」


 アーウィルは、困難を前にしても尚、希望を見出し前に進もうとするフテラを見て、優しく微笑んだ。





 そして早速タルタロスでの訓練を開始する二人。


 部屋の中央、訓練位置に剣を構えて立つフテラに対し、アーウィルは壁の操作盤に指を触れさせ、まずは正面から一発だけ矢を発射させる予告をする。


「それじゃあまずは試しに一発行くよ」


「うん」


 次の瞬間、正面の銃口の内の一つから凄まじい速さの矢が発射され、フテラの顔面の横を掠め、後方の壁に突き刺さる。続いて僅かに遅れて響く音と共に、フテラの髪が風圧で揺れた。


 予想以上の凄まじい矢速に、フテラは生唾を飲み込み、頬に冷汗が滲む。


「おおっ、多分壁に埋め込まれた風の聖霊石の力で矢速が加速されてるのかな、そこそこ速いみたいだね」


 自分にはまるで反応出来ない程速かった矢の速度に、そこまで驚いた様子も無く、軽い口ぶりで感想を述べるアーウィルに突っかかるフテラ。


「そこそこってあなたねえ! とんでもなく速いわよ! こんなのが全方位から一斉に放たれるの? それは覚醒騎士でも死傷者が出る訳よ」


「は、はは、昔の騎士って随分と無茶な事するもんだね」


「昔の騎士って私は今現在進行形でこの無茶苦茶な訓練やってるんだけど!」


「まあさすがに、全方位からの発射に対応するのはまだ無理だから、まずは直線からの矢に対応出来るようになってからが本当の地獄の始まりかな」


 したり顔でもっともらしいことを言うアーウィルに、フテラは思わず呟いた。


「……まるで自分はやってきたみたいな口ぶりだけど」


「で、出来る訳ないだろ、こんなの自分がやってる所想像しただけで吐きそうになってくるよ……うぷっ」


「あなたねえ……でも私はやるわ、例え命を賭けてでも果たさなくちゃならない目的が私にはあるんだから」


 目付きを鋭くさせ、覚悟を決めるフテラを見て、今度は少しだけ哀し気に微笑むアーウィル。


「さあ、まずはあなたが言う通り正面からの矢に対応出来るようにする。どんどん撃って来て」

239話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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