235話 続・意志を継ぐ者達
こうして空賊の殲滅作戦が完了し、オルハディウム鉱石採掘場であるリントロイゲン島は守られた。そして、課せられていた任務を終えたフリューゲル達は、ルメス島への帰路を行く。
「ったくよおデゼル、最初から俺に任せときゃよかったじゃねえか。何もお前が前線で戦う必要なんてねえんだしよ」
以前から、自ら進んで前線で戦おうとするデゼルに対し、小言を漏らすフリューゲル。
『はは、まあ確かにその通りなんだけどさ、今〈寄集の隻翼〉には白刃騎士が居ないし、元白刃騎士の僕がせめて少しでもその役割を担えたらって』
『……自分に出来る事を探さなくてはならないと思う気持ちは解ります。でも、あまり背負い込もうとしないでください。私達には私達の役割というものがあるのですから』
『勿論解ってるよエイラリィ。だから、僕がこうして白刃騎士の真似事をするのは“本物”が帰って来るまで……だよ』
それを聞き、フリューゲルは嘆息しながらそっと目を閉じた。
※
その後、ルメス島へと帰陣する三名。
一本の大きな川が通る小さな浮遊島には、小さな城塞と簡易的な住居、ソードが五騎程格納出来る小規模な格納庫が建てられている。
ツァリス島という本拠地を放棄し、本格的な活動を休止している〈寄集の隻翼〉が、現在メルグレイン王国から与えられている仮の本拠地である。
帰陣と共に、格納庫の天井が開放され、フリューゲルのパンツァーステッチャー、デゼルのベリサルダ、エイラリィのカーテナが着陸し、格納される。
そして、三人がそれぞれのソードから降りると、格納庫には二名の人物が立っていた。
浅黒の肌と、金色のサイドテールが特徴の女性はパルナ=ティトリー。〈寄集の隻翼〉の伝令員である。
赤髪をポニーテールにした女性は、プルーム=クロフォード。〈寄集の隻翼〉の射術騎士にして、エイラリィの双子の姉である。
二人もまた二年の月日で髪が伸び、顔も以前より大人びている。
「皆お疲れ、楽勝だったじゃん」
パルナは、三人の労をねぎらうように声をかけた。しかし対象的に、プルームはどこか不満げに頬を膨らませながらパルナの影に隠れ抗議の意を示していた。
「まだむくれてんのかよプルーム?」
「……だって、今回の空賊掃討作戦、私だけ除け者にされたんだよ」
「仕方ねえだろ、プルームは今日食事当番だったんだからよ」
「それは……そうなんだけど」
「それに騎士として復帰したっつったって、今のお前の戦い方は以前よりは負担がかかるんだ、戦闘を避けられるんなら避けるに越した事はねえだろ」
「……フリュー、心配してくれてるんだ」
どこか照れたように指を絡ませながら呟くプルームに、フリューゲルもまた照れ臭そうに頬を掻きながら返す。
「ん、んなもん当たり前だろ」
「えへへ、仕方ないなあ。じゃあ許してあげようかなあ」
そんな二人のやり取りを、パルナ、デゼル、エイラリィの三人はどこか白けた目で眺めていた。
「あの、あたし達は何を見せられているの?」
「ははは、仲が良いのはいい事だよ」
「とは言えイチャつくなら、他所でやっていただけるとありがたいのですが」
すると、フリューゲルとプルームは三人の言葉で我に返り、狼狽えながら言った。
「ば、馬鹿か! だ、誰がイチャついてんだよ」
「そそ、そうだよ! 頑固抗議する!」
「それを言うなら断固抗議です、無理して難しい言葉を使おうとしないでください姉さん」
「ひいいっ、二重で恥ずかしいよお」
顔を覆いながらしゃがみ込むプルーム。しかし、そんなプルームの様子を見ながら、デゼルもエイラリィもプルームも、そしてフリューゲルもどこか安堵したような優しい微笑みを浮かべていた。
※ ※ ※
一年半前。
〈煉空の粛清〉から半年後。
師匠でもあり、母でもあり、姉でもある翼羽という誰よりも大きな存在を失い、誰よりも塞ぎ込んでしまっていたのはプルームであった。
プルームはあの戦いの後から自分を責め続けた、責め続ける事しか出来なかった。自分がシェール=ガルティを一騎討ちで倒せていれば〈煉空の粛清〉という戦いは起きず、翼羽を失う事も無かった。そしてその後、自分が生き残ってしまったから翼羽が死んだのだとさえ思うようになった。
昏睡状態から目覚めた当初は、無理をして明るく振る舞っていたプルームであったが、現実を受け入れる内に別人のように塞ぎ込み、半年の間は部屋から殆ど出る事も出来ず、誰とも話そうとしなかった。
そして利き腕である右腕に残ってしまった後遺症は、ソードを操刃する上では致命的であり、騎士として復帰するにはあまりにも大きな障壁となる事もその一端を担っていた。
しかしプルームは、とある日の早朝、意を決してカットラスに乗り込み、操刃訓練を行う。
自分の存在理由を確かめたかった。自分も皆のように翼羽に託された存在なのだと信じたかった。
だが、不全麻痺の残る右手では操刃柄による操作が上手く行かず、格納庫から飛び立ったカットラスは無情にも地へと叩き付けられた。いかにソードが半手動半脳波操作機構であるとはいえ、操刃柄を上手く握れない以上は脳波による操作補助も完全に上手くはいかないのだ。
