210話 鬣と髭
連合騎士師団進軍開始からおよそ二時間後。
黝簾の空域に到達した第四騎士師団〈風導の鬣〉と第六騎士師団〈操雷の髭〉は、アルテーリエ率いるメルグレイン王国側の〈因果の鮮血〉部隊と交戦を開始した。
ヴァーサ=フィッツジェラルド率いる〈風導の鬣〉の戦力は、風の聖霊石を核とした量産剣スクラマサクスが約二百五十騎。ウェルズ=グラッドストーン率いる〈操雷の髭〉の戦力は、雷の聖霊石を核とする量産剣グラディウスが百五十騎、水の聖霊石を核とする量産剣カットラスが百騎、合わせて約二百五十騎――つまりは二つの騎士師団で約五百騎もの戦力を投入してきていたのだ。
対し、アルテーリエ率いる〈因果の鮮血〉の戦力は雷の聖霊石を核とする量産剣パンツァーステッチャーが約二百騎。戦力差は倍以上。ましてや〈風導の鬣〉の主力量産剣であるスクラマサクスの属性は風であり、雷属性のパンツァーステッチャーの優位属性に当たるが、レファノス側からの増援は当然望めない。
この圧倒的不利な状況は、正に絶体絶命としか言いようが無く、アルテーリエは王都の守護を最優先させるように部隊を展開させながら、射撃と砲撃で僅かばかりの反撃を試みる。
誇り高き雷と呼ばれる、メルグレイン王国騎士部隊の空中戦における基本陣系すら取る余裕が無かった。
また、〈風導の鬣〉部隊はスクラマサクスを中心として、光の特性を模倣させた闇の聖霊の意思と、連射の特性を持つ風の聖霊の意思を組み合わせた連射式刃力弓や連射式刃力砲による一斉掃射を行い一方的にパンツァーステッチャーを撃墜させていく。
そして、十二騎士師団長の中で唯一狙撃騎士であるウェルズが率いる〈操雷の髭〉部隊は、最も狙撃戦を得意とする部隊であり、雷の聖霊石を核とするグラディウス約百五十騎が、〈因果の鮮血〉部隊の射程外から精密にパンツァーステッチャーを撃ち落としていく。
両騎士師団の猛攻により、パンツァーステッチャーは一騎、また一騎と撃墜されていき戦力差は更に開いていく。このままでは勝敗は火を見るよりも明らかであった。
すると、この戦場の戦況を見通しながら、ヴァーサがウェルズへと伝声を行う。
「これ程の戦力差に加え主力量産剣の相性、陥落するのは時間の問題……僕が出るまでも無かった」
白刃騎士であるヴァーサが駆るソードは、風の聖霊石を核とし、翡翠色を基調とする軽装甲の宝剣イェクルスナウト。
『……ああ、確かに。だが〈因果の鮮血〉副団長、緋色のアルテーリエがこのまま終わるとは思えんがな』
そう警戒するのは、藍色の短髪と金色の瞳、筋骨隆々な初老の男性ウェルズ=グラッドストーン。
また、狙撃騎士であるウェルズが駆るソードは、雷の聖霊石を核とし、紫色を基調とする刺々しい鎧装甲の宝剣ラーグルフ。
「それならそれでいいさ、このまま黙ってるのなら削り殺すだけ、前に出て来るのなら刈るだけだ。結局結末は変わらない」
一方、真紅の宝剣であるアルテーリエのミームングは、王城上空に待機していた。そしてアルテーリエは部隊の指揮をし、戦況を予測しながら、このままでは敗北が必至である事を確信した。
そして、決意する。
「私が出る!」
「いやいや陛下! この状況でそれは無茶ですって!」
すると、琥珀の空域攻略戦で愛器であるナーゲルリングが半壊し、現在は属性相性の悪いパンツァーステッチャーを操刃するリーンハルトがアルテーリエに忠告した。
しかし、すぐさまそれを振り払うアルテーリエ。
「無茶でも何でもやるしかないのだ、このまま指を咥えて見ていても状況は変わらん」
「それは……そうですが」
「リーンハルト、部隊の指揮はお前に任せる」
「あ、陛下!」
難色を示すリーンハルトを尻目に、アルテーリエは部隊の前線を目指して飛ぶ。
そして高速で飛翔するミームングの鎧装甲の隙間から血液のような液体が漏れ出し空中に浮遊する。続いてその赤い液体はミームングの腰部に集い、刃力核直結式聖霊騎装の砲の形状を造り始めた。
血液を操作してあらゆる武器を形成させるアルテーリエの竜殲術、〈血殺〉が、ミームングにのみ特別に内蔵される疑似血液を利用し、散開式刃力砲を再現した。
直後、部隊の前線へと躍り出たアルテーリエは、目前の晶板に映し出される複数の目標に向けて照準を固定させる。そして、味方部隊に一斉掃射を行うスクラマサクスへ、砲撃を行った。
血のように赤い光が散開し、無数の光矢となってスクラマサクスを直撃し、計七騎を撃墜させた。
――私の部隊にとって一番厄介なのは風属性のスクラマサクス。しかし炎属性の私ならば優位に戦える。ならばここで、出来るだけスクラマサクスの数を減らす!
アルテーリエは敵の一斉掃射を躱しつつ、再度スクラマサクスへ砲撃を行った。
〈風導の鬣〉のスクラマサクス部隊を指揮していたヴァーサは、それを見て僅かに口の端を上げる。
「敵大将騎……目標を確認した」
『行く気かヴァーサ?』
ウェルズがそう問うとヴァーサは静かに頷いた。
「無論だ」
『そうか、ならこちらも勝負に出させてもらおう』
次の瞬間、ウェルズと、ウェルズの操刃するラーグルフの額に剣の紋章が輝く。と、同時にヴァーサと、ヴァーサが操刃するイェクルスナウトの額に剣の紋章が輝いた。
すると、ヴァーサのイェクルスナウトの目の前に、円状の光陣が五つ出現し、イェクルスナウトが高速で推進すると、その円状の光陣を全て通過、疾風の如き凄まじい速度となって一直線に飛ぶ。
一方アルテーリエは、敵の掃射と狙撃を血の結界と回避運動で何とか躱しつつ、再び砲撃を試みる。瞬間、これまでとは桁違いの威圧感に襲われる。直後、雷を纏った光矢が無数に飛来した。
アルテーリエはそれを、急旋回と急制動を繰り返し紙一重で回避するが鎧装甲が削られていく。そして寸分違わず急所を精確に撃ち抜かんとするその狙撃が、複数人からのものであると推察する。
――何という狙撃精度を持つ狙撃騎士。馬鹿な! これ程の奴が三……いや四人はいるだと?
次の瞬間、自身に向かって高速で飛来した何かが擦れ違いざまにミームングの左肩部の端を斬り飛ばした。
「ぐぅっ!」
咄嗟の反応で何とか致命打を回避したアルテーリエであったが、その凄まじい速度に、驚愕を隠せなかった。
――何だ今のは!? 疾……すぎる!
その一撃は、ヴァーサのイェクルスナウトによる突進からの斬り抜けであったのだ。
「があっ!」
更に追撃、ミームングの頭部に飛来する雷を纏った光矢を、アルテーリエは左手の甲に装着された盾で防ぐが、その衝撃で呻き声を上げた。
凄まじい精度を誇る複数の狙撃と、目の前で刃力剣を逆手に持って構えるイェクルスナウト。追い込まれたアルテーリエは、ここが確かな正念場である事を理解する。
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