192話 決戦の火蓋
場面は橄欖の空域、オルレア島。
〈裂砂の爪〉によるツァリス島侵攻後、再侵攻に備える為、そこには臨時的に〈因果の鮮血〉の騎士及びソードが常駐していた。
そして、民家も軍事施設も無い、緑が鬱葱と生い茂るだけの小さな無人島には現在、琥珀の空域攻略戦に備え、百振りのパンツァーステッチャーと、百騎のマインゴーシュ、二百名の騎士が待機していた。
時刻は陸の刻。〈寄集の隻翼〉出陣の合図を受け、〈因果の鮮血〉もまたリデージュ島を目指し出陣を開始しようとしていた。
また、ディオンは愛刀であるジョワユーズの操刃室に、リーンハルトもまた愛刀であるナーゲルリングの操刃室に居た。
するとディオンは伝声器にてリーンハルトに声をかける。
「リーンハルトよ、この戦いは相応の覚悟をもって臨まなくてはならんぞ、理解しているんだろうな?」
『勿論だって……てか、珍しく随分とやる気満々じゃないの旦那』
「ふん当然だ、俺はルキゥール陛下の剣、相手があの三殊の神騎……そして神剣といえど敗北は許されん。それに〈寄集の隻翼〉などという矮小な騎士団に遅れを取る訳にはいかんからな」
『いやあ、頼りにしてるぜ旦那』
すると、ディオンは不意に、鋭い眼光のまま不敵な笑みを浮かべてみせた。
ーー“闇を喰らう者”の名にかけて、シェール=ガルティという闇はこの俺が必ず喰らってやる。
直後、ディオンは〈因果の鮮血〉全騎に向けて檄を飛ばす。
「目的地はリデージュ島、目標は琥珀の空域の奪取、そして敵はシェール=ガルティ率いる〈裂砂の爪〉だ。全騎士に告ぐ――レファノスとメルグレインの勝利の為、立ちはだかる敵を喰らいつくせ!」
その声と共に、ジョワユーズ、ナーゲルリング、そして二百騎あまりのソードが一斉に空へと飛び立つのだった。
※
場面は琥珀の空域、ディナイン群島、元王都リデージュ島の本拠地王城。その玉座の間の扉が勢い良く開かれ、玉座に座すシェールの元にラナが駆け付けた。
「しぇ、しぇしぇしぇシェール師団長!」
「そんなに慌ててどうしたのラナちゃん?」
鬼気迫るような形相のラナを見て、シェールはきょとんとしながら返した。
「レ、レレレ、レファノスとメルグレインからの、しししし進軍を確認しました。か、数はおよそ、にににに二百騎! こ、琥珀の空域に向かって真っ直ぐに向かってきます! も、もも目標は恐らくこのリデージュ島です」
すると、シェールは首を傾げながら尚もきょとんとした様子で言う。
「あはは、ラナちゃんは慌てん坊だなあ、奴らが攻めて来るのはもう分かってた事でしょ?」
「え、えっと……で、ですが、にに二百騎というのは〈因果の鮮血〉の全戦力の三分の一程、かかか確実に勝負を賭けてきていま――ひっ!」
「へえ、そうじゃなくちゃ面白くないな」
シェールは突然破顔し、不気味な笑みを浮かべていた。
「到達までの時間は?」
「お、およそ二時間です」
「了解了解、それじゃあ出陣準備をするとしようか、ラナちゃんは僕の名で民達へ通達の手配をして……このリデージュ島から脱出した者は死罪とするってね」
その後、王城に設置された格納庫にて、シェールを含む〈裂砂の爪〉の騎士達は、それぞれがソードへと搭乗していた。
ラナはシャムシールへと搭乗する。それは他のシャムシールと比べ鎧装甲が少しだけ追加され、肩部聖霊騎装や刃力核直結式聖霊騎装が変更された、副師団長特別仕様騎である。
そしてシェールは、黄を基調とした重装甲かつ一際神々しい四本腕の騎体、土の神剣アパラージタへと搭乗すると、ラナに伝映と伝声を送る。
『やあラナちゃん、部隊の指揮は君に任せるからね。とりあえず地上部隊は王城周囲と城下町へ配置して、後は適当にやっといて』
「は、ははははい」
『今度は信じていいんだよね?』
穏やかな笑みを消したシェールに冷たい声で問われ、ラナは冷汗と共に生唾を飲み込んだ。
「……はい」
『うん、大丈夫そうだね』
直後、シェールは再び穏やかな笑みを浮かべて返した。
するとシェールは操刃室の中で、恍惚の表情を浮かべながら悶えるように身体を震わせた。
ーー君も来ているんだろヨクハ? 感じるよ、君の存在を。はあ、やっと会える、やっと擂り潰せる……こんなに焦がれるなんてもしかしてこれってあれなのかな?
