195話 土の神剣アパラージタ
東方進撃部隊及び西方進撃部隊の空翔部隊と地上部隊、いずれも優勢的に戦闘を展開しており、ここまでは正に順調とも言える結果であった。そして戦況全体を見据える翼羽に、パルナからの伝声が入る。
『戦況報告。現在東方進撃部隊、敵騎撃破数は二十六、被撃破数は八。西方進撃部隊、敵騎撃破数は二十七、被撃破数は七。戦況は間違いなくこちらに分があるわ』
「……そうか」
パルナの言う通り、この攻略戦は〈寄集の隻翼〉と〈因果の鮮血〉陣営が間違いなく押している。そう……ここまではである。
神剣の力は戦況を一変させる。そして敵側の神剣であるシェールとアパラージタは未だ動きを見せていない。しかし神剣が動けばこの戦況など容易に覆る。そして、その時が近い事を翼羽は悟っていた。
王城前で待機しながら戦況を伺っていたシェールは、伝令員からの報告を受ける。
『戦況報告。現在、東方西方共に苦戦中、押し込まれつつあります。特に西方の地上部隊に居る一人の聖衣騎士が別格の強さを誇っています、しかし東方には初撃以来沈黙している神剣も控えています……こ、このままでは』
それを聞き、シェールは残念そうに目を伏せて大きく嘆息した。
「そっか、あれだけ言っておいたのにラナちゃんはまた役に立たなかったのかあ……じゃあ、もうあれはいらないかな」
直後、シェールは笑みを浮かべながら言う。
「それじゃ、ぼちぼち行こうかな……でもどっちからがいいかな? うーん……」
そして、口元に指を当てながらシェールは翼羽の顔を思い浮かべると、一人満面の笑みを浮かべた。
「よし、決めた」
次の瞬間、砂塵を舞わせながらアパラージタは空へと飛び立ち、とてつもない速度で目的地へと向かう。
場面は変わり、西方進撃空翔部隊。
リーンハルトは、恐るべき運動性を誇るナーゲルリングと、自身の竜殲術の能力、パンツァーステッチャー部隊への巧みな指揮をもって、ただの一度の被弾も許さないまま順調に西方の空を制圧しつつあった。
「ふう、いい感じじゃないのこれ」
その時、リーンハルトは背筋が凍り付くような錯覚と共に、何らかの攻撃が左右から迫ってくるのを感じ取り、咄嗟に竜殲術〈隔絶〉を発動させた。
その能力は、発動中に自身を現在居る世界から隔絶させるという能力である。世界から隔絶出来る時間は一瞬ではあるが、その間元の世界のあらゆる出来事は干渉する事が出来ない――つまり能力発動中は全ての攻撃をすり抜ける事が出来るということだ。
その能力により突如放たれた攻撃を回避するリーンハルト。そしてリーンハルトは見た。放射状に長く伸びた五本の鋭い光の爪が、左右からそれぞれ交叉し、後方のパンツァーステッチャー十数騎を一撃で撫で斬りにしたのだ。
光の爪に斬り裂かれ、バラバラになって爆散するパンツァーステッチャーを見た後、視線をその攻撃を放ったであろう一騎のソードへと向ける。そこには、黄を基調とした神々しい重騎士さながらの騎体が浮遊しており、腰に備えられた副腕を胸の前で交叉した姿勢で佇んでいた。
頬に冷汗を垂らしながら、リーンハルトが呟く。
「神剣アパラージタ……こっちに現れやがったかよ」
直後、アパラージタを操刃するシェールから、リーンハルトへ伝声と伝映が入った。
『やあ、初めまして弱者その一』
「おいおい、何でこっち来んだよ? 神剣が居る方に行けよな」
『いやあ、だってヨクハはきっと、僕が自分やアロンダイトと戦う事を望んでいると思うんだ……だったらその反対の事をやってあげるのが愛だろ?』
「はあ、いよいよ訳わかんねえな」
『相手のしてあげたい事をするのが愛なら、憎しみはその逆。でも愛と憎しみは表裏一体……だったらこれはもう愛って事だろ?』
言いながら、シェールは腰の鞘から、くの字に湾曲した幅広の刀身の刃力剣を抜く。
「聞きしに勝る変態ぶりだなおい、これ以上話してたらこっちまでおかしくなっちまうよ」
するとリーンハルトは肩をすくめながら、密かに口の端を上げた。
次の瞬間、斜め下方から光の奔流が飛来し、シェールのアパラージタに直撃した。それは、援軍に駆け付けたディオンのジョワユーズに装備された刃力核直結式聖霊騎装。光の特性を模倣させた闇の聖霊の意思を利用した砲撃を放つ、殲滅式刃力砲による不意の一撃であった。
「ナイス旦那」
