196話 魔をまといし者
場面は変わり東方進撃部隊。
パルナからの緊急報告が翼羽へと入った。
『緊急報告、アパラージタに動きあり。現在西方の空にてディオン騎ジョワユーズとリーンハルト騎ナーゲルリングと接触後、ジョワユーズと共に探知器から突如消失。ディオンがリーンハルトの援護を受けてシェールと交戦中だと思われるわ』
その報告を受け、翼羽が歯を軋ませた。どちらの可能性も考慮していたとはいえ、シェールは真っ直ぐに自分を狙ってくるのだという確信があったからだ。
「目論見が……外れたか」
続いて、翼羽と共に部隊の最後尾で待機中であるプルームからの伝声が入る。
『団長、事前にこうなった時の行動は聞いてたけど本当にディオンさん達を援護しに行かなくていいの?』
「うむ、ディオン殿が竜殲術を発動したとなればリーンハルト以外は援護が出来ん。奴らの戦いがどう転ぶかは分らんが、どちらにせよわしらは引き続き待機じゃ」
『……うん、了解』
一方、東方の城下町に身を隠しながら、〈裂砂の爪〉部隊の指揮を行っていたラナは、焦燥の念に駆られていた。
総力を用いながら、東方西方からの進撃に対し遅れを取り、主力量産剣であるタルワールを四十二騎、シャムシールを三十五騎、計八十騎近くもの戦力を失っていたからだ。
敵には聖衣騎士が六人もおり、更には神剣も控えている。空戦においては綿密に練ったであろう敵の連携もさることながら、地上戦においては部隊を城下町に配置し地の利を得ているにも関わらず、敵に圧倒されていると言わざるを得ないこの状況は、ラナにとってあまりにも想定外であった。
特にラナにとって脅威であったのは、以前の攻略戦の時にはいなかった騎体。白刃騎士が操刃しているのであろう白き宝剣は、味方の援護を得ながら、恐るべき斬撃で新型量産剣を一騎、また一騎と斬り裂いていく。
「あ、あああれを、あれを落とさないと、早くあれを落とさないと!」
東方における……否、ラナにとってこの防衛戦で一番の脅威として映ったのは白い宝剣――つまりは、カレトヴルッフであった。
場面は変わり、東方進撃地上部隊。
マインゴーシュからの援護射撃と、ベリサルダを操刃するデゼルからの援護防御を受けつつ、ソラはカレトヴルッフでの突撃を繰り返した。
民家の陰に隠れた状態の敵からの射撃は厄介だが、懐に入りさえすれば問題無く撃墜出来る。
突撃と撤退、ソラはヒットアンドアウェイとも取れる戦法を繰り返しながら、敵の数を順調に減らし、東方の地上部隊を進撃させた。
「ハアアアアッ!」
ソラのカレトヴルッフは民家の間を縫うように低空飛行し、民家の陰に潜むシャムシールの背後を取ると、擦れ違いざまに胴を薙ぐ。更には砂塵を舞わせて騎体を旋回させ、別の民家の陰に潜むシャムシールの腹部を刺突し、瞬く間に二騎を撃墜させてみせた。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ!」
――斬れるけどやっぱり硬いな、一騎落とす度に消耗する……けど、このままいけば。
疲弊しながらも、ソラが東方の地上を制圧出来ると見込んだ次の瞬間。
城下町の最奥、突如視線の先に他とは若干形状の違う一騎のシャムシールが出現した。
そのシャムシールは腰部に接続された殲滅式刃力砲の砲身を左右同時に展開し、前方に向けていた。更には左右の砲身の間に強大な光が収束していく。
『あ、あああれを、あれを落とさないと、早くあれを落とさないと!』
――刃力共鳴式聖霊術砲!
