228話 君と出会えたこの空
それから……場面はツァリス島。そこは満開に咲き誇る大桜の木の下だった。
シェールを討ち取ったソラは、すぐに翼羽の元へと向かい、叢雲の操刃室の中から翼羽を抱きかかえて降ろすと、力無く目を瞑る翼羽に、悲痛な叫びを上げる。浅くなっていく呼吸、冷たくなっていく手、ソラは、翼羽が〈裂砂の爪〉との戦いで全てを使い果たしたのだという事を理解した。
「団長、団長、翼羽団長!」
すると、ゆっくりと目を開けながら、翼羽が返す。
「君が珍しく……騒がしいね……でも……耳元で……怒鳴らない……でよね」
「な、何だよ全く、紛らわしいなあ」
もう言葉を交わす事は叶わないと、そんな予感がしてしまったソラは、憎まれ口を叩く翼羽を見てホッと胸を撫で下ろした。しかし、その口調はいつものそれではなく、ソラは何処か不安を覚える。
そんなソラに、翼羽は言う。
「君に……渡したい……ものが……あるんだ」
「渡したいもの?」
「本当は……この叢雲を……渡したい……ところなんだけど……君の守護聖霊……じゃ……叢雲を……上手く扱え……ないから……これを」
そう言いながら、腰に携えた羽刀と、髪に着けていた髪飾りを外し差し出す翼羽。
「これは羽刀と……髪飾り?」
「そっ……この羽刀は……私の父様の……髪飾りは……母様の形見……なんだ」
「団長……羽刀はともかくとして、この髪飾り俺に付けろって事?」
「なわけないでしょ! ……まったく……君はいつも……とぼけた事……ばっかりだなあ……まっそこが……いいんだけどね」
思わずツッコみながらも、翼羽はすぐに穏やかで優しい笑顔を浮かべた。
「ていうか何だよこれ? 突然そんな大事なもの渡そうとしてきたりしてさ、唐突っていうか縁起でもないっていうか、後で返せとか言われても――」
すると、ソラの言葉を遮るように翼羽は伝える。
「その髪飾りは、君の一番大事な人に渡してほしい」
「……でも……俺は……」
翼羽の願いに、ソラは俯きながら言い淀む。そんなソラに、翼羽は喝を入れるかのように言った。
「あーもう! いいから四の五の言わずエルを引きずってでもここに連れて来い! それが君の戦う理由の原点でしょ?」
「……団長」
「約束……したからね」
※ ※ ※
私は何でオルスティアの為に戦い抜いてきたんだろう? オルスティアで生まれた訳でもない、オルスティアに未練があるわけでもない。
そしてシェールが言うとおり、この場所を守り通すと決めながらメルグレインもレファノスも守ろうとした。
結局私は……何を守りたかったんだろう?
……そんなの今更自分に問うまでもない……私はあの子達が生きる空を、ただ守りたかったんだ。あの子達と出会えたこの空が、私はただ好きになっていたから。
私にとってオルスティアは特別な場所なんかじゃなかった。神鷹を殺せるなら生きる場所なんて何処だって良かったからだ。
なのに、いつの間にかこの空が私の居場所になっていた。この場所が大切なものになっていた。
……あの子達が必死で守ろうとするこの空が。
そして、誰かの為に真っ直ぐに戦おうとするあの子達が、暗くて何も見えない筈の私の道を照らしてくれたんだ。
感情的で無鉄砲で、無謀で一心不乱で、寄せ集めの問題児ばっかりだったけど、あの子達を見ていると自分を少しだけ誇らしく思えるようになった。空っぽになった筈の心が暖かさで満たされていった。
そしてあの子達の為になら、誰よりも弱かった筈の私が、零のように戦う事さえ出来た。
私はそれが、何よりも嬉しかった。
あの子達に会えて……よかった。
※ ※ ※
どこまでも晴れ渡り、どこまで澄み切った空、丘の上の大桜の木の下。
黒髪の少女がふと顔を上げると、桜の木の下に立つ黒髪の少年を見付け、思わず走り寄る。
「……零!」
すると、黒髪の少年は優しい眼差しを黒髪の少女へと向けた。
「私ね、零に話したい事がたくさんあるんだよ!」
そんな少年に、少女は語りかける。
「あれからどれくらいの時を歩いて来たんだろう? 少しだけ疲れた……意味なんてあったのかな? わからない、答はきっと出ない。でもね零、私……誰かの為に戦えたよ、そして誰かが私の為に戦おうとしてくれたんだよ」
そして少女は、少しだけ嬉しそうに続けた。
「だから少しだけ思うんだ、きっと私は何かを残す事が出来たんだって……零が私にそうしてくれたように」
すると少女は、意を決したように少年に問う。
「零、私今なら君と並んで歩けるのかな?」
零は、優しい笑顔を浮かべ翼羽をそっと抱きしめた。そして翼羽は涙を溢れさせ、零を抱きしめる。
風に舞う淡紅色の花びらが、二人を優しく包み込んでいた。
※ ※ ※
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