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206話 音も無く近付く闇

 統一戦役の始まり、エリギウス王国が各国に戦争を仕掛け、各国はそれに抵抗した。イェスディラン王国もその一つだった。


 しかしまっさきに強襲を受けエリギウスに統一されたのがイェスディランだった……九年前の事だ。シーベットはその時まだ齢四であった。その為、当時の記憶はシーベットにはあまり無い。だが母と父、そして六つ上だった兄の優しい笑顔だけはしっかりと覚えていると、シーベットは言いながらかつての記憶を蘇らせた。



《ヴァルトゥオーサ、シーベルティア、二人とも父の話をしっかりと聞きなさい》


《ヴァルトゥオーサ、シーベルティア、イェスディランの未来はお前達二人にかかっている、お前達兄妹が手を取り合って、この国を守っていくんだぞ》


《はい、父上。シーベルティア、僕達は父上と母上の子であるというその名に恥じぬよう、二人で頑張っていこう》


《はい、あにうえ!》



 そして統一戦役開始から一年後、エリギウス王国との決戦の日。シーベットの父であるエギルレーツェ王は宝剣ドラグヴェンデルを駆り、レオ=アークライトの駆る宝剣と戦った。


 しかし激闘の末エギルレーツェ王は敗れ、イェスディランは統一されてエリギウス王国の一部となった。


 シーベットの母である王妃はシーベットの兄であるヴァルトゥオーサにスクラマサクスを、ソードを操刃出来ないシーベットには、イェスディランの守り神として代々仕えてきたというシバと、ヒポグリフを与えて国から逃がした後、戦いに巻き込まれて死んだ。


 そしてエリギウスの騎士達は、命からがら国を脱出しようとするヴァルトゥオーサとシーベットの行方を、血眼になって追った。捕えて処刑する為に。


「しょ、処刑って、何でそんな……」


 シーベットが語る壮絶な過去に、ソラは呆然としながら問う。すると、それにシバが答えた。


「統一された側の王族は処刑されるのが常識だ。復讐、反逆、生かしておけば将来脅威となる可能性があるからな」


「でも父上は事前に、ある人物に兄上とシーベットの救出を依頼していた」


「それってもしかして」


「だんちょーとお髭だ」


 翅音しおん竜殲りゅうせんの七騎士の一人でイェスディランの英雄でもある。そのため翅音しおんは、大陸浮上後も密かに代々イェスディラン国王達と親交を深め、(きた)るべき決戦に備えていた。


 エギルレーツェ王もその一人だった。だが当時〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉は未だ準備不足で、エリギウス王国に対抗するだけの力は持っていなかった。


 その為エギルレーツェ王は、もしエリギウスとの戦争が起こった際は、ヴァルトゥオーサとシーベットを月長(げっちょう)の空域の端にある隠れ島で保護するようにと約束を取り交わしていたのだと、シーベットは語る。


 その話を聞き、ソラはある程度確信してしまった。今ツァリス島に……〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉にシーベットの兄であるヴァルトゥオーサが居ないという事はつまり、そういう事なのだと。


「そして……兄上と一緒に隠れ島を目指していた時、エリギウスの追手が現れた。カットラスが十騎、すぐ背後まで迫って来ていた」



《行けシーベルティア。僕が奴らを食い止める》


《でも、でも、あにうえ》


《もたもたするな! 父上と約束しただろ! 僕達でこのイェスディランを守るんだと。僕がお前を守る、だからお前がいつかイェスディランを取り戻すんだ! シバ、シーベルティアを頼んだぞ》


《……御意》



「それが兄上と交わした最後の言葉だった。泣きじゃくりながら、シーベットはシバさんと一緒にヒポグリフに乗って突き進んだ。怖かった、不安だった、でも雲を突き抜けてやがて隠れ島に辿り着いた。そして後からそこに到着しただんちょーとお髭に保護されて、ツァリス島に連れられたんだ」


「…………」


「それから、シーベットを育ててくれたのはだんちょーとお髭、そしてシバさんだ。それにプルルンもエイリャンも狙撃男も盾男もぱるにゃも、シーベットと家族のように接してくれた。シーベットはいつか必ずイェスディランを取り戻す。でも今は、それと同じくらい皆の為に戦いたいって、そう思うんだ」


 シーベットが語る過去と、心の内。衝撃を受けるのと同時、ソラは、子供ながらいつもぶっきらぼうで、あまり感情を表に出さないシーベットに強い親近感を覚えるのだった。


「そっか……じゃあシーベット先輩も俺と同じなんだな」


「え?」


「俺も、今は皆の為に戦いたいって思うから……いや、気付いたから。でも……だからこそ悔しいんだ」


 ソラは強く拳を握り締めて言った。


「立ちはだかる壁が越えられずに、立ち止まっている自分に」


「……おソラ」


「シーベット先輩は俺の事を羨ましいって言ったけど、俺は未だに竜域に入れないから諷意鳳龍院(ふういほうりゅういん)流だって会得出来てないし、団長にはまだまだ追い付けないし、今回だってシェールと戦ってたら多分殺されてた。……俺だって弱いよ、弱いからこそ足掻くんだ」


