198話 プルームの決意
そしてパルナから翼羽の元に緊急報告が入る。
『緊急報告、ジョワユーズが撃破されディオン=バルバストルが討死、リーンハルト=フェルザーも騎体が半壊し撤退を開始。そしてアパラージタが物凄い速度でこっちに向かってるわ』
それを聞き、翼羽が顔色を変えプルームへと伝声を行った。
「くっ、ディオン殿とリーンハルトが敗れた……プルーム!」
『うん』
「間もなくシェールとアパラージタがこちらに来る、準備はいいな?」
『勿論だよ』
決戦が迫っている事を確信した翼羽は叢雲に腰の鞘から羽刀型刃力剣を抜かせ、プルームもまたアロンダイトに臨戦態勢を取らせた。
次の瞬間、城下町の最奥に黒い空間の歪が出現し、そこに突如アパラージタが出現する。更には、アパラージタの両腰部に備わった副腕を広げるように構え、その鋭い爪が光り輝いた。そして、副腕の爪から光の刃が出現し、彼方まで伸長する。
その聖霊騎装は、アパラージタに装備された竜咬式聖霊騎装。名を展開式竜咬刃力爪と言った。
「アパラージタ! シェール、あやつまさか――」
翼羽が、シェールがしようとしている事を悟り、驚愕の表情を浮かべる。
「地上部隊全騎に告ぐ、すぐに退避――」
しかし翼羽が地上部隊に向けて緊急退避の警告をした瞬間、アパラージタは副椀を交叉させ、展開式竜咬刃力爪の光の爪が地上部隊のソード、〈裂砂の爪〉のソード、そして城下町の民家を斬り裂く。
そしてアパラージタの放った一撃で、東方進撃地上部隊と〈裂砂の爪〉の騎士、リデージュ島の民五十名以上が命を落とした。
立ち込める炎と爆煙の中で、双眸を輝かせながら立つアパラージタは正に悪魔の如き姿であった。
「何という……事を」
目の前の光景に、怒りを募らせ、歯を軋ませる翼羽。
「何で? 何でこんな事……」
衝撃的な光景を目の当たりにし、茫然とするプルーム。
「う、嘘だろ?」
ラナと戦い合いながら、突如斬り裂かれ、城下町の一部が崩壊するのを目撃し、唖然とするソラ。そして地上部隊を担当していたカナフを心配し伝声をする。
「カナフさん、平気か!?」
『ああ、何とか回避した。しかし一撃で部隊が半壊した……神剣の力とはこれ程のものか』
すると直後、翼羽の叢雲とプルームのアロンダイトの前に黒い空間の歪が出現し、そこにアパラージタが現れる。
『やあ久しぶりだね、ヨクハ……会いたかったよ』
翼羽の叢雲に、シェールからの伝声と伝映が送られ、翼羽は堪らず憤慨した。
「貴様、自分が何をしたか分かっているのか!?」
『え、何が?』
「何故、あんな事をした! 貴様が斬り裂いた民家にはリデージュ島の民がまだ残っていたのではないのか!」
『ああ、あれね』
シェールは嘆息しながら悲しい目をして続ける。
『でもあれをやったのは君達だろ?』
「な……に?」
『君達が攻めてこなければこんな事にはならなかった。つまり全ての責任は君達にある、君達がリデージュ島の民を殺したんだ。あーあ戦争の三禁忌破っちゃったね』
シェールの発言で、翼羽は爆発しそうな怒りを内に収めた。そして、心を無にし竜域へと入ると、その瞳孔が竜の如く縦に割れる。
「フリューゲルの言う通りだった、お前はこの空を脅かす権化だ……ここで必ず殺す」
叢雲が羽刀型刃力剣を霞に構え、それを見たプルームがアロンダイトの両腰の思念操作式竜咬刃力弾を起動させようとした。
しかし、翼羽から発せられる凄まじい気迫を受けながら、シェールはくすくすと笑いを漏らした。
『その雲の神剣だけじゃこのアパラージタは倒せない、君の雲の宝剣だけでも同じ事だ。だから僕を倒す為にきっとたくさん考えたんだよね、僕を倒す為にきっとたくさんたくさん練習したんだよね……二人で協力して、二人で手を取り合ってってさ、でもそれが全部無駄になるとしたらどんな気分?』
直後、シェールとアパラージタの額に剣の紋章が輝くと、アパラージタとアロンダイトの色が消え始め、白黒になっていき、異変に気付いたプルームが伝声器越しに叫んだ。
『だ、団長!』
それはディオンの竜殲術“血闘”の能力であり、シェールは自身の竜殲術“搾取”の力でそれをコピーしていたのだった。
「貴様!」
シェールの目論見を理解した翼羽が、叢雲で突撃し、アパラージタに向けて斬撃を放つ。しかし、その一撃はアパラージタを擦り抜け、空を斬る。
「私を擂り潰したいんじゃなかったのか!?」
『うんそうだよ。でも僕が本当に擂り潰したいのは君の心だ。だからそこで指を咥えて見ててよね、君の大切なものが壊れていく様を』
「くっ!」
すると、晶板に映し出されたプルームは、心配するなと言わんばかりに翼羽に精一杯であろう笑顔を見せた。それを最後にプルームからの伝映は途絶えた。
