218話 死闘
一方、カナフはセリアスベル島から、ルキゥール騎を包囲するタルワール部隊への狙撃を行いつつ、クラムの能力を分析していた。
――奴が放出する泡、あれに触れれば封じ込められ身動きが出来なくなる。しかし封じ込められた騎体が撃墜されていない事を見るに、封じ込めた後は攻撃出来ないという事だ。とは言え、あのまま戦力を削がれ続ければ死活問題だ。まずは、封じ込められたソードを救出可能かどうかを試す。
するとカナフが、タルワールの右腰部に接続され、背部に納めらていた砲身を展開させると、砲身の先に稲妻を纏った光が収束していく。
そしてタルワールの切札である狙撃型刃力砲により、雷を纏った巨大な光の矢を放つ。
鋭い稲妻の如き光矢が一直線に飛び、マインゴーシュを包む巨大な球体に直撃した。しかし、雷光の矢は球体を貫く事はなくそのまま消失するのだった。
――破壊は不可能か。ならば対象を捕える前の球体ならどうだ?
直後、マインゴーシュを包む球体の破壊が不可能と判断したカナフは、ふわふわと浮遊しているソードの拳大程の泡へと目標を切り替えた。
そして続けざま、狙撃式刃力弓による雷光の矢を放つと、それが直撃した瞬間、雷光の矢が泡に包まれ形状を保ったまま浮遊する。
それを見てカナフが閃く。
――破壊は出来ない。だが、一度何かを捕獲した後は恐らく触れても別の何かを捕獲出来ない。ならば!
「全て狙い撃つ!」
次の瞬間、カナフのタルワールから連続で放たれる雷光の矢が、クラムの〈玉牢〉により放出され漂う泡に次々と直撃し、雷光の矢を包み込んで浮遊させる。それにより捕獲能力を失った泡がその場に無数に漂い始めた。
「何だよ……だりぃな」
それを見て面倒くさそうに舌打ちをするクラム。
すると直後、クラムは両腰部の砲身を展開させ、騎体を高速で推進させた。
そして自身に飛来する雷光の矢を、巧みな騎体操作で全て回避しながら、遂にはカナフのタルワールの間合いに入り、照準を定めると、左右の腰部の砲身に青白く巨大な光が収束していく。
それは凍結式刃力砲を左右同時に展開し、起動させる事で聖霊石を共鳴させ、絶大な凍結攻撃を放つ刃力共鳴式聖霊術砲、凍結共鳴式刃力砲による一撃である。
「さっさと終わらせて、さっさと帰って寝よ」
「ちっ!」
騎士師団長自ら強襲し、自身や狙撃部隊に壊滅的被害をもたらすであろう砲撃を前に、カナフはカウンターの狙撃で応戦する。
しかし、クラムは〈玉牢〉を発動させると、自身の前に泡を出現させ、カナフの放った雷光の矢が捕らえられていく。
――くっ、あの能力は触れた敵を捕らえる牢であると同時に、自身をあらゆる攻撃から守る盾でもあるという事か!
刃力を溜めている間の隙を能力でカバーし、クラムの凍結共鳴式刃力砲による一撃が今放たれた。
「全騎、回避行動を!」
クラムのベガルタから放たれる極大の青い光の奔流が、カナフのタルワールを含む狙撃部隊に襲い掛かる。
各騎はそれを、散開し回避を試みた。すると青い光の奔流は、セリアスベル島へと直撃し、島に生い茂る木々を凍り付かせ、更にはその余波が島の地と、そしてカナフのタルワールを含む二十騎近くのソードを凍結させた。
「ぐううっ」
タルワールは動きを完全に封じられ、操作不能に陥る。
『あー疲れた、じゃあおやすみ』
そんなタルワールに、刃力弓を向けながらベガルタの両肩部を開放させるクラム。
「……ここまでか」
放たれるであろう致命の一撃を前にして、抵抗出来ないカナフは、操刃柄から両手を離し、両目を瞑った。
一方ルキゥールは、カナフや増援部隊の支援を受けつつナハラと激闘を繰り広げていた。
――こいつ、中々やるじゃねえか。
ラムイステラーハ流の嵐のような連撃、しかしその一撃一撃は決して軽くなく、受け流しを得意とするルキゥールをして追い詰められていく。
真向斬り、袈裟斬り、逆袈裟、突き、回転横薙ぎ。荒々しくもありながら、それでいて基礎に忠実でもあるナハラの剣は、ルキゥールに反撃の機会を与えない。
しかもナハラの能力により体の感覚を失っているルキゥールは、操刃の感覚に違和感が生じており、その僅かな動揺が戦闘において大きな足枷となっていた。
「舐めるな、小僧!」
しかし、ルキゥールは防戦一方の状況を打破すべく、痛み分け覚悟の斬撃を放った。すると、ナハラのシャムシール・エ・ゾモロドネガルの刃力剣がルキゥールのアルマスの左肩に食い込み、アルマスの刃力剣がシャムシール・エ・ゾモロドネガルの左肩にそれぞれ食い込んだ。
結果は相打ち、双方が左肩を同程度に損傷し、互いに距離を取る。
しかし、ナハラは一人操刃室の中で口の端を上げる。
「喜べ、大当たりだ糞爺!」
一方、ルキゥールは先程の一撃を受けた後から、ある大きな異変が起きていた。
――目が見えねえ!