 ソラの真っ直ぐな眼差しとその言葉に、シーベットは衝撃を受けたように目を見開いた後、そっと伏せる。


「そうか……そうだな」


 そして何かに気付かされたように、その言葉を胸に刻みながら、シーベットはゆっくりと目を閉じて返した。


 すると、シーベットはふと沸いた疑問をソラへ投げかけた。


「ところでふと気になったんだけど……おソラはエルと戦う事になったらどうするんだ? 皆を守る為に倒すのか?」


「いやそれは無理!」


 不意に放たれたシーベットの、核心に迫るような問いに、ソラは間髪入れずに返した。


「だってエルは俺の恩人だよ、そんな事出来るわけ無いだろ」


「じゃあエルが皆を殺そうとしたらどうするんだ?」


 続けざまのシーベットの問いに、腕を組みながら困ったように下を向いてぶつぶつと呟くソラ。


「ぜ、全然考えてなかった。うーんどうしよう、いや全力で止めて……お願いするしか……聞いてくれるかな……いや……いざとなったら土下座でも何でもして」


「おソラ、お前の戦闘記録映像見たけど『敵なら倒す』きりっ! とか言ってなかったか?」


「それはそれ! これはこれ! うちはうち! よそはよそ!」


 シーベットの手厳しい指摘に、ソラは開き直ったように返す。そんなソラを見て、思わずシーベットは微笑んだ。


「なんだそれ、おバカな奴」


 初めて見せるシーベットの子供らしい無邪気な笑顔。ソラは思わずほっこりとした顔で頭を撫で回した。


「やめろ、もふるな! 後輩のくせに!」


 しかし、ソラは勢いではぐらかしたその答が、いつか出さなくてはならない事を思い知る。逃げていた、気付かないふりをしていた。もしいつかその時がやってきたら……必ず出さなくてはならない答があるという現実を。





 場面は変わり、イェスディラン群島、瑠璃の空域にあるイルザガルバ島。


 イェスディラン群島らしく氷雪に覆われたその島は、晴れた昼であるにもかかわらず薄暗く、空には瑠璃色の光のカーテンが揺れていた。


 その島には第四騎士師団〈風導(かざしるべ)(たてがみ)〉の本拠地があり、島の中央には氷を纏った青白く美しい城塞がそびえ立つ。


 その城塞の玉座の間に、シェールの姿があった。とある目的の為に、シェールは一人奔走していたのだ。


 そしてシェールが相対しているのは、腰まで伸びた銀髪と先端の尖った耳、中性的な顔立ちの美しい青年。左胸に竜の(たてがみ)を抽象的に描いた紋章を刻む、名はヴァーサ=フィッツジェラルド。三殊(さんしゅ)神騎(じんぎ)に最も近いと称される〈風導(かざしるべ)(たてがみ)〉師団長である。


「で、この話はどうかなヴァーサ君?」


 ヴァーサに対し何かを持ちかけるシェール。ヴァーサはしばし考え込んだ後シェールに問う。


「相互不介入条約の破棄、僕があの時賛成したからこの話を持ち掛けたのか?」


「うん、そうだよ。だってこのままレオの言う事聞いてちんたらやってたらいつまで経ってもこの戦争は終わらない、いつまで経っても君の目的は果たされない、だからこそあの時君は手を挙げたんだろ?」


「…………」


「それに、琥珀の空域防衛戦にて、奴らは戦争の三禁忌を破ってリデージュ島の民を虐殺した。これは許されざる行為だ。これ以上奴らを放置する事が君の中の正義、秩序を守るって事なのかい? ヴァーサ=フィッツジェラルド君……いや」


 シェールが口の端を上げて続ける。


「ヴァルトゥオーサ=ラニヤ=イェスディラン」


 それを聞き、ヴァーサは表情を僅かに強張らせて返す。


「その名は捨てた。今の僕は第四騎士師団〈風導(かざしるべ)(たてがみ)〉師団長、ヴァーサ=フィッツジェラルドだ」


「はいはい、そういうつまんない御託はどうでもいいからさあ、やるのやらないの? 悲劇を終わらせる事が出来るのは今この瞬間、そして僕達だけなんだよ」


 するとシェールの問いに、ヴァーサはゆっくりと口を開き答を返す。



 闇は少しずつ、音も無く、静かに歩みを進めていた。

206話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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