233話 空賊
「陛下、大変です!」
「騒々しいぞ、どうしたリーンハルト?」
「いやだって、オルハディウム鉱石の発掘場でもあるリントロイゲン島が、現在空賊の襲撃を受けてるもんですから」
「何だ……空賊か」
襲撃の報告に対し、特に動じる様子もなく泰然としているアルテーリエに、リーンハルトは告げる。
「『何だ』って、オルハディウム鉱石採掘場であるリントロイゲン島は、この国にとっても重要な施設の一つなんですよ陛下!」
ソードの装甲として使用されるオルハディウム合金、その基となるオルハディウム鉱石は、世界最高の硬度を誇る天然の鉱石であり、ソードの製造には無くてはならないものである。
そして当然その採掘場となる島はその国にとって重要施設となる。その為、以前はメルグレイン王国もリントロイゲン島の警護に戦力を大きく裂いていたのだが、現在は最低限の守衛騎士のみによる警護に留まっていた。
とはいえ、幸いこれまではリントロイゲン島への襲撃は無かったのだが、当然それを想定していないアルテーリエでは無かった。
「そんな事は解っている。で、賊の戦力は?」
「ソードが三十騎程です。オルハディウム採掘場の守衛騎士が応戦中ですが苦戦を強いられているようです。でもこの俺がすぐに向かいますんで、大船に乗ったつもりでいてください」
意気揚々とリントロイゲン島に向かおうとするリーンハルトに対し、アルテーリエは小さく首を横に振った。
「いや、その必要は無い」
「へ?」
「リントロイゲン島は“ルメス島”の近くだ。そしてオルハディウム鉱石採掘場に何かあった際は奴らに救援要請が行くように既に約束を取り交わしている、ルメス島に仮拠点を設けさせているのもその為だ」
「……え、でも今ルメス島に居る騎士って確か四人くらいなんじゃ」
「ふん、十分すぎるくらいだ」
するとアルテーリエは、口の端を上げながら力強く言い放った。
※
メルグレイン群島、藐の空域、リントロイゲン島。
突如襲い掛かって来た空賊の集団は、その殆どが元エリギウス帝国出身の銀衣騎士で構成されていた。
エリギウス帝国を離反したという点では同じだが、気高き信念の元帝国と敵対する事を選んだ〈亡国の咆哮〉とは違い、空賊は略奪と暴虐を愉悦とし、私欲の為だけに動く。
そして抑止力を失ったメルグレイン王国とレファノス王国の島々を標的とし、細々と略奪行為を続けていた空賊であったが、この日重要施設であるリントロイゲン島を襲撃するという大胆な行動に出た。
これまでメルグレイン王国が本格的な空賊討伐に腰を上げなかった事、リントロイゲン島の警護に当たる騎士がごく僅かであることから戦力回復が間に合っていないと読んだ事、オルハディウム鉱石が非常に高値で取引される事、盗品やジャンク品を組み合わせて造ったソードが三十振りに達した事等が空賊達にこの日の襲撃を決意させたのだ。
「ハアッ、ハアッ、耐えろ! 増援が来るまで堪えるんだ!」
空賊の襲撃を受け、採掘場を警護していた守衛騎士隊長は、作業員達を島から退避させた後、空賊達の駆るソードに応戦をした。
守衛騎士達の戦力はパンツァーステッチャーが十五騎。対し空賊達が駆るソードは風の聖霊石を核とするカットラスをベースにした改造騎が三十騎。守衛騎士達は、作業員達の退避と護衛を優先した事、そして騎体の属性相性的に不利である事から、苦戦を強いられていた。
敵は賊とはいえ、殆どが元正規の騎士から構成されており、数も属性相性も劣る守衛騎士達のパンツァーステッチャ―は悉く半壊状態に陥り、このままでは全滅するのは火を見るよりも明らかであった。
一方、空賊達が駆るとある一騎のカットラスの操刃室では、無精髭を生やした赤い髪の小太りの男が、目の前の圧倒的優勢に、にちゃりと音を立てて下品な笑みを浮かべてみせた。その小太りの男こそ、この空賊の頭領であった。
「よえーよえー、〈因果の鮮血〉なんて大層な名前掲げてもメルグレインの田舎騎士なんて所詮こんなもんか」
直後、空賊の頭領は、推進刃を損傷し地に伏せる数騎のパンツァーステッチャーに視線を向けると、腰の鞘から刃力剣を抜き、カットラスを突撃させた。
「とっとと死ねええっ!」
『うわああああっ!』
しかし次の瞬間、空賊の頭領の斬撃はとあるものに遮られた。
「何!」
空賊の頭領のカットラスの斬撃を防いだのは一騎のソード。黄土色を基調とするその重装甲のソードは、両手に巨大な盾を装備しており、両手の盾を掲げた状態で黄色い半透明の球体――耐実体結界に身を包み、カットラスの一撃を防いでいた。
更に、そのソードは右の盾による殴打で、空賊の頭領のカットラスを弾き飛ばした。
「ぐあああああっ!」
激しい衝撃で思わず目を瞑る空賊の頭領。しかしすぐに視線を元に戻す。
すると黄土色を基調とする重装甲のソードの後ろには、更にもう一騎、蒼を基調とした神官を思わせる細身のソードが立っていた。
「ぞ、増援だと! しかもあの二騎の騎装衣は金色……聖衣騎士だ!」
目の前に現れた二騎のソードの騎装衣の色から、それを操刃する騎士が聖衣騎士である事に空賊の頭領は激しい動揺を見せた。
増援としてリントロイゲン島に登場した二騎のソードは、宝剣ベリサルダと宝剣カーテナ。〈寄集の隻翼〉の支援騎士、デゼル=コクスィネルとエイラリィ=クロフォードの愛刀であった。
ベリサルダを操刃するデゼルは、二年前に比べ背が高くなり、幼さの残っていた顔も精悍になり栗色の髪も少し伸びていた。すると、デゼルが空賊の頭領に言う。
「一度だけ警告する。これ以上戦闘行為を続けるなら容赦はできない」
するとカーテナを操刃するエイラリィがデゼルに苦言を呈する。
「無駄ですよデゼル、そんな忠告を聞くような連中なら始めから略奪行為なんてしてません」
また、エイラリィの肩までかかっていたウェーブがかった赤髪は背中の辺りまで伸びており、二年の月日の成長を垣間見せる。
『そ、それはそうだけど一応さ』
直後、二人のやり取りを聞いていた空賊の頭領が歯噛みしながら返す。
『笑わせんなよ、聖衣騎士とはいえどう見ても支援騎士用のソードが二騎。その程度の増援でこの戦力差が覆るわきゃねえ』
すると、戦闘継続の意思を示す空賊の頭領の言葉を聞き、エイラリィは嘆息しながら、カーテナの両手を広げた。
「そうですか、ならこちらも抵抗するしかありませんね」
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