232話 二年の時を経て
場面はレファノス群島、翡翠の空域、王都セリアスベル島の王城格納庫。
広大な格納庫の中には、とあるソードが百振り以上壮観に立ち並び、それを見上げる二人の人物が居た。
とあるソードとは、真紅を基調とし、レファノス群島産である事を示す馬の尾のような羽根を兜飾りとして後頭部に着け、炎の揺らめきの如き波打った刀身の推進刃を背部に四本備えていた。そのソードの名はフランヴェルジュ。〈煉空の粛清〉から二年の間に、レファノス王国で開発、製造された新型量産剣であった。
そして、それを見上げている二人の人物とは、レファノス王国国王にして、レファノス・メルグレイン王国連合騎士団〈因果の鮮血〉団長ルキゥール=ルノス=レファノスと、〈寄集の隻翼〉鍛治の翅音であった。
翅音は、一仕事終えたと言わんばかりに、咥えていた煙草を深く吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「ふぃー、これでようやく、新型量産剣のフランヴェルジュ百五十振りと、量産剣マインゴーシュ百五十振り。想定していた数の完成にこぎ着けたな」
そんな翅音に対し、ルキゥールは深く礼をしながら返す。
「恩に着ます翅音先生。〈因果の鮮血〉の主力となるフランヴェルジュの設計、開発、製造。そしてマインゴーシュ増産の指揮……長い期間、このレファノスで尽力していただき感謝してもしきれません」
「なあに礼には及ばねえよルキ。対価として俺は、レファノスに全面的に支援してもらいながらあの宝剣を手掛けさせてもらったんだ」
翅音は格納庫の奥に潜む一振りのソードに視線を向けながら返した。そんな翅音に対し、ルキゥールは怪訝そうにそのソードへと視線を向ける。
「翅音先生が会心の一振りだと言うあの宝剣……やっぱりあいつの為に?」
「はっ、馬鹿言うな。別にそんなんじゃねえよ」
ルキゥールの問いに、翅音は溜め息交じりに煙草を吹かして返した。
「俺はただ、ランスの野郎を越えてやりてえっていう意地っつうか、まあ趣味みてえなもんだよこれは」
「そう……ですか」
「んな事よりルキ、おめえの方は騎士の育成は上手く行ってんだろうな? いくらソードが揃ってもそれを操刃する騎士がいねえんじゃ話になんねーんだからな」
「はい、この王都セリアスベル島に存在する王立の騎士養成所からこの二年間で既に二百名程の正規の騎士が誕生してます。戦力の増強は滞り無く進んでますんで」
「そうか……んじゃあ後はメルグレインの方だが、ソードの方は俺の優秀な弟子が担当してるから問題無いとして、騎士の育成はどうなんだ?」
「そっちの方も順調のようです。まあアルテーリエ殿は俺よりもずっと、優秀な国家元首ですから」
時を同じくして、メルグレイン群島、黝簾の空域、王都リンベルン島の王城格納庫。
メルグレイン王国国王にして〈因果の鮮血〉副団長アルテーリエ=ベルク=メルグレインは、そこに立ち並ぶ百振り以上の真紅のソードを見上げながら、口の端を上げていた。
そのソードは、フランヴェルジュとほぼ同じ外観であるものの兜飾りと刃力核直結式聖霊騎装の形状が異なり、兜飾りはメルグレイン群島産である事を示す一角馬のような一本角を額に着け、炎の揺らめきの如き波打った細見の推進刃を、背部に四本備えていた。
そのソードの名はフランベルク。フランヴェルジュと同じく翅音が設計し、レファノスとメルグレイン王国が共同開発した新型量産剣であった。
するとアルテーリエは、背後に立つ〈寄集の隻翼〉の狙撃騎士、カナフに向けて言う。
「新型量産剣フランベルク百五十振りと、元々の主力量産剣であるパンツァーステッチャー百五十振りが揃った。更には〈因果の鮮血〉を担う銀衣騎士も新たに二百名、メルグレインの王立騎士養成所から誕生し、戦力の増強は正に盤石の態勢だ」
「はい、それにこれまでメルグレイン王国側の主力量産剣は雷属性のパンツァーステッチャーのみでした。炎属性であるこのフランベルクが主力量産剣として加われば、これからの戦いでかなりの強みになる事は間違いありません」
すると、アルテーリエはカナフの方に振り返り、頭を下げる。
「レファノスでは翅音殿が、このメルグレインではカナフ殿が、それぞれ長い間尽力してくれたお蔭で〈因果の鮮血〉はここまで持ち直す事が出来た。礼を言わせてもらう」
「頭を上げてください陛下、それに御礼を言わなければならないのはこちらの方です」
深く感謝の意を述べるアルテーリエに対して、今度はカナフが謝意を示した。
「二年前のあの戦いの後、我々を受け入れてくれ、今日までメルグレイン群島の島に住まわせていただき感謝してもし尽くせません」
〈煉空の粛清〉の後、〈寄集の隻翼〉は本拠地であるツァリス島を一旦放棄する事となった……そうせざるを得なかったからだ。
何故なら、〈寄集の隻翼〉は団長である翼羽が死に、重症を負ったプルームが暫く復帰困難となり、ソラとシーベットが去った。それは大幅な戦力低下を意味し、実質的に騎士団としての活動休止を余儀なくされたその状態で、既に位置の割れた隠れ孤島であるツァリス島に留まる事は、かなりの危険を伴うからである。
その為、アルテーリエからの提案で、メルグレイン群島に存在する島の一つに仮の拠点を設け、〈寄集の隻翼〉の騎士団員達はそこへ移り住む事となったのだった。
「いや、そのくらい当然の事だ、お前達は――」
直後、アルテーリエは一瞬俯き物悲しげな表情を浮かべると、すぐに顔を上げ、笑みを浮かべて続けた。
「――翼羽ちゃんの意思を継ぐ者達なのだからな」
対し、カナフもまた小さな笑みを返した。するとアルテーリエは突然神妙な面持ちになり言う。
この二年で〈因果の鮮血〉は力を取り戻した。そして停滞を見せていたエリギウス帝国は敵対する〈亡国の咆哮〉をほぼ壊滅寸前にまで追いやった。恐らく再びエリギウス帝国と刃を交える事になる日も近いだろうと。
「奴らが動く前に、こちらから打って出る事も考えねばならん。しかし……それにはお前達〈寄集の隻翼〉の力が必要不可欠だ」
アルテーリエの言葉に、カナフはしばし押し黙った。そしてゆっくりと口を開く。
「我々もその準備は進めているつもりです。プルームも騎士として復帰を果たし、皆それなりに成長もした。しかし、白刃騎士が一人もいない今の〈寄集の隻翼〉では騎士団としての本格的な活動再開ま未だ厳しいでしょう」
それを聞き、アルテーリエが溜め息の後に尋ねる。
「……あいつの居所は、まだ分からずじまいなのか?」
「はい、残念ながら」
その時だった。
突如、アルテーリエの近衛騎士であるリーンハルト=フェルザーが格納庫の扉を開け入って来た。鬼気迫るようなその表情に、アルテーリエの脳裏に嫌な予感が過る。
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