229話 失ったもの
ツァリス島本拠地、騎士宿舎の一室。
ベッドの上に横たわるプルームの頬に、一筋の涙が流れた。
「翼羽……姉」
※
島の中央、大桜の下で、力無く横たわる翼羽を抱きかかえながら、ソラは両目一杯に涙を溢れさせながら声をかける。
「はは、おーい団長、またさっきのやり取り繰り返す気? もういいって、もうすぐ皆が帰ってくるからさ、さっさと目を開けてくれよ」
そして、ソラは何も言わなくなった翼羽を抱きしめ、悲痛な声を震わせた。
「翼羽……団長」
大桜の枝の間から差し込む光と、ふと吹いた暖かな風に舞う桜の花びらが、ソラと翼羽をいつまでも包み込んでいた。
※
連合騎士師団との決戦〈煉空の粛清〉。連合騎士師団陣営を何とか退けた〈因果の鮮血〉陣営であったが、壊滅的被害を受け、吹けば消えそうな程の消耗を強いられた。
〈寄集の隻翼〉もまた、団長である鳳龍院 翼羽の死と、騎体の殆どが甚大な損傷を受けた事で、長い活動休止を余儀なくされた。
しかしエリギウス帝国側も、総団長として連合騎士師団を先導していた第三騎士師団〈裂砂の爪〉師団長シェール=ガルティの討死、第五騎士師団〈祇宝の玉〉師団長クラム=ソールズベリーの討死、総力決戦による他三騎士師団の戦力消耗等、大きな代償を支払う事となる。
そして五つの騎士師団が本国を空けた事を好機と捉えた反乱軍連合騎士団〈亡国の咆哮〉が各空域へ進攻し、進攻を受けた空域の本拠地は甚大な被害を受けた。
その後、エリギウス帝国側は〈亡国の咆哮〉を退けたとはいえ、それを機に内乱は激化し、エリギウス帝国側はその制圧に追われ、この統一戦役は再び冷戦状態となった。
また、今回の連合騎士団結成による相互不介入条約の破棄、進攻の失敗、三つの空域本拠地の壊滅的被害、それらの責任を取らされ、〈風導の鬣〉〈穿拷の刺〉〈操雷の髭〉の三騎士師団長は、序列の降格を受けた。そして、エリギウス帝国直属第十二騎士師団は、現在五つの騎士師団が空席となり、残り七つ。組織の再構築に尽力せざるを得なくなった。
それにより、〈因果の鮮血〉を結成させるレファノス王国とメルグレイン王国、そして〈寄集の隻翼〉は首の皮一枚の所で生き延びたのだった。
※
決戦から一週間後。
〈寄集の隻翼〉の騎士団員達は、各々が、各々の想いを抱き、時を過ごしていた。
翅音とカナフは、決戦で損傷したソードの修復作業と整備に従事する。特に変わった様子は無く、準人型汎用作業器ニードルを操縦しながら黙々と作業を続けていた。
甚大な損傷を受けたアロンダイトと、完全に大破したカレトヴルッフを除いて、残っているソードはある程度の整備と修復の見通しが付き始める。
すると、翅音はふと操刃者の居なくなった叢雲の整備と修復を始めた。
「翅音さん?」
そんな翅音を見て、カナフはその行動を不思議に思い名を呼んだ。
「ん? ああ、悪い。どうしてもこいつをこのままにしておけなくてな」
「……そうですか」
「カナフは他のソードの整備を進めといてくれ、これは俺の意地っつうか、独りよがりっつうか、うまく言えねえけどよ、そういうやつだからよ」
「はい」
カナフは翅音の頼みに応じると、その場を離れた。
直後、翅音は両目から涙を零しながら天を仰いだ。
「……翼羽」
カナフはそんな翅音の背中に少しだけ哀しい視線を向けた後、何事も無かったかのように自分のやるべき作業へと戻る。
島の中央。
花が散り、葉桜になりかけた大桜を、パルナはふと見上げていた。
そしてゆっくりと視線を下げると、パルナはそこに、笑顔で幹に寄り掛かる翼羽の幻影を見る。
幻影はすぐに消え、少しだけ吹いた強い風が、枝と葉を揺らし心地の良い音色を奏でた。
両目はすぐに涙で満たされ、パルナはしゃがみ込みながら嗚咽した。
「……翼羽姉」
翼獣舎の中。
そこには飼葉を均したり、掃除をするなどして、黙々と作業をするデゼルとフリューゲル、二人の姿が在った。
デゼルは飼葉を均すフリューゲルに、ふと声をかける。
「フリューがこの子達の世話を手伝ってくれるなんて珍しいね」
すると、フリューゲルは作業の手を止め、一拍置いてから返す。
「……まあ、何かしてねえと居ても立っても居られなくてよ」
「…………」
フリューゲルは俯き、デゼルに背を向けて呟いた。
「……また、大切な人を失っちまった」
「……フリュー」
「よええな、俺達は」
「……うん」
デゼルもまた、フリューゲルに背を向け静かに頷いた。
すると、フリューゲルは何かを決意したように顔を上げ、力強く言い放つ。
「翼羽姉が残してくれたものを無駄にしたくない、絶対にこんな所で終われねえ、終われるかよ」
「うん」
そんなフリューゲルに呼応するように、デゼルも背を向けたまま顔を上げ、力強く頷いた。
騎士宿舎の一室。
ベッドの上で体を起こして座りながら、心地いい春風でカーテンが揺れる窓の外を、プルームは眺めていた。
その傍らに座るエイラリィが、そんなプルームに心配そうに声をかける。
「姉さん、寝ていなくて大丈夫?」
「えへへ、心配してくれてありがとうエイラ。でももう平気だよ」
「……そう」
翼羽が死んだ日、プルームは奇跡的に意識を取り戻した。しかし、その体にはシェールとの戦いで負った痛々しい傷や火傷の痕が刻まれていたのだった。そして、利き手である右腕には後遺症を残していた。
だが、辛い素振りを全く見せず、明るく、いつも通り振る舞うプルームを見て、エイラリィは悲痛な様子で目を伏せた。
するとプルームが思い出したように、エイラリィに言う。
「あ、そうだエイラ、後でソラ君にお礼言っておいて、バウムトルテってケーキとっても美味しかったよって」
「うん」
プルームが少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、再度エイラリィの名を呼ぶ。
「ねえエイラ」
「なに?」
「私が今こうして生きてるのはね、勿論エイラが居てくれたからなんだよ。それは間違いない」
「急にどうしたの姉さん?」
「……でもね、寒くて、怖くて、不安で、ずっと暗闇の中で震えていたあの時、翼羽姉が来てくれたんだ」
「……姉さん」
「なのに……もうこの世界の何処にも翼羽姉がいないんだよ? 私が生きて、何で翼羽姉が居なくなっちゃったの?」
意識を取り戻してからずっと気丈に振る舞って来たプルームが、堰を切ったように、どこか自責の念にかられるように、涙を溢れさせ号泣した。
「うわああああああ」
そして、プルームとエイラリィは二人抱き合いながら、涙を流し続けた。
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