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215話 風の大聖霊獣フェンリル

 王城前に退避したアルテーリエは、ミームングの操刃室の中で、フェンリルの出現を知らされ最大限の警戒を置いていた。


 ーー風の大聖霊獣フェンリル……十年前にイェスディラン群島の月長の空域に出現し、エギルレーツェ王に討たれたと聞いていたが何故今ここに? いや、それよりもヴァーサと対峙している……こちらの味方だとでもいうのか?


 晶板越しに出方を伺いながら、アルテーリエはこの状況に一抹の希望を見出すのだった。



 一方シーベットは、突然シバが目の前で、巨大な白狼へと姿を変えた事で、目の前の現実が受け入れられず狼狽えていた。


「シバさん? ……シバさんなの?」


 そんなシーベットに、シバは優しく言った。


「今まで黙っていてすまないシーベット。私は低位聖霊獣などではない、イェスディランに代々仕えていたというのも嘘だ。十年前に始まった統一戦役、エリギウス王国とイェスディラン王国との戦いの中で顕現した風の大聖霊獣、それが私だ」


「大……聖霊獣?」


「翼羽団長殿が以前倒し屈服させたイフリートと同じ、大聖霊の意思から生み出された存在と言えば解るか?」


「……どうして、どうしてその大聖霊獣のシバさんがシーベットとずっと一緒に?」


「お前の父であるエギルから託されたからだ」


「……父上に?」



※      ※      ※      


 十年前。


 イェスディラン王国の空域である月長の空域に攻め入ったエリギウス軍と、イェスディラン軍の戦いは熾烈を極めた。


 そして三日三晩に渡る激闘の最終日。その日は年に一度“大聖霊の黙示”が起きる周期だった。大聖霊の意思が極限に高まる“大聖霊の黙示”により、月長の空域は突風が吹き荒れ、無数の竜巻が出現し、両軍のソードを刻んだ。


 そんな中において繰り広げられる戦い、数多の闘争の意思と、数多の騎士達の刃力を吸い、私は風の大聖霊獣フェンリルとして顕現した。


 大聖霊の意思から生み出され、大聖霊の力を行使出来る私は、その力を(もっ)て両軍に大打撃を与えた。そして遂にエリギウス軍は撤退を余儀なくされる。


 しかしそれでも尚、自国空域を守る為、エリギウス軍との戦いで満身創痍状態でもあったイェスディラン軍は、最後まで立ち向かって来た。


 特にイェスディラン王国の若き国王であったエギルは、炎の宝剣ドラグヴェンデルを駆り、死力を尽くして果敢に立ち向かって来た。


 国を守るという意志、大切な者を守ろうとする意志、それは何よりも強いものだった。


 そして激闘の末、遂に私はエギルに敗れ、大聖霊獣としての役目を果たそうとする。


 聖霊とは人の意思や願いの集合体。つまるところ大聖霊の意思とは人の願いでもある。私が大聖霊の意思から生み出され、魂に刻まれていた使命は、大聖霊石という大いなる力の媒体となり、自身を屈服させた者にその力を与える事だ。


「強キモノ……力ヲ……受ケ取ルガイイ」


 この世に顕現し、役目を果たし消える。それが大聖霊獣として生まれた私の役目であり運命。そこには悲しみもなければ、憐憫などの感情も入る余地はあろう筈もない。


「ちょっと待ってくれ!」


 しかし、エギルはソードの鎧装甲を開放すると突然、大聖霊石に成り代わろうとする私を止めた。


「ナニ?」


「大聖霊石なんていらない。どうせうちには風を守護聖霊に持つ聖衣騎士なんていないから風の神剣は起動出来ないしな」


「…………」


「そんな事よりお前、どうせならイェスディランの守り神になってくれないか?」


「守リ神……ダト?」


「ああ、お前滅茶苦茶強いし、お前が味方になってくれれば今後もエリギウス王国を相手する上で心強い」


「……それは無理な相談だ。この姿を維持するには力を大きく消耗する。再び真の力を発揮する為には数年は時間が必要だ」


「そうなのか」


 エギルは残念そうに呟きながら何かに気付いたように私に尋ねる。


「ん? ていうかお前、さっきまで片言じゃなかったか?」


「いや、その方が雰囲気が出るだろう」


「はははは、面白い奴だなお前」


 それを聞き、エギルは腹を抱えて笑っていた。そして再度私に尋ねる。


「それじゃあ、その姿や力を維持したり発揮出来なくてもいい、力を思いっきり抑えた状態だったら顕現し続けたり出来ないか?」


「それは……可能だと思うが」


「ならそれでいい、お前面白い奴だからシーベルティアやヴァルトゥオーサ……ああ俺の子供達なんだけど、そいつらの傍に居てやってくれないか?」


「……私が、お前の子供達の傍に?」


 ただ消えていくだけの運命。ただ力という名の物として利用されるだけの存在。しかしエギルは私の力ではなく、私の存在そのものを必要としてくれた。


 感情は無い、心も人格も無い……筈の私が抱いたのは誰かに真に必要とされる“喜び”という確かなものだった。


 そして私は力を極限まで抑え、イェスディランに代々仕えて来た低位聖霊獣だと偽り、シーベット達の傍に居る事を決意した。



だが、それから一ヶ月後。イェスディランとエリギウスの再びの決戦の中で、エギルはレオ=アークライトに討たれ、この世を去った。


 それでも、私はエギルとの約束を果たし続けている。それが大聖霊の意思、ひいては聖霊神の意思に、或いは運命に反する事なのかは分からない。しかし、私に芽生えた私自身の意思は、今の私の道へと確かに続いているのだ。


※      ※      ※      



「一旦リンベルン島へと退避しろシーベット、巻き込まない自身は無い」


「……でも」


 撤退を示唆するシバに対し、渋るシーベット。するとシバは大気を震わせるような咆哮と共に言う。


「いいから行け! 邪魔だと言っている!」


 その言葉を受け、シーベットは歯を食いしばりながらリンベルン島への撤退を決意する。そしてスクラマサクスと共にシバに背を向け、そして尋ねる。


「またもふらせてくれるよね、シバさん?」


「勿論だ」


 それを聞き、安心したような笑みを静かに浮かべ、シーベットはその場から離脱した。



 直後、光陣を通過し、超速でシバへと突撃するヴァーサのイェクルスナウト。しかし、シバは自身を中心に竜巻を発生させイェクルスナウトを弾き返した。


 シバと距離を取り、再び刃力剣クスィフ・ブレイド構え直すヴァーサのイェクルスナウト。


「好都合だ、ここでお前を屈服させ、僕がイェスディランに眠る風の神剣グラムの操刃者となる」


「驕るなよ、小僧」


 対し、牙を剥き出し全身の毛を逆立たせるシバ。


 やがて黝簾(ゆうれん)の空域には突風が吹き荒れ始める。


 そして、突然の大聖霊獣の出現で沈黙していた両陣営。だが、シバとヴァーサの激突を皮切りに、再び両陣営の戦闘は再開された。

215話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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