211話 玉と針
翡翠の空域に到達した第五騎士師団〈祇宝の玉〉と第七騎士師団〈穿拷の刺〉は、ルキゥール率いるレファノス王国側の〈因果の鮮血〉部隊と交戦を開始した。
クラム=ソールズベリー率いる〈祇宝の玉〉の戦力は、水の聖霊石と風の聖霊石をそれぞれ核とする量産剣カットラスが合わせて約二百五十騎。ナハラ=ジブリール率いる〈穿拷の刺〉の戦力は炎の聖霊石を核とした量産剣タルワールが約二百五十騎、こちらの二つの騎士師団もまた、約五百騎もの戦力を投入してきていた。
対し、ルキゥール率いる〈因果の鮮血〉の戦力は量産剣マインゴーシュ。土の聖霊石を核とするのものが百二十騎、水の聖霊石を核とするものが八十騎で計二百騎。戦力差はやはり倍以上である。
包囲を避ける為、横に広く部隊を展開させるマインゴーシュ部隊に、正面突破を試みるタルワールは白兵戦を仕掛け、カットラス部隊は射撃戦を仕掛ける。そして激突する両陣営。
すると、この戦場の最後方にて戦場を見渡す二人の師団長の姿があった。そして、逆立てた金色の髪に褐色の肌、鋭い目付きの少年であるナハラが、癖毛の赤髪と金色の瞳が特徴の童顔の青年クラムへと伝声を行う。
「おい!」
『…………』
「おいてめえ聞こえてんだろ? 無視してんじゃねえ!」
『何だよ、一々話しかけてこないでよ、喋るのだりぃんだよ』
「けっ! んな糞面倒臭がりのてめえが、何であの時の会合で相互不介入条約破棄に手を挙げやがった、そしてこの連合騎士師団に参加しやがった?」
ナハラの問いに、クラムは少しだけ間を空けて答えた。
『えーだって、俺はのほほんと何もせず、働きもせず、ただぼーっとして生きていたいんだ。なのに統一戦役なんてものが続くから俺はずっと働かなくちゃならない、そんなの面倒の極みだろ? だからだるい事はさっさと終わらせて、俺は平穏に食っちゃ寝暮らししたいんだ』
「ハッ、結構喋るじゃねえかてめえ」
『……だりぃけど一応聞いてあげるよ、君は相互不介入条約破棄に反対してただろ? 何でこの場に居るの?』
「あん? 俺はこの宝剣シャムシール・エ・ゾモロドネガルをシェールの野郎から譲渡されるのを条件に参加してやったまでだ」
『ああそう、ふーん』
「てめえから聞いといて途中で興味無くしてんじゃねえ!」
すると、ナハラは数日前に、自身が治める黈の空域の本拠地城塞にシェールが来訪した時の事を思い出し、目を血走らせ歯を食いしばる。
《やあスティーヴ君……だったかな? 凄いだろ、ちゃんと覚えてたんだよ》
《全然ちげえ……ナハラだ》
《あ、そっか。まあいいよそんな事はどうでも。そんな事よりさ、今日は君に提案があって来たんだ――》
《あ? 提案だと?》
――あいつは俺に相互不介入条約破棄と連合騎士師団結成を持ち掛けて来た。新型量産剣の元となった新型宝剣シャムシール・エ・ゾモロドネガルの譲渡を交換条件に。そして俺は新型宝剣欲しさに首を縦に振ったように装った。だが、本当は奴の前で首を横に振る事が出来なかっただけだ。あの会合以来、奴の影に怯えていた俺は。
ナハラは歯を軋ませながら操刃柄を握り締めた。
――ふざけんなよ! 俺は選ばれし者だ! いつか必ずあの野郎をぶっ殺してやるからよ。
次の瞬間、ナハラはシャムシール・エ・ゾモロドネガルを高速で推進させ、部隊の最前線に躍り出る。
そして〈因果の鮮血〉のマインゴーシュ部隊に襲い掛かった。
「とりあえずは、こいつらぶっ殺して憂さ晴らしでもしとくかあ」
