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212話 運命の一戦

 場面はツァリス島へと移る。


 ツァリス島上空には叢雲を浮遊させながら待機し、決戦に備え続ける翼羽の姿があった。


 そして、ツァリス島は既にシェール率いる〈裂砂の爪〉に包囲されていた。


 しかしアパラージタを始めとする〈裂砂の爪〉のシャムシールとタルワール部隊は、未だツァリス島周囲で待機しており、開戦は何故か未だに始まっていなかったのだ。


 異様な光景と、異常な緊迫感の中で敵の動きに注視し続ける翼羽。すると、突如シェールから翼羽に伝声と伝映が入るのだった。


『やあヨクハ』


「……シェール=ガルティ」


『もしかして……だけど君一人でこの〈裂砂の爪〉と戦うつもり?』


「それがどうした?」


 否定しない翼羽の返答に、翼羽が本気で自分に一人で立ち向かおうとしている事を確信したシェールは、これまでに無い程に恍惚の表情を浮かべた。


『あはあ、やっぱり素敵だなあ君は』


 しかし直後、首を傾げながら問う。


『って事はだよ? 他の連中はレファノスとメルグレインに向かわせたって事だよね?』


「…………」


『この場所だけじゃなくて、レファノスとメルグレインまで同時に守ろうとしてるの? 二兎を追う者は一兎をも得ずって諺、かつての君の国のものだったよね?』


「ぬかせ、二兎を得られる可能性があるのは、二兎を追う者だけじゃ」


 皮肉に対し皮肉で返す翼羽に、シェールは更に続ける。


『それでも、君だけはここに残ってくれると思ってたよ、ううん、信じてた』


「……ここは大切な場所なんだ、誰にも奪わせはしない!」


『うん知ってるよ、だから(・・・)奪いに来たんだよ』


 すると、そう言いながらも自分に向かってこないシェールを不審に思った翼羽が意を決したように尋ねる。


「ならば何故来ない? 一体どういうつもりだ?」


『ふふ、君の心を()り潰すって言っただろ? レファノスとメルグレインの壊滅、君の大切な者達の死、それらを味わわせてからメインイベントといこうかと思ってね』


「…………」


 シェールの歪んだ思惑に怒りを募らせながらも、翼羽は自分のすべき事を再確認する。乱戦が始まった瞬間、己に残された切札で一気にシェールを討ち取る。


 そして敵が動きを見せた時、それが運命の一戦の開始である事を理解し、操刃柄(そうじんづか)を握り締める翼羽の掌に冷たい汗が滲んでいった。





 イェスディラン群島、蒼の空域、レイリアーク島。

第十一騎士師団〈灼黎(しゃくれい)(まなこ)〉の本拠地城塞、自室のベッドの上で目覚めたエルは、“彼女”から新しく与えられた使命が自分の中に在る事を自覚した。


 ――今回の一斉進攻に紛れ〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉所属のスクラマサクスを撃墜し、風の大聖霊獣を屈服させる事が与えられた使命か……いや、それよりもシェール=ガルティが連合騎士師団を結成して全てを終わらそうとしているだと!


 エルは残されている断片的な記憶から、事態をすぐに理解すると、その場で呆然と佇んだ。


 与えられた使命、その先にある目的、そして……

エルはベッドから勢いよく体を起こすと、ある決意と共に格納庫へと足を急がせた。すると、その途中の通路には腕を組んで立つ神鷹(じんおう)の姿が在り、エルは神鷹(じんおう)の前で立ち止まる。


「……師匠」


 そんなエルに、神鷹(じんおう)は伝える。


「シェール=ガルティが先導する五つの騎士師団から成る連合騎士師団が、進軍を開始した」


「はい……既に“彼女”から聞かされています」


「そうか、今回はお前にだけ使命が与えられていたのだな」


「はい、使命はこの決戦の中で再び風の大聖霊獣を屈服させ、風の大聖霊石を手に入れる事です……しかし」


 言いながら俯くエルの心の内を、確かめるかのように神鷹(じんおう)はあえて問う。


「オルタナ……お前はどうするつもりなのだ?」


 すると、エルはすぐに顔を上げ、淀みの無い声で答えた。


「迷うまでもありません、私が戦う理由は常に一つなのですから」


「……そうか」


 それを聞き、神鷹(じんおう)は全てを悟ったように深く目を瞑った。そして、エルは神鷹と肩を擦れ違わせ、背を向けたまま言う。


「すみません師匠」


「謝る必要は無い。元よりお前の道だ、お前の好きにすればいい」


 すると、エルは静かに振り返り、神鷹(じんおう)の背に向かい一礼した。



 その後、格納庫にてエルは愛刀である真紅の宝剣ネイリングに搭乗し、刃力を注入すると動力が起動し、ネイリングの双眸そうぼうが輝いて金色の騎装衣が形成された。


「オルタナ=ティーバ――ネイリング、出陣する!」


 エルはとある決意と共に、ある目的地に向かいネイリングを飛翔させた。


 そして、とある決意とは……ソラを守るという決意であった。


 ――この連合騎士師団を止めるにはどうすればいい? 私一人が加勢したところで戦況は大きくは変わらないだろう。ならどうする?