次の瞬間、アパラージタの双眸に光が灯り、背部に備えられた六本の推進刃から刃力が放出され、金色の騎装衣を形成させる。
「シェール=ガルティ――アパラージタ、出陣する」
そして神剣アパラージタと、〈裂砂の爪〉の全勢力、土の量産剣であるシャムシール百五十騎と、炎の量産剣であるタルワール百五十騎、計三百騎が出陣し配置に付くのだった。
※
一方、翼羽達〈寄集の隻翼〉はディオン、リーンハルト達〈因果の鮮血〉部隊と合流を果たし、リデージュ島を目指して翔ぶ。
『作戦の確認を行うわ』
すると、ツァリス島本拠地の伝令員パルナから伝声が入った。
今回の目標地は琥珀の空域にあるリデージュ島。元ディナイン王国の王都であるリデージュ島には王城が存在し、そこが第三騎士師団〈裂砂の爪〉の本拠地となっている。そしてリデージュ島には民間人が存在し、城下町には当然その民間人が暮らしている。敵の地上部隊が城下町に部隊を展開すれば、戦闘により民間人に多くの犠牲が出る。
それ故に城下町に展開された地上部隊への攻撃は、狙撃式刃力弓によるピンポイント狙撃、マインゴーシュに装備された凍結式刃力弓による凍結攻撃、白兵戦による攻撃のみに限定しこちらからの被害は決して出してはならない。
また、〈裂砂の爪〉の主力ソードはディナイン群島産の量産剣タルワール、そして新型量産剣のシャムシール。タルワールの属性は炎、近接における火力が高いソードであるがその分装甲は薄い。シャムシールの属性は土、とにかく重装甲で防御力に長けるソード、属性相性が劣るソードからの攻撃では分が悪い。そのため水属性のマインゴーシュを中心として動きを止め、狙撃騎士による狙撃か、属性相性が同等以上の白刃騎士による近接攻撃が要となる。
そして敵大将は三殊の神騎、狂騎士シェール=ガルティ、操刃するソードはアパラージタ。属性は土で、七振りの神剣の内の一つ。神剣には“竜咬式聖霊騎装”と“斬竜型刃力剣”と呼ばれる神剣毎に固有の特殊な武装を持つ。アパラージタと相対するのは翼羽とプルーム、もしくはディオンとリーンハルトのどちらかとなる予定であるが、油断をすればその戦いに巻き込まれる可能性もあると。
パルナは一拍置き、大きく息を吸ってから続けた。
『今回の戦い、今までの比にならないくらい厳しいものになると思う。でも必ず全員生きて帰ってきて……生きて帰ってこなかった奴は私が絶対に許さないからね!』
パルナに喝を入れられ、〈寄集の隻翼〉の全員が士気を上げた。
そして……翼羽達は遂にリデージュ島をその目に捉える。虚空に浮かぶ砂漠の島、照り付ける陽光に照らされ、時折静かに舞い上がる砂塵が空を琥珀色に染めていた。
「まもなく作戦領域内に進入、全騎戦闘態勢を取れ。ディオン殿、リーンハルト、西方は任せたぞ」
『ふん、貴様に指図されなくても分かっている』
『ヨクハちゃんの頼みなら、例え火の中水の中ってね』
続けて、部隊が二分され、翼羽達〈寄集の隻翼〉と五十騎のマインゴーシュから成る東方進撃部隊はリデージュ島の東側からの進撃を開始。
また、ディオンのジョワユーズとリーンハルトのナーゲルリング、そして五十騎のマインゴーシュと百騎のパンツァーステッチャーから成る西方進撃部隊は西側からの進撃を開始した。
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