197話 守りたいもの
ソラの覚悟を伴った言葉と同時に、カレトヴルッフが刃力剣を正眼に構えた。
そんなソラを見て、カナフが言う。
『分かった、今お前に抜けられるのは痛いが、そいつを放置するのも危険だ。やれるだけやってみよう』
「頼んだ、カナフさん」
ソラはカナフに地上部隊の進撃を任せ、自身はラナとの一騎討ちを開始した。
そして互いに交叉する剣と剣、カレトヴルッフとシャムシールは空中に光の航跡を描きながら幾度となく激突する。
カレトヴルッフの擦れ違いざまの斬撃をいなすラナのシャムシールは、左腕の蛇をカレトヴルッフに襲い掛からせる。ソラはそれを騎体の回避運動で、左右に連続で躱しつつ刺突を繰り出す。
ラナのシャムシールはそれを瞬時の飛翔で上空へと回避すると、肥大化した腕での真向斬り。
「ぐあああっ!」
その膂力から繰り出される斬撃は正に必殺。斬撃を刃力剣で受け止めたものの、凄まじい一撃にソラのカレトヴルッフは地へと叩き付けられる。それにより激しく舞う砂塵。
しかし、ソラはカレトヴルッフに何とか受け身を取らせ着地していた、そしてすぐさま飛翔し、シャムシールと距離を取ったまま対峙する。
――何て斬撃……単純な威力だけなら俺よりも、団長よりも上。張り合うな、あいつの能力と正面からやり合うのは危険だ。拘る必要は無い、俺の持ち味を活かす為に持てる全てを使え。
ソラは、左前腕部に装着された盾の内側から刃力弓を射出し、カレトヴルッフに左手で掴ませて構えると、同時に右腰部に接続され背面に収納された炎装式刃力砲の砲身を展開させた。そして、炎を纏った光の奔流を放出させラナのシャムシールを狙う。
今は市街地戦ではなく空中戦。ラナは竜殲術の能力で翼を得た事で、ソラの土俵である空中戦へと上がって来た。であるならば、今度は砲撃を含めた射術が使用可能となる。
しかし正面からの砲撃、ラナは当然のようにそれを回避する。その直後、ラナのシャムシールが回避した場所に光矢が飛来する……いやしていたと言うべきか。ラナは避けきれず咄嗟に左前腕の盾で光矢を受け止めるが、その衝撃に僅かに怯んだ。
『うぐぅっ!』
ソラは砲撃と同時、シャムシールの回避方向をいくつか予測し、刃力弓から予め光矢を複数放っておいたのだ。
更に、騎体の推進を同時に行い距離を詰めており、光矢の衝撃で一瞬カレトヴルッフを見失ったシャムシールの側面を取る。
ソラのカレトヴルッフは右手に持った刃力剣からの連続斬撃、それをいなすラナのシャムシール、その間隙を利用し左手の刃力弓からシャムシールの頭部に向けて光矢を連射させるソラ。ラナは再度、左前腕に装着された盾で受け止めるも、その衝撃に耐えきれず盾が崩壊。
更に、ソラは再度右手の刃力剣から擦れ違いざまの斬撃を放つ。
『きゃああああっ!』
その一撃はナーガの頭部を切断し、切断された頭部が、ラナと共に悶えるかのような悲鳴を上げた。
以前エルのネイリングと戦った時に見せた射術と斬撃の近接複合攻撃、それによる怒涛の連撃はシャムシールの肥大化した右腕部では追い付けず、捌ききれなかったのだ。
再び距離を取り、対峙する両者。
「ハアッハアッハアッ」
この戦いにおいて押しているのは間違いなくソラであった。しかし地上戦での連戦、そして一騎討ちでの極限に研ぎ澄まされた集中力。その消耗は計り知れない。ソラは肩で大きく息を繰り返しながら、汗を滴らせる。
『お、お願いだから、ししし死んでくださいよ……あなたなんかに手こずらされたら、ままままたシェール師団長に失望される……こ、今度こそ必要とされなくなる、ま、また私という存在が死んでしまう』
「こいつ、シェールに洗脳でもされてるのか?」
シェールに……否、シェールに捨てられる事に対し異常に怯えるようなラナの言葉に、怨念めいたものを感じ、呟くソラ。
『せ、洗脳!? ち、ちち違います!』
しかし、心外だと言わんばかりにラナは頭を大きく振った。
『ああああなたなんかに分かる筈が無い。私がこれまでどんな目にあって来たか、私にとってシェール師団長がどれ程大きな存在か』
※ ※ ※
十二年前のあの日、私は両親に殺された。そして私は――
※ ※ ※
「あ、大丈夫です。別に語らなくていいからそういうのは」