考えるよりも先に体が動いた。その一撃を許せば間違いなく部隊と城下町に甚大な被害をもたらす。ソラはカレトヴルッフによる刃力放出を爆裂させ、一気にシャムシールとの間合いを詰めた。
そして一閃、展開される二つの砲身を下方からの振り上げによる一撃で斬り落とし、ラナの切り札である殲滅共鳴式刃力砲の発射を阻止した。
続けてソラは、振り上げた刃力剣を返す刀でシャムシールに向けて振り下ろす。
しかし、シャムシールは咄嗟に左腰の鞘から刃力剣を抜き、その一撃を防いだ。互いに交叉する刃力剣からギリギリと金属が軋む音が鳴り響く。
そしてソラにパルナからの伝声が入る。
『ソラ、そのシャムシールは形状も性能も他のものとは違う、操刃してるのは恐らく敵の副将よ』
それを聞き、ソラは鍔迫り合いを行いながら姿の見えない敵騎士をシャムシール越しに睨み付け、伝声と伝映を送った。
「何でこんな場所で砲撃なんてしようとした? ここはあんた達が守るべき場所じゃないのか!?」
『う、うううううるさい、あ、あんた達さえ来なければ……あ、あんた達さえいなければ!』
そのシャムシールを操刃するのは〈裂砂の爪〉副師団長ラナ=ディアブであり、何かを恐れるように、何かに追われるように、そして怒りと焦りを顕わにするかのようなラナの声にソラは少しだけたじろいだ。
――長く留まりすぎた、敵が集まってくる、一旦空に退避を。
直後、ソラはラナとの鍔迫り合いで発生した硬直時間を危惧し、鍔迫り合いを中断すると、一旦カレトヴルッフを空中へと浮遊させ、ラナのシャムシールとの距離を取る。空中では空系統である光属性のカレトヴルッフに分がある、敵の地上部隊戦力が減退した今なら、集中砲火の心配もそれほどなく、ソラとカレトヴルッフにとっては一時的な安全地帯とも言える場所――の筈だった。
すると、ラナは伝声器越しにぶつぶつと呟き始め、その不穏な様子にソラは怯む。
『な、ななな何で、何で、じゃ、じゃまじゃま邪魔するんですか? わ、私はただ、私はただ必要とされたいだけなのに……わ、私はただ、私を見ていてほしいだけなのに』
そして続けざま放たれる殺意が、ソラに怖気を走らせた。
『嫌だ……このままじゃ、シェール師団長に……嫌だ……そんなのいやあああああ!』
「なっ!」
更に、ラナの操刃するシャムシールの額に突如剣の紋章が出現すると、騎装衣の色が銀色から金色へと変化する。それを見て驚愕するソラ。
「額に剣の紋章、それに騎装衣の色が変わった」
ーー覚醒したのか? 戦いの中で聖衣騎士に!
銀衣騎士であったラナは聖衣騎士覚醒の因子……つまりは竜哮を持つ竜醒の民の血を引いていたのだ。そして激しい恐怖と怒り、凄まじい感情の起伏の中でその因子を覚醒させたのだった。
次の瞬間、ラナのシャムシールの背部に生物の翼が生えると同時、飛翔するカレトヴルッフとの間合いを一瞬で潰す。
『あああああああっ!』
――速い!
「ぐっ!」
推進刃からの刃力放出と、両翼の羽ばたきによる推進は、本来空中戦をあまり得意としないシャムシールに恐るべき空中戦闘能力をもたらした。
更にその速度から得られた突進力での斬撃を受け止めるソラのカレトヴルッフは、勢いを殺しきれず更に上空へと押し込まれる。
『は、はは早く、早く殺さないと、早く殺さないと!』
更に、刃力剣を持つシャムシールの右腕が筋骨隆々の岩のような腕へと変貌すると、元の腕部の倍程に肥大化したその剛腕でソラを弾き飛ばした。
「うぐぅっ!」
衝撃が体を駆け抜け、ソラは呻き声を上げながら空中で騎体を回転させつつ態勢を立て直し、再びシャムシールと対峙する。すると、シャムシールの左腕が巨大な蛇へと変貌し、先端の頭部が口を大きく開けカレトヴルッフを威嚇するような姿勢を見せた。
それらを見てソラは確信する。ラナが操刃するシャムシールの変貌。その翼、右腕、左腕はかつて見た記憶があるものばかりであった。
ソラがエリギウス帝国の騎士候補生だった頃、騎士養成所の座学にて、文献に記載されていたそれは、ディナイン群島に生息する魔獣のものであったのだ。
――あの左腕はナーガ、そしてガルーダの翼、岩のような右腕はウルリクムミか?
そしてソラはラナの能力を確信する。
――身体の魔獣化、それがあいつの能力なのか。
ソラが確信した通り、ラナに発現した能力とは自身の身体の一部を魔獣化させる、もしくは魔獣の部位を顕現させる能力であった。未だ名も付けられていないその竜殲術は、竜殲術拡張投射器能によりソード仕様に変換され、部位の魔獣化による性能の底上げをシャムシールにもたらしていた。
『レイウィング、平気か?』
ラナと交戦するソラに、後方で敵地上部隊への狙撃を担っていたカナフが伝声した。
すると、ソラはすぐにカナフに返す。
「カナフさん、敵の地上部隊を任せてもいいか?」
『なに?』
ソラはカナフに尋ねながら、先程ラナが町中で砲撃を行おうとした場面を思い出す。
《何でこんな場所で砲撃なんてしようとした? ここはあんた達が守るべき場所じゃないのか!?》
――自分が守るべき場所を破壊しようとした。いやそもそも守るべき場所ですらないのか。何かに怯えて? 憎しみに囚われて? だとしてもそんなものがこいつにとっての戦う理由なんだろ……なら――
「俺がこいつを討つ!」
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