207話 運命の刻限
琥珀の空域攻略戦から六日後。
プルームの目は未だ覚める事は無かった。
一方、翼羽は聖堂の作戦室に籠り、あらゆる可能性を踏まえ考察に従事する。この六日間、伝声器と伝映器を活用し、翼羽はアルテーリエとルキゥールと共に今後の見通しを図っていた。
〈裂砂の爪〉からの進撃も考慮し、先決はまず部隊の立て直し。とはいえ数日で失った戦力を穴埋めする事は不可能である。〈寄集の隻翼〉と〈因果の鮮血〉に今出来るのは、損傷したソードを修復させ、少しでも多く完全な戦力として投入出来るようにする事であった。
また、翅音とカナフは、先の戦いで損傷したソードを急ピッチで修復させ、大破したアロンダイトを除く全てのソードは万全の態勢となっていた。
敗走したとはいえ、〈裂砂の爪〉側もまた総戦力の約半分である百五十騎のソードを失い、神剣アパラージタもアロンダイトとの戦いで大きく損傷し、騎士師団としては、実は甚大な被害を受けていた。
特にアパラージタの損傷は一日二日で修復出来るレベルではなく、これまでに進撃が無いのは当然の帰結である。しかし翼羽は確信していた。
――奴は近い内に必ず来る。
それは確信。それだけは外れる事は無い、確実な未来。しかしそれがいつなのかを計りかねていた。
――でもいつ? 奴はいつ来る?
翼羽は、シェールの影と向き合いながら、アルテーリエとルキゥールと立てた作戦を振り返る。
〈因果の鮮血〉側の残存戦力であるソード約百器は未だオルレア島に待機し、〈裂砂の爪〉がツァリス島に攻め入ってくる動きを見せれば、すぐさま増援に駆け付ける体制は整っている。逆にシェールがレファノスかメルグレインに攻め入れば〈因果の鮮血〉の総戦力と〈寄集の隻翼〉の総力で撃退する。
――必ず耐えきれる、そしてこの危機は必ず乗り越えられる。
この数日何度も描いた複数の可能性。あらゆる事態を想定しながらそれに対応する策を練り上げる。そう、攻略戦で敗れはしたものの、防衛戦となれば凌ぎきる事は難しくない。
翼羽はプルームを救出する為に、躊躇いも無く都牟羽 滅・附霊式を使用し体内の刃力の種を開花させて萠刃力を生み出した。そして叢雲の萠刃力呼応式殲滅形態を使用した。
萠刃力呼応式殲滅形態を使用したのは一瞬であるが、萠刃力への開花は0か1。つまり都牟羽 滅・附霊式を一度使えば体内にある刃力の種は全て開花され、強制的に開花させられた不安定な刃力でもある萠刃力は、使用しなかったとしてもやがて泡のように消失してしまう。
体内に存在する刃力の種が無くなれば当然刃力は新たに生み出される事は無く、通常の刃力を使い切っている場合はしばらく刃力の無い状態となる。その期間はおよそ一週間。とはいえ、翼羽は前回の戦いでは通常の刃力は殆ど使用しておらず体内に残されている為、問題無く戦う事が出来る。
ましてや、明日になれば体内の刃力の種が一斉に復活し、叢雲の切り札である萠刃力呼応式殲滅形態が使用可能になる。そうなれば相手が神剣であっても十分勝ちの目がある。
……そう翼羽が思案した瞬間、シェールの顔が脳裏を過り、身の毛もよだつような感覚に支配される。
と同時に、己のあまりの愚かさに絶望した。
――私は何を考えていた? 全てが甘かった、全てが自分の都合の良いように考えていた。そのせいでどうなったかを忘れたの? 奴は常に私の上を行く。覚醒騎士である奴が、どこまで刃力の種と萠刃力について理解しているかは分からない。でも明日になれば萠刃力呼応式殲滅形態を使用出来る私にとって、一番攻め入って欲しくないのはいつ?
