227話 雌雄決する時
「あはあ、デジャヴだね。やっぱり君ならそう来るよねヨクハ」
しかし、それはシェールにとって想定の範囲内の動き。先程翼羽との戦いの時に見たものと、全く同じ光景、展開であったのだ。
「これで擂り潰れろおおおっ!」
恍惚に塗れ破顔するシェールは、閃光が如く飛翔するカレトヴルッフに向けて、迎撃の横薙ぎを繰り出した。
風を切り裂き、音すらも越え、全てを絶って来た渾身の斬撃が――カレトヴルッフの腹部に直撃する。
その斬撃を叩き込まれたカレトヴルッフは、その勢いで吹き飛ばされ、再びツァリス島の地へと激突。騎装衣が消失し、双眸の光も消え去り、完全に動きを停止させたカレトヴルッフの腹部の動力炉からは幾度となく稲妻が走る。
そして……
※
パルナの戦況報告が〈因果の鮮血〉及び〈寄集の隻翼〉の全騎士に告げられる。
『カレトヴルッフ……大破!』
それを聞いたルキゥール、アルテーリエ、ウィン、カナフ、フリューゲル、デゼル、シーベット全員が、この戦いそのものの敗北を覚悟し、受け入れざるを得なかった。
※
場面は変わりツァリス島。
そこには先程のアパラージタからの一撃を受けて爆散し、炎を噴出させるカレトヴルッフの残骸が在った。
……そしてその横には爆散の寸前で何とか脱出を果たしていたソラの姿も。
竜域は解除され、通常の瞳となったその目で、ソラは一人空を見上げていた。
そこには、騎体を浮遊させながらも完全に動きを停止させ、刃力剣が突き刺さり、鎧胸部と腹部の間を貫かれた状態のアパラージタの姿が在った。
それは、自身の騎体が斬り裂かれる事すら厭わず、ただ真っ直ぐに最速で繰り出したソラのカレトヴルッフからの、渾身の刺突によるものだ。
肉を斬らせて骨を断つ、骨を断たせて命を刈る、正にそれを体現し、シェールの反応、先読み、想定、剣技、全てを凌駕した一撃であった。
『痛い……苦しい……嫌だ……僕が死ぬ? ……僕の存在が消えていく?』
そしてアパラージタの操刃室では、胸から下の半身を貫かれ、血に塗れたシェールが、苦痛の涙を浮かべながら在り得べからざる現実を受け入れられず、ただ茫然と呟く。
『負けたのか? この僕が? ……あんな奴に? 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘――』
そしてシェールの断末魔と共にアパラージタが空中で爆散し、鎮魂の爆炎を咲かせた。
その残影を見届ける事もなく、ソラはそれに静かに背を向けた。
※
ソラの操刃するカレトヴルッフ大破の報せを受けた〈因果の鮮血〉及び〈寄集の隻翼〉全騎士に、パルナからの戦況報告が続けて入る。
『なお、ソラ=レイウィングの……生存を……確認……そして、そして――』
嗚咽し、涙混じりの震えた声で伝声するパルナは、沸き上がりそうな感情を堪え、大きく息を吸い込んで続けた。
『ソラ=レイウィング、カレトヴルッフ――シェール=ガルティ及びアパラージタを撃破!』
その報せが黝簾の空域と翡翠の空域を翔け巡る。
「おソラ、やっぱりあいつはやれば出来る子」
リンベルン島王城前に撤退したシーベットが、少しだけ悔しそうに、それ以上に嬉しそうに笑顔で言った。
「あいつ、マジであのシェールを倒しやがったのか? ったく大した野郎だな」
フリューゲルは、驚きの表情を浮かべつつも、すぐに笑みを浮かべた。まるでそうなる事が分かっていたかのように。
「ソラ、君は本当に凄い奴だ」
デゼルは、唖然としつつも穏やかな口調で感嘆の意を示した。
「さすがだな、よくやってくれたレイウィング」
そして、静かにソラへ賞賛を送るカナフ。
まだ戦闘は終結していない中で、それぞれがソラの健闘を称え、喜びに打ち震えた。
※
場面は変わり、エリギウス大陸の存在する皓の空域の最果て。
雲海の中に潜む黄土色の宝剣。それを操刃する一人の騎士が、三つの部隊、計二百騎のソードを指揮していた。
その騎士は狼のように鋭い目をした眼と、ショートカットの銀髪、先端の尖った長い耳と牙のような八重歯が特徴の女性。名はウル=グランバーグ。反乱軍連合騎士団〈亡国の咆哮〉団長であった。
