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230話 抗う者の新たな旅路

 ツァリス島の最果ての丘。


 そこは数日前に翼羽の空葬を行った場所である。

空葬にはルキゥールとアルテーリエも駆け付け悲しみに暮れた。特にアルテーリエは、半狂乱になって泣き崩れていた。


 〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉の団員達もまた、失ったもののあまりの大きさに、誰もが喪失感に襲われ、誰もが涙を流し続けた。


 しかし、その場にシーベットとシバの姿は無かった。あの戦いの後、シーベットとシバは姿を消し、ツァリス島へは戻らなかったからだ。


 そして今、その場所に、何処までも続く空を見つめ続けるソラの姿が在った。いつからこうしていただろう、ソラはこのツァリス島に辿り着いてから、〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉に入団してからの事を振り返る。


 そして翼羽の顔を思い浮かべ、翼羽から教わった事を思い浮かべ、翼羽の最期の言葉を思い浮かべた。


 直後、ソラは何かを決意したように目付きを鋭くさせると、両の拳を握り締めた。



 その日の深夜。


 月も無く、ただ静寂な闇に包まれる格納庫にソラの姿は在った。


 薄暗く、誰も居ない筈の格納庫を歩き、叢雲の元へと進もうとするソラ。するとソラは不意に歩みを止めた。


 神妙な面持ちで叢雲の元に進もうとするソラの前に、翅音(しおん)が立っていたからだ。


 翅音(しおん)もまた神妙な面持ちで、ソラに問う。


「こんな夜中にこそこそと、叢雲に何か用か?」


 すると、目を反らす事無く翅音(しおん)に言うソラ。


「そこをどいてくれ、翅音(しおん)さん」


「答えろ、何処に行くつもりだソラ? まさかエリギウスに一人で乗り込むって訳でもねえだろう」


「宛ならある……俺はそこでやらなきゃならない事があるんだ」


 すると、翅音(しおん)は腰の鞘から剣を抜き、逆手持ちにして構えを取る。


「お前がしようとしている事は大体想像が付く、なら行かせる訳にはいかねえな。おめえがむざむざ死地に向かおうとするのを黙って見てたら、俺が翼羽にどやされちまう。あいつは色んなものを必死に守ろうとしたんだ、それを無駄にしたくはねえ」


 すると、ソラもまた腰の鞘から剣を抜き、正眼に構えを取り言い放つ。


「俺も同じだ。あの人はオルスティアの未来を守ろうと必死に戦った。それを無駄になんて俺が絶対にさせない」


「見解の相違ってやつだな」


 次の瞬間、ソラはゆっくりと閉じた目を開眼させた。その瞳孔が縦に割れると、竜の如き金色の瞳が闇夜に妖しく輝いた。


「そうか、なら力尽くでどかすまでだ」


 ツァリス島の格納庫。ソラと翅音(しおん)の意地と意地、剣と剣が激突し、誰も知らない激闘が開始された。





 場面はとある空間。


 そこはどこまでも続くように広大で、白く何も無い場所。


 そしてエルの目の前には黒紫(こくし)髪の少女が立っていた。それはエルにとってはいつも通りの光景である。


 少女に使命を与えられ、それをこなす日々。しかしエルは今回私情に駆られ、与えられた使命を初めて放棄した。


 事態がどう転ぶかはエルにとっても読めなかった。エルは心臓の鼓動を速めながら少女の言葉を待つ。


「やあオルタナ=ティーバ。今回の任務の失敗は残念に思うよ」


 すると、黒紫(こくし)髪の少女が何事もなかったかのように、そしてこれまでと同じようにエルに言う。


「でも心配しなくていい、君にはすぐに次の使命を与える。それを果たすことが出来たなら、君の望みはきっと叶う筈だから」


 それを聞き、エルは深く目を瞑り、一人決意を固めるのだった。


 ――待っていてくれソラ、私は君に必ず竜祖の血晶を残してみせる。





 ツァリス島本拠地格納庫。


 その石床には、激闘を終え、仰向けに力無く横たわりながら煙草を蒸かす翅音(しおん)の姿があった。


「ったくあの馬鹿、老人はもっと労わりやがれ罰当たりが」



 光の無い闇夜の空には、叢雲が飛翔していた。


「ハアッハアッハアッ」


 そしてその操刃室には、翅音(しおん)との激闘により、体中から血を流し、満身創痍の状態で操刃柄(そうじんづか)を握るソラの姿が在った。


「え……これって」


 するとソラは、晶板の操作で武装の確認をした事で気付く、本来羽刀型刃力剣(スサノオ)しか装備していない叢雲に、カレトヴルッフが装備していた聖霊騎装がいくつか装備されている事に。


 刃力弓(クスィフ・ドライヴアロー)、予備のものであろう空間浮遊式刃力跳弾鏡(ヤタノカガミ)。いずれも叢雲に付いている筈の無い聖霊騎装だ。


 それに気付いたソラは、操刃柄(そうじんづか)を握り締めながら、零れそうな涙を必死に堪えた。


「ありがとう……翅音(しおん)さん」





 エリギウス大陸、天藍(てんらん)の空域、帝都ディオローン。


 オルスティア唯一の大陸、そこに在る帝都は世界最大規模の大都市であり、石畳で舗装された道が放射状に張り巡らされ、無数の石造りの絢爛な建築物や、他国のものよりも比較的大きな民家が建ち並び、数多の人々が行き交っていた。また、帝都の最果てには、世界の何処からも見渡せるほど巨大な、世界樹と呼ばれる大木がそびえ立つ。


