223話 燃え尽きても、灰になっても
叢雲の騎装衣が消失し、背部の放出口から放出される萠刃力の残滓が、紅蓮の隻翼を形成させる。それは萠刃力呼応式殲滅形態が起動した証であった。
「都牟羽 滅・附霊式!」
直後、翼羽は左手に持つ羽刀型刃力剣を放り、一刀流となると、叢雲を最大稼働にて飛翔させる。
その動きは正に神速。虚空に紅き閃光の尾を引かせながら、シェールの動体視力、先読み能力すらも追い付かせない程に高速で空を舞う。
『何だ……この動きは……この僕が追いきれないだと!』
神剣ですらも凌駕する超騎動に、驚愕し、冷たい汗を滲ませるシェール。
「ガハッ」
すると、叢雲の操刃室の中で吐血する翼羽。その理由は明らかだった。
――臨餓の竜域への到達と、短期間での萠刃力呼応式殲滅形態 連続使用、もはや肉体が負荷に耐えきれないか……
「それがどうした!」
しかしそれでも叢雲は空に無数の航跡を描きながら、アパラージタの周囲を翔け巡る。
そして――
『ガアッ!』
金色の刀身の羽刀型刃力剣がすれ違い様にアパラージタの左腕部を斬り飛ばす。
更に翼羽は叢雲を空中で急転回させ、更に超速の袈裟斬りを繰り出す。
その一撃を刀身を三本にさせた裂爪式斬竜剣で受け止めるシェールのアパラージタ。憑閃により刃力が収束された羽刀型刃力剣は、実体攻撃と刃力攻撃両方の性質を持つ為、シェールは実体と刃力耐性を五分にせざるを得なかった。
次の瞬間、叢雲の横蹴りがアパラージタの胸部に炸裂し、騎体を吹き飛ばした。
『ガアアアッ!』
衝撃で呻き声を上げるシェールに、翼羽からの追撃。目にも止まらない無数の閃光が幾重にも奔り、叢雲から数多の光の刃が飛ぶ。
「壱式 飛閃・乱刃」
そして今度は、裂爪式斬竜剣の刀身を五本にし、耐久力を刃力耐性に極振りした状態でその連撃を受ける。
『なっ!』
すると、元々の防御力の高さに加え、刃力攻撃に対し耐性を特化した状態のアパラージタの装甲に亀裂が走っていく。
『馬鹿……な!』
そこへ更なる追撃、翼羽は右半身を大きく引いた半身の姿勢から、神速の突きと共に光の矢を放つ。
「弐式 靁閃!」
『ぐうううっ!』
胸部へと放たれた光の矢を、シェールは寸前で躱すが、アパラージタの右肩を貫通し、右腕部の動きを停止させられる。そして続けざまもう一発放たれていた突きから発せられた光の矢が左肩を貫通し、左腕部の動きまでも停止させられた。
『いい加減――擂り潰れろよ!』
シェールはアパラージタの展開式竜咬刃力爪を起動させ、光の爪を伸長させると、叢雲を斬り裂く為、広げた副椀を交叉させようと振るった。
瞬間、翼羽はその場で騎体を廻旋させながら羽刀型刃力剣を振るい、叢雲を中心に円状の光刃が拡張していき、左右から迫り来る光の爪を受け止めた。
「……参式 閃空」
すると直後、叢雲の双眸が更に紅く輝き、紅蓮の隻翼が肥大した。そして憑閃により刃力が収束し、輝く羽刀型刃力剣に、更に刃力が収束していき、金色の刀身は眩い光を帯びる。
「無へと帰せ――悪鬼」
刹那、羽刀型刃力剣の峯が背に付く程に大きく振りかぶった状態の叢雲は、肥大化した紅蓮の隻翼を羽ばたかせながら、閃光が如く一瞬でアパラージタとの距離を殺していた。
そして一閃。
そこには羽刀型刃力剣を振り切った状態の叢雲が残身の姿勢を取っており、瞬く光がアパラージタを縦に一刀両断していた。
「……都牟羽 終式 閃翼紅蓮」
次の瞬間、シェールが言葉を発する間もなく、真っ二つにされたアパラージタが空中で爆散した。
「ハアッハアッ……ハアッ……ハアッ」
すると、叢雲の双眸は元の青い色に戻り、紅蓮の隻翼は消失したが騎装衣は出現せず、更に、その手に持つ羽刀型刃力剣の刀身も消失し、浮遊すら維持出来なくなる程に全てを出し尽くした翼羽の叢雲が、ゆっくりとツァリス島へと落下していく。
そして、島の中央、大桜の前に静かに落下すると、桜の花びらが舞い上がった。同時に叢雲の双眸の光も消え去り、その器能を完全に停止させた。
文字通り全てを出し尽くした。体力も刃力も想いも……未来も。
今回の連合騎士師団の総大将とも言えるシェールを討ち取り、残る四騎士師団が撤退となる事を願いながら、翼羽は空を見ようと叢雲の鎧胸部を開放させた。