〈亡国の咆哮〉は紋章を持たない騎士団。その殆どが元エリギウス帝国の騎士から成る。そしてウルを始め、帝国に反旗を翻し離反した者達が集い、あらゆる空域の孤島や隠れ島に身を潜めながら各空域の解放を目指し、細々と活動を続けていた。
しかし今回、ウルが指揮する〈亡国の咆哮〉の三つの部隊は、〈裂砂の爪〉が守護する琥珀の空域、〈風導の鬣〉が守護する瑠璃の空域、〈穿拷の刺〉が守護する黈の空域の本拠地への同時進行に踏み切った。
エリギウス帝国の複数の騎士師団が連合騎士師団を結成して進軍した事が、守護が疎かになった各空域制圧のまたとない好機であったからだ。
そしてウルは各部隊へと指揮を出す。
「ハッ、こんだけ自分とこの巣をもぬけの殻にしやがるとは、あたし達も随分と舐められたもんだなあ、おい」
ウルは口の端を上げながら、豪放な口ぶりで言った。
「よしてめえら、本拠地を制圧しぶっ壊せ、残存勢力がいたら全部ぶっ殺せ! そしたらあのタコ共の帰る場所はもうねえ! 後悔させろ、そして取り戻すんだ――あたし達の国を!」
ウルのその檄と共に〈亡国の咆哮〉の部隊が、各空域への攻撃を開始した。
※
一方、連合騎士師団総団長であるシェール=ガルティ討死の報せは、連合騎士師団陣営にも激震を走らせた。
シバと激闘を続けていたヴァーサは、顔色を変えず動揺した。
「馬鹿な、あのシェール=ガルティを殺せる程の騎士が存在したというのか?」
ウェルズは、総団長の死を受け、冷静に撤退を視野に入れる。
「ちっ、後少しで制圧出来たんだがな、ここらが潮時か」
ナハラは、驚愕しながらも喜びの感情に打ち震えていた。
「死んだ? あの野郎が死んだ? どこのどいつが殺ったのかは知らねえが、ひゃはあっ、運が向いて来やがったぜ! どんなに腕が立つ奴だろうが何だろうが最後に生き残った奴がつええんだよ、選ばれし者なんだよ!」
そして、クラムは……
クラムのベガルタの前には、左腕部を失い、関節が所々凍結させられ、半壊状態となった、ウィンのフロレントが浮遊していた。
そのフロレントの損傷具合が、これまでの凄まじい激闘を物語る。
「うわ、結局一番だりぃ事になったわ……くそだりぃ」
だが、そう呟くクラムのベガルタの腹部は、既に光矢に貫かれており、動力炉に光が収束していくと空中で爆炎を巻き起こして爆散した。
激闘の末クラム=ソールズベリーを討ち取ったウィンが、肩を竦めながら言う。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ……やれやれ、僕とした事がソラのせいで熱くなっちゃいましたねえ」
そして更に、各騎士師団長に、第五騎士師団〈祇宝の玉〉師団長クラム=ソールズベリーの討死、三つの空域本拠地が〈亡国の咆哮〉による侵撃を受けている旨の報せが入り、三騎士師団は撤退を余儀なくされるのだった。
「シバ、僕は必ずお前を屈服させ、グラムの操刃者になってみせる。そして必ずイェスディランを……」
「ヴァルトゥオーサ、お前は……」
ヴァーサはシバに対し意味深にそう言い残すと、〈風導の鬣〉は撤退を開始した。
「ラッキーだったな、爺。人の留守を狙う糞盗人野郎共を捻り殺しにいかなくちゃならなくなった、ここらでお開きだ」
『……ちっ、お楽しみはここからだったってのに、残念だぜ』
「強がってんじゃねえぞ糞爺、てめえもいつか挽肉にしてやるから楽しみにしてろや」
ナハラはルキゥールにそう言い放ち、〈穿拷の刺〉は撤退を開始した。
「ここまでだな……全騎に告ぐ。撤退を開始せよ」
ウェルズは、自身の部隊に指示を出し、〈操雷の髭〉もまた撤退を開始する。
黝簾の空域と翡翠の空域から全てのソードが飛び立ち、去っていく。
そして、全騎の撤退を確認し、アルテーリエが呆然と立ち尽くしながら呟く。
「終わった……のか?」
こうして後に“煉空の粛清”と名付けられる激闘は、〈因果の鮮血〉を結成させるメルグレイン王国とレファノス王国、そして〈寄集の隻翼〉に大きな傷跡を残し、終結を迎えた。
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