すると突然、ラナの語りを遮るソラ。そんなソラとラナに、本拠地でやり取りを聞いていたパルナが思わず割って入った。
『う、嘘でしょ! 他人の過去回想キャンセルした! あんた鬼なの!?』
「え、いやだってそんなの聞いても暗くなるだけだし……」
『た、確かにそうね。いや、それはそうなんだけど、でもなんかこう――』
釈然としない様子のパルナであったが、ソラはおどける様子も無く続けた。
「それに俺は、戦う相手の心に寄り添ったり出来る程強くない。俺は俺の守りたいものを守るので精一杯だ。だから悪いけど情けはかけられない」
『……ソラ』
ソラはカレトヴルッフが持つ刃力剣を霞に構えさせながらラナに言い放つ。
「敵なら倒す、それが嫌なら退け!」
『ひ、退ける訳ないじゃないですか、しぇ、シェール師団長だけが私を見てくれた、シェール師団長だけが私を必要としてくれた。だ、だから私はシェール師団長の為に、ま、負ける訳にはいかないんです!』
互いの信念と信念、想いと想いがぶつかり合い、交錯する。そして……決着の時は近付いていた。
一方、西方の空は不気味な静寂に包まれていた。
ディオン、リーンハルトとシェールの戦いは既に終わりを告げていたのだった。
周囲に色の無い世界で、両腕部を失ったディオンのジョワユーズがシェールのアパラージタに装備された盾付属型聖霊騎装、炎の聖霊の意思による剛力と土の聖霊の意思による硬化を組み合わせ、捕縛した対象を圧殺する、捕縛式圧殺牙に胴を挟まれ完全に身動きを封じられていた。
『はい、という訳で噛ませ犬でしたっと』
シェールは嘲笑しながら言い捨てた。
「ば、馬鹿な……この俺が子供扱い……こんな筈は!」
圧倒的な実力差に絶望したように項垂れながら漏らすディオン。すると自身の騎体を挟むようにして捕えている牙が閉じ始める。
「ぐあああああっ!」
左右の操刃室の壁が徐々に狭まり、遂には騎体だけではなく自身の身動きまで出来なくなるディオン。
『ほら、死が迫ってるよ? そこまで迫ってるよ? ねえ、どんな気持ち? 今どんな気持ち? あはははははは』
「こ、この悪魔め……き、貴様はいつか必ず地獄に堕ちるぞ!」
『ん? 地獄に堕ちるって? 僕が? え、何で何で?』
ディオンの捨て台詞に対し、シェールは本気で腑に落ちないと言った様子で首を傾げてみせた。
『いやいや、悪とか正義とか誰が推し量るのそれ? 君のただの主観でしょ? っていうかそういうのってさあ、自分より優れている存在、恵まれている存在が少しでも不幸であってほしいっていう弱者共の脳内願望でしかないよね』
捕縛式圧殺牙の牙を閉じながらシェールは尚も続ける。
「死ねば皆等しく肉の塊になる、死ねば皆無へと還る。善人も悪人も等しく全部一緒くた、ノーカウント完全リセットさ。なら生きてる内にやりたい放題やった方が得ってものじゃない? ねえねえ聞いてる?」
ジョワユーズの操刃室は完全に圧し潰され、鎧装甲から血が滲み出ていた。
「あ、もう死んじゃったかあ」
するとシェールは完全に器能を停止したジョワユーズを宙に放り投げ、腹部を刃力剣で切断し爆散させた。
同時に周囲の色が戻り、ディオンの竜殲術“血闘”による世界との隔絶が解除される。
「旦那あああああ!」
ディオンが討ち取られたのを見たリーンハルトの叫びがこだます。そしてそこには、右腕部と左脚部を失い、半壊した状態のナーゲルリングの姿が在った。
そして“血闘”が解除され、色を取り戻したアパラージタを見ると、リーンハルトは即座に撤退を開始した。この状況で戦闘を継続しても勝ちの目が無い事は明らかであるからだ。
「くっ、悪いなヨクハちゃん……こりゃ無理だわ、悪いけど後は頼む」
西方進撃部隊、ディオン=バルバストル討死。リーンハルト=フェルザー撤退。これにより、〈裂砂の爪〉空翔部隊及び地上部隊が勢いを取り戻し、西方進撃部隊は苦戦を強いられる事となる。
「はあ、こっちは正直期待外れもいいとこだったな……まあいいか。じゃあ今度こそ、君の元に行くからね」
ディオンを討ち取ったシェールは、今度は東方に向かいアパラージタを飛び立たせた。
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