ナハラがそう言いながら舌なめずりをした直後、ナハラと、ナハラのシャムシール・エ・ゾモロドネガルの額に剣の紋章が輝く。
続いて、ナハラは左腰の鞘から刃力剣を抜き、嵐の如き連撃を繰り出しながら、擦れ違いざまに複数のマインゴーシュへとそれを叩き込む。しかし、比較的装甲の厚いマインゴーシュは斬撃痕が刻まれても一撃で撃墜されるまでには至らなかった。
すると、斬撃を受けたマインゴーシュの中で数器戸惑ったように右往左往するものが現れる。
「おっ、当たりがいやがったな? んじゃあ暗闇の中で震えて死ね!」
ナハラはそのマインゴーシュを見ながらニタリと笑うと、背後からマインゴーシュの腹部を貫き、撃墜させていった。
そして、更にナハラは周囲のマインゴーシュに向けて再び斬撃を叩き込んでいく。
そんなナハラの戦いぶりを見ながら、クラムは一人欠伸をしながら呟いた。
「うわあ張り切ってる、だりぃ……でも俺もさっさと終わらせて、早く帰って早く寝たいしなー」
直後クラムと、クラムのベガルタの額に剣の紋章が輝く。続けてベガルタの鎧装甲の隙間から、ソードの拳大程の、シャボン玉のような透明の球体が大量に放出され、マインゴーシュ部隊の周囲をふわふわと漂い始めた。
すると、そのシャボン玉のような透明な球体にマインゴーシュが触れた瞬間、透明な球体が巨大になりマインゴーシュを封じ込めた。
それはクラムの竜殲術〈玉牢〉。体表から放出させた透明な球体に触れた者を、一定時間泡の牢に閉じ込める事が出来る能力である。
一騎、また一騎とマインゴーシュは球体に閉じ込められていき、中央の道が大きく開けた。
『はい、中央空けてやったからちゃちゃっと敵将討ち取って来てくれる?』
伝声により指示を出すクラムに、ナハラは青筋を立てた。
「言われなくてもそうするっつーんだよ、指図してんじゃねえぞ糞が!」
そしてナハラは、中央を守護するマインゴーシュ部隊を突破し、一気に王城へと突き進んだ。
一方、王城前で指揮を行いながら戦況を見渡すルキゥールは、敵将が正面から部隊を突破してきた事を知り歯噛みする。
「中央から抜かれた、このままではなし崩し的に敵部隊が雪崩れ込む。俺が行くしかあるまい!」
すると、この流れを断ち切る為に自分の力が必要であると察したルキゥールは、前線に踊り出る決意をする。
直後、ルキゥールはアルマスを急発進させ、最速で部隊中央へ向け騎体を加速させる。
そして――中央突破を試みるナハラのシャムシール・エ・ゾモロドネガルと空中で剣を交えた。
『よう、てめえが〈因果の鮮血〉の親玉か? 初めましてだなあ、じゃあ死ね!』
「くっ!」
アルマスと刃力剣交差させるシャムシール・エ・ゾモロドネガルが、刃力剣を振り切り、ルキゥールのアルマスを弾き飛ばした。
更には、敵部隊のタルワールやカットラスが次々と押し寄せ、ルキゥールのアルマスを包囲し始める。
――使うか? ……いやまだその時じゃねえ。
ルキゥールは歯噛みしながら自身の竜殲術の使用を考慮する。しかし、ルキゥールの能力は今使用したとしても戦力の不利を覆すような類の能力ではなく、あくまで対聖衣騎士用。今この状況での使用は刃力を無駄に消費させるだけだと判断した。
とはいえ、このままでは敗北が時間の問題であるのもまた覆りようの無い事実であった。
211話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。