 そして帝都の中央には、一つの島がすっぽりと入る程の広大な敷地があり、更にその中央には石造りの巨大な王城がそびえ立っていた。


 その王城に併設された巨大な格納庫の最奥に、一騎のソードが立つ。


 白を基調としたカラーリングに、銀色と金色の紋様、運動性と耐久力を両立させた鎧装甲、剣の刀身を模した推進翼である推進刃が六本、エリギウス大陸産のソードの特徴である剣の兜飾り(クレスト)を額に着けた騎体。雄々しく神々しい姿を持つそのソードは、光の神剣エクスカリバーである。


 そして静寂な間で、エリギウス帝国皇帝アークトゥルスにして元竜殲の七騎士アーサーの愛刀であるエクスカリバーを見つめながら何かを見据えるのは、レオ=アークライトであった。


 そんなレオの背後から、エリィが現れると、レオは彼女に背を向けたまま声をかける。


「どうやら、分岐点は君が想定した方に向かったらしい」


「……ええ」


「でもそれでいい。あの子は、君にとって特別な存在なんだろ?」


「確かに……そう……かもしれない」


 エリィは、レオの問いに、少しだけ目を伏せて答えた。


「でも、どの道結末は変わらない、決められた未来に私達は突き進むだけなのだから」


「ああ、そうだね」


 するとレオはおもむろに振り返り、エリィの目を見つめる。


「一緒に帰ろうエリィ、俺達の故郷へ……ソウレイが愛したラドウィードの大地へ」


 そして、そう言ったレオの眼差しは、どこか慈愛に満ちていた。





 〈煉空(れんくう)の粛清〉から十日後。


 (しろ)の空域の雲海の中、〈亡国の咆哮〉の本拠地の一つである、隠れ島の城塞にて、団長のウル=グランバーグが憤り、荒れていた。


「ったく情けねえ、制圧した三空域はあっという間に奪い返されるわ、今回の奇襲戦でも〈風導(かざしるべ)(たてがみ)〉の雑兵共に撃退されるわで、敵だってこないだの決戦で消耗してんだぞ!」 


 そんなウルの小言を一身に受けるのは、猛禽類のような鋭く黒い爪というタリエラの民の特徴を持ちながら、薄紅色の髪というどの人種にも当てはまらない髪色を持つ“異形種”と呼ばれる少女。背が低く、眼鏡をかけたその少女の名はアレッタ=ラパーチェ。〈亡国の咆哮〉の副団長であった。


 すると、アレッタは口を尖らせて小さな声で反論する。


「そんな事言われても多勢に無勢ですよお、それに三空域の本拠地には壊滅的被害を与えたんだから上出来だと思いますよ……っていうか文句があるんならウル団長が戦ってくれればいいのに」


「んだとてめえ!?」


「ひいっ、急に怒鳴らないでくださいよお!」


 ウルに凄まれ、両手で耳を塞ぎながら固く目を瞑り身構えるアレッタ。


「ったくいつも言ってんだろ、あたしが万が一討ち取られたら〈亡国の咆哮〉は終わりだ。だから軽々しく出しゃばる訳にはいかねえんだ。本当は真っ先に出てって、エリギウスの奴らをぶち殺してえってあたしが誰よりも思ってんだからよ」


「……ごめんなさい」


 しゅんとするアレッタを見て、ウルは少しだけばつが悪そうに後頭部を掻くと、話題を変える。


「そういやアレッタ、今回の奇襲戦……失敗したとはいえ、よく被害を抑えられたな、誰も死ななかったんだろ?」


「えっへん」


「少しは謙遜しろ!」


 両腰に手を当て、胸を張るアレッタにウルはチクリと刺した。


「あ、でも、実は途中で助太刀してくれた人がいたんですよ、皆が無事だったのはその人のおかげなんです」


「あ? 助太刀だあ? そんな話聞いてねえぞ、どこのどいつだそりゃ?」


「〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉って騎士団の騎士さんです、その人が突然現れて殿(しんがり)を務めてくれて、助けられました」


 それを聞き、ウルが顔色を変え前のめりになる。


「〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉っていや、ここ最近随分と活躍してやがったあの新設騎士団か? こないだの決戦で壊滅寸前とか何とか聞いたが」


「その人がウル団長に会いたいって言ってましたよ」


「あん? そりゃ無理な話だな。あたしの居所を突き止める為の、エリギウスの奴らの罠かもしんねえだろ」


「あ、でももう連れてきちゃいましたけど」


「連れて来たのかよ!」


 アレッタの突拍子も無い行動に思わずツッコむウル。


「ったく」


 するとウルは後頭部を掻きながら嘆息する。直後、ウルの額に剣の紋章が輝いた。


「まあいい、あたしに欺きは通用しねえからな、敵ならこの場で即ぶち殺す。ただそれだけだ」


 すると、部屋の扉が開かれ、一人の黒髪金眼の少年が入って来る。


「よお、てめえが〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉っつう騎士団の騎士か……助太刀は感謝するが、あたしに何の用だ?」


 黒髪金眼の少年は、少しだけ口を噤んだ後、淀みの無い声と真っ直ぐな視線で返す。


「……俺を、この〈亡国の咆哮〉に入団させてほしい」


「どういう風の吹き回しだ? ……まあいい、とりあえずお前の名を教えろ」


ウルに名を尋ねられ、黒髪金眼の少年がゆっくりと名乗る。


「ソラ……ソラ=レイウィング」



そして物語の舞台は、二年後へと移る。



       第一部、第六章完。

       第二部、第七章へと続く。


ここまで読んでくれた方、本当に本当にありがとうございます。これにて第一部が完となり、次章から二年後の第二部に物語の舞台は移ります。


もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら


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