「今日、この日だろ!」
翼羽は緊急で、アルテーリエとルキゥールに伝声を行い、〈裂砂の爪〉からの進軍に備え戦闘態勢を取るよう進言を行った。
確かな根拠がある訳ではない、しかしこの予感は見過ごしていいものでは無い。これまで覚えた確信以上に確かなもの。
どちらかに攻め入っても凌げる算段がこちらにあるのならば〈寄集の隻翼〉と〈因果の鮮血〉陣営への同時攻撃、しかも予想を超える強大な戦力を用意するであろう事を翼羽は予測したのだ。
その後、プルームとエイラリィを除く〈寄集の隻翼〉の全団員が聖堂へと集結した。
そして翼羽は全員に伝える。
「シェール=ガルティは、今日動きを見せる可能性が高い。勿論そうならなければそれに越した事は無いが……恐らく奴は来る」
神剣アロンダイトを破壊し、プルームを瀕死に追いやり、攻略戦を敗北に追いやった。とてつもない脅威であるシェールの襲来を示唆する翼羽と、その緊迫した様子に、その場の全員が生唾を飲み込んだ。
「なら、もっと〈因果の鮮血〉の力が必要じゃねえか! オルレア島の戦力を増強させる要請はしたのか? 団長!」
フリューゲルが問う。
「いや、もし奴の侵攻があるとすれば、以前と同じように真っ直ぐにツァリス島に来るだけとは考えられん。とすればレファノスとメルグレインへの同時侵攻の可能性は十分にある。である以上、こちらに戦力は割けん」
それに対し、淡い期待を抱くようにソラが言った。
「でも、もし本当にそうなるとしても、前回の戦いで〈裂砂の爪〉だって半壊してるんだろ? 逆に戦力を分散させてもらった方が各個撃破しやすいって思うんだけど」
「確かにお主の言う通りじゃ、戦力を分散させて攻め入ってくれればこちらもやり易い。じゃが、だとすれば奴はそうしない」
翼羽の矛盾を孕んだ答に、誰もが言葉を失った。
「奴は今日動く、そして奴は〈寄集の隻翼〉と〈因果の鮮血〉を同時に攻撃する、しかし奴は〈裂砂の爪〉の戦力を分散させない。とすれば導き出される答は一つじゃ」
するとその場が静寂に包まれ、翼羽の言葉を待つ全員が固唾を飲んだ。
「相互不介入条約の破棄、奴は自分に賛同する騎士師団を従えて侵攻してくる可能性がある」
「なっ!」
それを聞いた各々の混乱が、今度は静寂を破る。また、カナフが先陣を切り翼羽に苦言を呈した。
「翼羽団長、先程から聞いていればそれは単なる予想や勘の類に過ぎないように感じられるが……それはシェールの影に怯え、シェールに踊らされている事にならないか?」
「阿呆、わしを誰だと思っておる? わしがあのような奴に怯える程焼きが回っているように見えるのか?」
「それは……」
すると翼羽は、真剣な眼差しと神妙な面持ちで続ける。
「奴は来る、必ずじゃ!」
※
場面は琥珀の空域、ディナイン群島、元王都リデージュ島。王城の格納庫にて、シェールはアパラージタに搭乗し、笑みを零す。
双眸を輝かせ、六本の推進刃から放出される刃力で金色の騎装衣を形成させるアパラージタ。
「さあ、運命の刻限だ……ここで全てが終結し、ここから全てが始まる」
シェールはアパラージタと共に空へと飛び立ち、同時にタルワールとシャムシール、計百五十騎のソードが空へと飛び立った。
結果的に翼羽の読みは殆どが的中していた。そう……殆どである。ただ一つ、読めなかった事があるとするならば……
そして、琥珀の空域攻略戦での激闘は、これから始まる決戦の序章に過ぎなかった。
オルスティア歴171年、後に”煉空の粛清”と名付けられ、歴史に大きく刻まれる事となるその戦いの火蓋が、今切って落とされようとしていた。
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