しかし、殲滅式刃力砲の砲撃による爆煙が晴れると、そこには殆ど無傷の状態で浮遊するアパラージタの姿があった。
「刃力核直結式の一撃を受けてほぼ無傷だと……何という馬鹿げた装甲……これが神剣の力? ……いやそれとも他にカラクリがあるのか」
ディオンは結界も無しに砲撃を受け切ったアパラージタの常軌を逸した防御力を目の当たりにし、一人考察をしながらも、腰の鞘から刃力剣を抜いた。
「ふん、考察は不要か」
そして、一直線にアパラージタへと向かっていくと、振り下ろしの斬撃を放ち、アパラージタがそれを刃力剣で受け止め、互いに鍔迫り合いを行うような形へとなった。
「射術が通じぬなら剣で……どちらにせよ貴様は俺が喰らってやる」
『あはあ、やってみなよ弱者その二……まさか本気で出来ると思ってる?』
「無論だ、だからこの場に居る」
火花を散らし再び激突する両者の剣と剣。するとディオンの返答に対し、溜め息交じりにシェールが言う。
『人は誰しもが自分を特別だと思ってる、だから心のどこかでは自分は死なない、自分だけは大丈夫だと思ってしまう。でも違うんだよなあ、君達は生まれては死ぬ、生まれてきては死んでいくただのその他大勢なんだよ』
そんなシェールの嘲笑に対し、ディオンは一歩も退かずに返す。
「その、その他大勢が想いを紡ぎ、国を造り世界を造った!」
直後、ディオンとジョワユーズの額に剣の紋章が輝いた。するとシェールは激しい違和感を覚える。自分と自分の騎体、そして目の前のジョワユーズ以外の色が消え白黒となったからだ。
『へえ、何この能力?』
辺りを見回しながら不思議そうに問うシェールに、ディオンが答える。
「これは俺の竜殲術〈血闘〉の力。己と、己が選んだ相手を世界から隔絶させ、互い以外には干渉出来なくする。そしてこの能力はどちらかが死ぬまで解除される事は無い。つまりは強制的に一騎討ちへと持ち込む事が出来るということだ」
『強制的な一騎討ちかあ、自分の力によっぽど自信が無ければ発動出来ない能力だよね』
「当然だ、俺はこの力で貴様達エリギウス帝国の騎士師団長をこれまで三人討ち取って来た」
それを聞き、シェールが嬉しそうに破顔する。
『あはあ、なるほどそっかあ、君があの“闇を喰らう者”って訳?』
「それがどうした?」
『まさか生ける伝説とやれるなんて……思わぬ拾い物しちゃったなあ』
すると、互いに刃力剣を振り上げ、刃を交わせる両者。凄まじい炸裂音がその場に鳴り響き、風圧が互いの騎装衣を激しく揺らした。
直後、背後からの衝撃に怯むシェール。アパラージタは背部に何らかの攻撃を被弾していたのだ。
――攻撃? 一体どこから?
シェールがすぐに振り返ると、そこには刃力弓を構えるナーゲルリングの姿があり、更には白黒ではなく何故か色があった。
それを確認したシェールは、アパラージタの両肩部を開放し追尾式炸裂弾を発射。ナーゲルリングに向かって無数の炸裂弾が飛ぶ。しかし、ナーゲルリングはすぐに白黒になると攻撃がすり抜けた。
『あれえ? 僕と君、お互い以外は干渉出来ない筈じゃ無かったの? 話が違うんじゃない?』
――リーンハルトの能力は一瞬だけ自身を世界と隔絶する事……そして奴が隔絶された後の世界と、俺が能力を発動して隔絶された世界、そこは偶然にも繋がっている。つまりリーンハルトだけは能力発動中の俺達に一瞬だけ干渉する事が出来る。
「神剣相手だ、卑怯などとは言わせん」
次の瞬間、ディオンはジョワユーズでアパラージタに再び斬りかかり、その斬撃の衝撃を受け止めきれずアパラージタは後方へと弾かれた。更には、アパラージタの周囲を色の無い羽根状の刃が無数に飛び交っている。
凄まじい気迫を放つディオン、そして隔絶された世界という安全圏から援護攻撃の機会を伺うリーンハルト。二人が連携して自身を討ち取ろうとしている事を悟り、シェールは再び破顔した。
『あはあ、何だろう……何か少しだけ楽しくなってきたなあ』
直後、アパラージタの持つ刃力剣の刀身が突然三つに増えると、再び刃を交わせるシェールのアパラージタとディオンのジョワユーズ。そしてシェールと、ディオン、リーンハルトの激闘が開始された。
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