その時、翼羽は途切れそうな意識と霞む視界の中で信じがたいもの目にし、茫然とそれを見た。
「馬鹿……な」
先程、アパラージタが爆散した空に、破壊されたアパラージタの破片が集い始め、やがて――アパラージタが再生され始めたのだ。
そして完全な姿に再生されたアパラージタの額には剣の紋章が輝いていた。幻、悪夢、それであればどれ程良かったであろう。しかし突き付けられる目の前の現実はただそこに在った。
すると、鎧胸部が開放された状態の操刃室から動けずにいる翼羽に……シェールからの伝声が入る。
『凄かったよ翼羽、とっても素敵だった、綺麗だった……でもさ、奥の手を残してるのが自分だけだってどうして思ったの?』
「…………」
『あはあ、この〈輪廻〉は生涯で一度だけ発動する自動発動型かつ特殊な竜殲術。前第三騎士師団長を殺してその座を奪った時にストックしておいたものなんだ』
シェールは今回の戦いにおいて〈血闘〉以外の竜殲術を使っていない。いや、正確には使えなかったのだ。
一度見た他人の竜殲術をコピーして使える〈搾取〉には制約が存在する。
ストック出来る能力は最大で五つまで、一度ストックから外した能力は二度とコピー出来ない。コピーした竜殲術は元の術者が使用する倍の刃力を消費する。等である。
また、〈輪廻〉と〈血闘〉はいずれも大量の刃力消費を強いられる能力であり、更にはアパラージタの竜咬式聖霊騎装である展開式竜咬刃力爪もまた大量の刃力を消耗する。
そしてシェールは、常にストックしていた〈輪廻〉を発動させる分の刃力は常時残している。しかし、琥珀の空域での決戦では、他の竜殲術も使用しながら、初めてコピーした〈血闘〉を使用した。
だが〈血闘〉はシェールの想定以上に刃力を消耗する能力であった為、シェールは〈輪廻〉を発動させる為の刃力を残す事が出来なかった。つまり琥珀の空域においての決戦でシェールを撃破していた場合、シェールは復活する事は出来なかったのだ。
そこで、今回の戦いではその反省を活かし〈血闘〉を発動させた上で、〈輪廻〉が発動する分の刃力が残るように立ち回った。
ただ、完全な姿で復活したとはいえ、実はシェールもまた刃力の限界は近かった。しかし、シェールは翼羽にそれを覚られないよう、余裕を見せるように語りかける。尤も、正真正銘限界を迎えた翼羽に対しそれが意味を成すかは定かではないが。
『これは術者が命を落とした時、一度だけ完全な状態で復活する事が出来るっていう能力なんだけどさ、前第三騎士師団長凄く強いのに二回も殺さなきゃいけなくて本当苦労したよ』
「……くっ!」
『いやまさかここまで追い込まれるなんて思ってもみなかったよ。さすがは僕が愛した唯一の人。でももういいんだ、もう休んでいいんだよ』
すると、アパラージタが裂爪式斬竜剣を構え、動きを停止させる叢雲に対し突撃の姿勢を見せる。
対し、翼羽は震える手で操刃柄を何とか握り締める。
「動け、燃え尽きてもいい……動け、灰になってもいい……動け叢雲、動け鳳龍院 翼羽! ……お願いだから動いてよ!」
しかし、その悲痛な叫びと想いはもう届く事は無かった。完全に動きを停止させた叢雲に、アパラージタからの無情な一撃が襲い掛かる。
迫り来る闇……確かな絶望がそこには在った。
次の瞬間、突如現れた一騎の宝剣が、叢雲を守るように立ち塞がり、アパラージタからの斬撃を刃力剣で受け止めた。
翼羽は霞む視界の中で、その白い宝剣がかつての零の愛刀と重なり、そっと呟く。
――天十握……零なの?
「だあああああっ!」
すると、白き宝剣は、刃力剣を渾身の力で振り切り、アパラージタを弾き飛ばす。
「大丈夫か団長!?」
ソラが翼羽に向けて叫ぶ。翼羽はその声を聞き、目の前の宝剣がカレトヴルッフであり、ソラが来てくれたのだという事を理解する。
――何でカレトヴルッフが……ここに? ソラ……戻って……来たの? あれ程……レファノスと……メルグレインを守れって……言ったのに……後で……叱らないといけないな……いけないのに……
意識を朦朧とさせながら、翼羽は心の中でソラがこの場に居る事を咎めながらも、涙を零しながら表情を綻ばせる。
――でも、私は何でこんなに安堵しているんだろう?
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