白黒になったアロンダイトとアパラージタが、翼羽の目の前で対峙しているのが見える。
そして、パルナから翼羽に伝声が入る。
『団長、一体何があったの? アロンダイトの反応が消失、プルームとの伝声も出来ない』
二人の戦闘に介入出来ない翼羽は竜域を解除し、口惜しそうな様子で返した。
「……アロンダイトは今、シェールがコピーしたディオン殿の能力でアパラージタとの一騎討ちを強制された」
『なっ! ……じゃあプルームがシェールを倒さない限りプルームは――』
その先を言い淀むパルナ。
『どうするの団長?』
「……どうにも出来ん」
『そ、そんな』
「“血闘”が発動した以上、二人の戦いに介入する事は出来ん」
操刃柄を握る両手を震わせながら翼羽は悔い、自分を責めた。こうなる事を想定していない訳ではなかった。
しかしこの状況になるには、シェールがディオンとリーンハルト達の元に最初に向かう事、ディオン達がシェールに敗れる事、シェールがディオンの能力をコピーしてしまう事、シェールが能力を発動させ一騎討ちの相手に自分ではなくプルームを選ぶ事、その全てが最悪の方向に転ばなければならなかった。だがその見通しの甘さが今の状況を招いたのだと。
そして本当に最悪の結末とは、プルームがシェールに敗北する事。だがその結末はまだである。翼羽は顔を上げ、自分を奮い立たせる。
「プルームは今恐るべき敵と一人で戦っている。わしに出来るのはプルームを信じてやる事だけじゃ……そしてわしが今やるべき事はこの攻略戦の勝利の為に尽力する事」
『団長……うん、そうだね』
「現在西方進撃部隊は将を失い、東方進撃部隊は神剣からの絶大な攻撃を受け、部隊は混乱し、士気も奪われ攻めあぐねている。今一度わしが全部隊の指揮にあたる、パルナは戦況を再度確認しろ」
『うん!』
――一緒に戦ってあげられなくてごめん……待ってるから……だから必ず帰ってきてプルーム。
翼羽の願いと共に、東方西方共に進撃は再び開始された。
一方、“血闘”により世界と隔絶され、シェールとの一騎討ちを強いられたプルームは、色が無くなった周囲の様子を伺っていた。
――事前に聞いていたけど凄い能力。そこに団長が居るのに声も届かない、触れる事も出来ない。伝声も伝映も遮断されてる。そして私とシェールにだけ色がある。お互いがお互いにだけしか干渉出来ないって事なんだ。
すると、シェールからプルームに向けて相互伝声と伝映の許可を求められた。
『やあ、アロンダイトの操刃者さん』
プルームはそれを許可し、互いに伝映と伝声を行う。
「……シェール=ガルティ」
『おっ、君はあの時の物体を操る女の子じゃないか、久しぶり! そっかそっか、君がアロンダイトに選ばれた操刃者だったんだね』
先程の民家や味方に対する攻撃も、そして以前エイラリィ達を傷付けた事も、まるで覚えていないかのように気さくに振る舞うシェールに対し、プルームは怒りを募らせる。
「何故あなたは、考えも無く、戸惑いも無く、躊躇いも無く他人を傷付ける事が出来るの?」
その問いに対し、シェールはこめかみに指を当てて考える仕草をしてみせた。
『うーーーん、じゃあ君はさ、歩いていてうっかり地べたを這う虫を踏み殺しちゃったとしたら、ずっと引きずって、ずっと後悔して、ずっと落ち込んだりするの? しないだろ? つまりはそういう事だよ』
シェールの出した答に、プルームは失望したように、そして拒絶するように返す。
「もういい、もうこれ以上あなたとは話していたくない」
『あはあ、嫌われちゃった……悲しいなあ』
言いながらシェールは、刃力剣を右手で構え、戦闘態勢を取った。
『それじゃあ仕様が無いじゃないか、殺し合うしかさあ』
瞬間、空間が歪む錯覚を見せる程に凄まじい狂気と殺気がシェールから溢れ、プルームに纏わり付いた。
――大丈夫、もう怖くない。
しかしプルームは顔色を一切変えず、戦闘態勢を取る。そして額に剣の紋章を浮かび上がらせた。そこには動揺も恐怖も存在していなかった。
――きっと団長は、私をシェールと独りで戦わせちゃったって、後悔してるんだろうなあ。でもね、私は独りだなんて思ってないよ。傍には皆が居てくれる、後ろでは団長が背中を叩いてくれてる、だから――
「あなたを倒す、シェール!」
『綺麗だよね……抱いた淡い希望が消え去る瞬間って』
そしてプルームのアロンダイトと、シェールのアパラージタ。“羨血の七剣”から約百六十年ぶりとなる神剣同士の激闘が、リデージュ島の空で開始された。
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