 自分に問いかけるエルの答は既に決まっていた。


 ――連合騎士師団の糸を引くシェール=ガルティを狩る。それが私が今出来る最善……ソラを守る為に。


 エルは心の中で算段する。シェール=ガルティが率いる〈裂砂の爪〉が向かっている先、そこが恐らくは〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉の本拠地、そこでシェールを討つ。


 例えそれが成功したとしても“彼女”とエリギウスを裏切った自分は帰る場所を失い、制裁として消されるかもしれない。しかしそんな事はどうでもよかった。それよりも深刻なのは、竜祖の血晶を得る機会を失えば、ソラの体内の怨気を浄化する事が出来なくなることだ。


 ――あの時私は子供だった。君と怨気を分かち合い、君を救う事が出来たんだと満足した。しかし、刻まれた怨気の黒翼が半分とはいえ、体内には確かに怨気が存在し、命を蝕み続けるのだと知った。“彼女”と一つになる運命の私は元々、肉体の成熟と共に竜祖の血晶を与えられ、怨気の浄化を約束されている。そして“彼女”は言った。「一つになるその時までに与えられた使命をこなし続ければ、君の大切な人を救う為に必要な竜祖の血晶をもう一つ渡す」と。


 エルは静かに俯き、心の中で続ける。


 ――利用されているだけなのかもしれない、甘い言葉に踊らされているだけなのかもしれない。しかし君を救える可能性があるのだとしたら、その言葉にすがるしかなかった。


 直後、エルはすぐさま顔を上げ、ただ前を……その先だけを見通した。


 ーー私のこの行動は、その一抹の希望の光すら消してしまうだろう。でも……


「ここで君に死なれたら何の意味も無い、私の心を救ってくれた君に、私はただ生きていてほしいだけなんだ!」


 エルの叫びと共に、ネイリングは更に加速し、ツァリス島を目指し飛ぶ。



「なっ!」


 その時、エルは目の前に突如出現した存在に気付き、騎体を急制動させた。


 黒い空間の(ひずみ)と共に現れたそれは、蒼を基調としたカラーリングに、黒い紋様、流美な曲線を描く鎧装甲、剣の刀身を模した推進翼である推進刃が六本、下向きに生える羊のような角の兜飾り(クレスト)を両側頭に着けたソードである。


 そのソードの騎体名はティルヴィング。アロンダイトやアパラージタと同じ、七つの神剣の内の一振りである。


「ティルヴィング……何故ここに?」


 かつてのイェスディラン王国が所持していたそれは、金色の騎装衣を靡かせ、竜の角を抽象的に描いたような紋章を左胸に刻んでいた。それは第二騎士師団〈凍餓(とうが)(つの)〉である事を示す。


 すると、ティルヴィングの操刃者からエルに向かって伝声と伝映が入る。


『オルタナ=ティーバ、どこへ行こうというの?』


 そうエルに問うのは、流れるような長い銀色の髪、先端の尖った耳、透き通るような白い肌と、彫刻のように美しく儚げな表情が特徴の女性。第二騎士師団〈凍餓(とうが)(つの)〉師団長にして“三殊(さんしゅ)神騎(じんぎ)”が一人、凛騎士エリィ=フレイヴァルツであった。


「お前には関係の無い事だ」


 エリィに素っ気無く返すエル。するとエリィが更に問う。


「〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉の騎士達は、団長を残しそれぞれメルグレインとレファノスへと向かった。あなたの標的であるスクラマサクスが向かった先はメルグレインよ」


 それを聞き、自身が与えられた使命をエリィが知っている事に驚きを隠せないエル。


「何故……お前がその事を」


『その選択は駄目、あなたがしようとしている事は“彼女”から与えられた使命を放棄し“彼女”を裏切る行為以外の何物でもない』


 その言葉を聞き、エルは更に驚愕する。


「彼女……使命……まさかお前は竜醒の民だというのか?」


『…………』


 エルの問いに、口を噤むエリィ。すると、エルはネイリングに深く腰を落とさせ居合の構えを取ると、エルとネイリングの額に剣の紋章が輝く。


「私には私の本当の使命がある、そこをどけ!」


 直後、ティルヴィングもまた左腰の鞘から刃力剣を抜き、戦闘態勢を取る。


『どかないわ、あなたに道を誤らせる訳にはいかない……あなたはここで止めさせてもらう!』


 蒼の空域の果て、人知れず激突するエルとエリィ、ネイリングとティルヴィングの戦いが始まるのだった。

212話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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