突如目の前が暗くなり、何も見えない状態……つまりは視力を失っていたのだ。
そしてルキゥールは理解する。能力を発動したまま対象に傷を与える事により五感のいずれかを奪う、それがナハラの能力であると。
――そうか奴の能力は五感を奪う事、二度目は触覚を、三度目は視覚を、一度目は気付かなかっただけで恐らく味覚か嗅覚が奪われていたんだろう。
ルキゥールの推察した通り、ナハラの竜殲術〈蝕針〉は、発動中相手に傷を負わせる度に五感のいずれかをランダムで奪う。奪える五感は二つまで。二つ奪った状態で新しい傷を与えれば最初に奪った五感が戻り、新たに五感の内のいずれかを奪う。奪った二つの五感は被る場合もある。
そして奪える時間の長さは五感ごとに違い、視覚を奪える時間は僅か十数秒だが、それでも戦闘中に視覚を失うという事はそれ即ち死と同義である。
『気付いた所でもうおせえ!』
ナハラのシャムシール・エ・ゾモロドネガルは、視覚を失っているルキゥールのアルマスの背後から、刃力剣を大きく振りかぶり、一刀の元に両断を計る。
しかし、ルキゥールのアルマスは振り向きざま、シャムシール・エ・ゾモロドネガルの胸部に向けて精確に剣を奔らせた。
その一撃がシャムシール・エ・ゾモロドネガルの鎧胸部を刻み、鎧胸部の斬撃痕は、あと一歩でナハラにまで到達する寸前であった。
「ちぃっ、浅かったか!」
『馬鹿な、何で見えてやがる!』
視覚を奪った筈のルキゥールが、自身の騎体の位置を精確に捉え攻撃して来た事に対し驚愕するナハラ。するとナハラは気付く、ルキゥールの額に剣の紋章が輝いており、更には何処からか心臓の鼓動のような音が鳴り響いている事に。更には自身の竜殲術が発動しない事にも気付く。
『そうか……てめえ解術師だったのか?』
それはルキゥールの竜殲術〈封脈〉。鼓動の音が聞こえる範囲に居る聖衣騎士の竜殲術を封じ、発動した術の効果を解除させる力を持つ。また、竜殲術を封じる貴重な能力を持つ聖衣騎士は、別名解術師と呼ばれ、世界でも数える程しか存在しない。
「ああそうだ、お前みてえに自分の能力に自信満々の奴を油断させておいて、能力を封じて叩き潰す。中々爽快なんだがな、残念ながら失敗しちまった」
『ハッ、たぬき爺が』
両者の騎体が刃力剣を大きく構え、再度の激突を示唆させた。
「ここからは小細工無し、がちんこ勝負だ糞餓鬼」
『上等だ、切り刻んで挽肉にしてやるからよ』
一方、カナフに止めを刺さんとするクラムのベガルタの前には、ウィンのフロレントが立ちはだかっていた。
ウィンの刃力弓による連射を、左前腕に装着された盾で受け止め、その衝撃で盾を崩壊させながら後方に吹き飛ぶクラムのベガルタ。
すると体制を立て直し、フロレントに眠そうな視線を向けるクラム。
「うわぁ、何かだるそうな奴が来た。やだなあ、面倒だなあ」
そう漏らしながら、クラムは竜殲術〈玉牢〉を発動させようとする。
しかし、クラムは〈玉牢〉が発動せず、何処からか心臓の鼓動のような音が聞こえてくる事に気付く。そして、自身が能力で身動きを封じていたマインゴーシュが全て、戦線に復帰している事を。
ルキゥールの〈封脈〉の支配領域は、クラムが現在居る位置にまで及んでいたのだ。
「なんだよ……だりぃ」
『おや、どうやら竜殲術が使えないようですね。なら、これで条件は五分という訳ですね』
ウィンは、フロレントが両手に持つ刃力弓をクラムのベガルタへと向けながら言い放つ。
次の瞬間、その場に〈祇宝の玉〉のカットラスの大群が押し寄せ、ウィンのフロレントを取り囲んだ。
ソラとウィンの奮闘で強襲部隊を押し返したとはいえ、総合的な戦力差は未だ倍以上。その圧倒的な戦力差を前に、ウィンは額に汗を滲ませる。
「前言撤回、これはあまりにも多勢に無勢のようです」
その時、カナフからウィンへ伝声が入る。
『一旦退けウィン=クレイン、ここは〈祇宝の玉〉部隊の中心でもある。ここで敵将と戦うのは危険だ』
「いやあ、そうしたいのは山々なんですが、あなた達の事をヨクハさんから頼まれてしまいましてね。一度引き受けた以上は……投げ出せない性分でして」
すると、ウィンはこの場でクラムと戦う事を決意し、フロレントをクラムのベガルタへと突撃させた。
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