「きゃああっ!」
その衝撃と痛みで気が遠くなりそうなプルームであったが、それ以上に、突き付けられる現実と絶望が己の体を支配し、その場に項垂れ動けなかった。
その時、外側から鎧胸部が開放され、カットラスの操刃室に朝日が差し込んだ。
そしてそこに居たのはフリューゲルであった。フリューゲルは操刃室のプルームに心配そうに声をかける。
「大丈夫かプルーム! お前、一人で何やってんだよ?」
「……フリュー」
途端に涙が出た。自分の不甲斐なさに、自分の惨めさに。
「私ね……怖かった、自分の存在価値を失うのが……希望を捨てなくちゃならなくなるのが……だからずっと閉じこもって、塞ぎ込んで……」
プルームの吐露する想いに、フリューゲルは黙ってただ耳を傾ける。
「でもずっと思ってたんだよ、こんなんじゃ駄目だ、いつまでも後ろを向いてたら駄目だ、翼羽姉に恥じない生き方をしなきゃ駄目なんだって。だから今日、思い切って操刃訓練してみたんだ。でもね、この右手が上手く動かなくて、全然上手く操刃出来なくて……」
言いながら、プルームは絞り出すような悲しい笑顔をフリューゲルに向けた。
「私もうソードを操刃出来ないし、騎士として復帰出来そうにもないみたい。この右手じゃソードの整備だって出来ないし、私馬鹿だからパルナみたいに戦況を把握して皆のサポートだって出来ない」
吐き出してしまえば楽になったかもしれない。しかし、言葉にしてしまえばきっとそれは更に自分を傷付けるかもしれない。そう葛藤しずっと胸に秘め続けた。それが今、堰を切ったように溢れ出て止まらなかった。
「あはは、こんな役立たずの私じゃもうこの騎士団には必要無いよね? あ、じゃあいっそお嫁さんにでもなろうかな。まあ、でもこんな傷痕のある女の子じゃ貰い手なんてある訳ないかあ」
プルームは傷痕の残った自分の胸部を抑えながら偽りの笑顔を造り、先回りするように自分を蔑んだ。それは自我を保つ為の精一杯の虚勢。無意識に自分を守る為のあまりにも脆弱な鎧であった。
一方、エイラリィとデゼルは、フリューゲルとプルームのやり取りを遠巻きに見守っていた。
しかし、エイラリィは姉の悲痛な心の内を聞き、涙を両目に浮かべながらたまらずに駆け寄ろうとした。だがデゼルはそんなエイラリィを制止すると、首を横に振った。
すると、哀しげな瞳で口を噤んでいたフリューゲルは、どこか意を決したように言葉を返す。
「自分の事を否定して、自分を信じられないっつーんなら勝手にすりゃいい」
「……えへへ、フリューは相変わらず手厳しいなあ」
明らかな作り笑いで返すプルームに、フリューゲルは続けた。
「けど、俺はお前を否定しねえし、お前をずっと信じてるからな」
そしてフリューゲルは、想いを伝え続ける。
「ガキの頃からずっと見て来たからよ。お前は誰よりも努力家で、誰よりも一生懸命で、誰よりも仲間想いだった。それにそんなお前が居たから俺も皆も、あの翼羽姉だって最後まで戦い抜けた。希望を失わずに済んだ。お前のように、お前に負けないようにってな」
「私は……フリューが思ってるような立派な人間じゃない、私は希望を失ってないだなんて言えない、失ったものはもう戻らない!」
「確かに失ったものは戻らない、でも失えば新たに得るものだってある。知ってるぜ、お前はきっとそうやって立ち上がるんだろ?」
「……フリュー」
「例えお前が否定しても、俺にとってお前は翼羽姉と同じくらい格好良くて、強くて、凄え奴なんだ。俺はお前の事をずっと信じてる、プルーム=クロフォードは負けない……何てったって俺の憧れだからな」
フリューゲルは優しく微笑みながら言った。嘘偽りの無い素直な気持ちをただ伝えるように、届けるように。それを聞き、プルームは嗚咽しながらフリューゲルに抱き付いた。
「うわああああああっ!」
するとフリューゲルは、照れ臭そうに頬を掻きながら言葉を続ける。
「それとよ……俺は別にそんな傷なんて全然気にしねえし」
「フリュー……そ、それって」
「あ、いや今のはなんつーかその……そのままの意味っつーか」
フリューゲルは顔を真っ赤にさせながら慌てふためいた様子で言った。その様子を見たデゼルとエイラリィは顔を視線を合わせ、安堵したような笑みを浮かべた。
全てが解決した訳ではない、それでも道は何処かへと繋がっている。光の差す何処かへと。
※ ※ ※
「ところでよプルーム、今日は晩飯何作ったんだ?」
「え? シチューだけど」
予想通りの返答ではあったが、フリューゲルは残念だと言わんばかりに肩を落としてみせた。
「……やっぱりか」
それに対し、プルームが頬を膨らませて抗議する。
「仕方ないでしょ、私に料理を教えてくれるって約束してた先生が行方知れずなんだから」
すると、フリューゲルは大きく嘆息しながら天を仰いで呟いた。
「ったくあの野郎、今頃何処で何してやがんだ」
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