222話 紅蓮の神気を誘い纏え
シェールのアパラージタからの嵐の如き凄まじい連撃が、翼羽の叢雲を襲い続けていた。
刀身が五本の裂爪式斬竜剣からの袈裟斬り、振り上げ、横薙ぎ、捕縛式圧殺牙での鋏撃、盾での殴打、振り下ろし。
一撃一撃が必殺のそれを、もはや凌ぐだけで精一杯の翼羽。するとシェールは裂爪式斬竜剣からの渾身の振り下ろし、と見せかけた右拳による殴打を叢雲の顔面に叩き込み、吹き飛ばす。
「ガハッ!」
更に追撃、シェールは、アパラージタを半身にさせる程裂爪式斬竜剣を大きく振りかぶらせ、今度こそ渾身の振り下ろしを叩き込んだ。
羽刀型刃力剣を交叉させてそれを受け止める翼羽であったが、受け流しきれずツァリス島の地へと吹き飛ばされ、叩き付けられる。
「カハアッ!」
その衝撃で吐血する翼羽に、シェールがほくそ笑みながら伝声を送る。
『こないだのお返しだよ……あとこれはおまけだ』
すると、地に倒れ込む叢雲に向けシェールのアパラージタが展開式竜咬刃力爪の光の爪を振るう。
即座に反応し、叢雲にて飛翔、寸前で回避する翼羽。すると、その一撃でツァリス島の地が大きく抉られた。
「ウァアアアアアアッ!」
直後、アパラージタが光の爪を振るった隙を突き、翼羽の叢雲が最大速力にてアパラージタへと突撃。そして渾身の突きを放つ。
しかし、その一撃はアパラージタの装甲にまるで通らず、甲高い金属音だけが鳴り響く。更にはアパラージタの裂爪式斬竜剣による反撃の左薙ぎが繰り出され、それを咄嗟に受け止めるも再び弾き飛ばされる叢雲。
「ハアッハッハアッ……ハアッ」
それでも体制を立て直し、叢雲に構えを取らせる翼羽。
『今ので理解した? いや理解していた筈だよね?』
「…………」
『今この裂爪式斬竜剣は刀身が五本、つまり実体攻撃耐性に極振り状態だ。だから刃力が尽きかけて、刃力による攻撃が放てない今の君ではアパラージタに傷一つ与えられない……詰んでるんだよ、もう』
それでも、翼羽は再度アパラージタに攻撃を仕掛ける。騎体を急旋回させながら、今度は交叉させた両手の羽刀型刃力剣にて、アパラージタの頸部を狙う。
だが、もはや防御すらしないアパラージタに、翼羽の斬撃は通じず、無情にも弾かれた。
すぐさま距離を空け、叢雲に構えを取らせる翼羽であったが、具現化を維持出来なくなった羽刀型刃力剣の刀身が幾度となく歪む。
刃力は尽きかけ、既に竜域も解除され、攻撃は意味を成さない。覆しようの無い絶望的な状況に、遂に翼羽の心が折れかける。
――ここまで……なの?
しかし、その時翼羽の脳裏に浮かんだのは、プルームと零、二人の姿だった。
瞬間、翼羽の眼光が再び鋭くなり、再度竜域へと至る。
――まだだ! あの時プルームは諦めた? あの時零は逃げ出した? 違う! だから戦い抜くんだ……最後まで。
するとシェールは、翼羽の眼から光が潰えていない事を確信し、呆れたように深く溜め息を吐いた。
「はあ、もう分かった、降参だ。君自身をどんなにいたぶって追い詰めても、君の心を擂り潰すのはどうやったって無理らしい。だから……」
直後、シェールは展開式竜咬刃力爪の光の爪を最大限に伸長させると、ツァリス島の聖堂に向けて、左右に広げた副腕から伸びる光の爪を、交叉させようと振るった。
『やっぱりこうするしかないよね?』
次の瞬間、既に限界を迎えた筈の翼羽であったが、叢雲が両手に持つ羽刀型刃力剣に僅かばかりの光が灯る。そして、真っ直ぐにシェールへと突っ込むと、左右から襲い掛かる光の爪の根本付近を、左右の手に持つ羽刀型刃力剣でそれぞれ受け止めた。
『へえ、どこにそんな力が残ってたの?』
「くっ……うぅっ!」
しかし、騎体の膂力の差は明らかであり、展開式竜咬刃力爪の光の爪は羽刀型刃力剣に遮られながらも、叢雲に徐々に迫り来る。
「うあっ……ああっ!」
『ほら死が迫って来てるよ、そこまで迫って来てるよ、既にはんぱないもん死臭がさあ! ねえどんな気持ち? 今どんな気持ち?』
シェールは展開式竜咬刃力爪に渾身の力を込め、恍惚に塗れながら叫ぶ。
勝敗は決した。この戦いを知る者なら誰もがそう結論付けるだろう。シェールは勿論、伝令室で戦いを見守っていた翅音もパルナも、そして翼羽ですらも。
すると、それを受け入れるかのようにそっと目を瞑る翼羽にかつての記憶が走馬灯のように駆け巡る。
幼少の頃、丘に咲く大桜の木の下で、零と誓い合った日の事。
《でも俺はいつか、翼渡様を越えてみせる……翼羽と二人で》
《わ、私も?》
《翼羽もここから始めよう。零から、一歩ずつ前へ。強くなろう……一緒に》
《うん》
祭りの日、自分を危険に曝した事で、自責の念で落ち込む零の傍らに座りながら、元気付けようとした時の事。
《じゃあ零に元気が出るおまじないを教えてあげるね》
《元気が出るおまじない?》
《そっ、父様に教えてもらった詩なんだけど……諦めそうになったり、挫けそうになったり、もう駄目かもって思ったら思い出しなさいって。死んだ母様が昔、戦場に赴く父様の為に送った詩なんだって》
《和羽様が翼渡様に?》
《うん、意味は難しくてよく解らないんだけど、でも口にすると元気が出るんだ、何だか母様が傍にいてくれるような気がして……だから零にも元気を分けてあげようと思って》
鳳龍院家と天花寺家との決戦の日、エリギウス王国のソード二百五十騎の増援を前に、自分を守る為たった一人立ちはだかろうとした零の事。
《もういい、もう戦わなくていいから、行かないで零……君は私の近衛騎士でしょ? なら側を離れちゃ駄目なんだから!》
《それなら俺は、今この瞬間からお前の近衛騎士を辞める》
《どうして……どうして零?》
そして、ふと晶板越しの自分に優しく微笑み、零が言った言葉。
《好きだよ翼羽……大好きだ》
次の瞬間、翼羽が勢い良く開眼すると同時、叢雲の双眸が紅く輝き、迫っていた展開式竜咬刃力爪の光の爪が静止する。
そしてシェールの背筋に凍てつくような戦慄が走った。
――何だ、展開式竜咬刃力爪がぴくりとも動かない!?
翼羽は、父から教わり零に伝えた大切な詩をそっと口にする。
「緋き其の想いは諷意にて不易、恐れるな背けるな、刃の如く、焔の如く――」
翼羽がしようとしている事を悟り、激しく動揺するシェール。
「馬鹿な、使える筈が……ない。萠刃力はまだ生み出せない筈だろ!?」
――確かに萠刃力はもう生み出せない、でもそれは表面上に存在する刃力の種から生み出される萠刃力だ。例え刃力を使いきったとしても、萠刃力を使いきったとしても、生命を維持する為に必要な最低限の刃力と、それに成り変わる刃力の種は残される。
「紅蓮の神気を誘い纏え!」
――だったら……私にはまだ、出来る事がある!
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