191話 戦う理由
決戦当日、陸の刻。ツァリス島、〈寄集の隻翼〉本拠地格納庫にて。
「よし時間じゃ、全員ソードに搭乗しろ」
翼羽の合図で団員達は、各々のソードへと搭乗を開始する。
そして天井が開放され、上空に広がる空。それぞれが自身のソードの核へと刃力を注入し、動力を起動をさせた。
また、プルームは高鳴る鼓動を必死で抑えながら、一人緊張の面持ちで操刃柄を握り締めている。吹っ切れる事が出来たとはいえ、自身の双肩にこの戦いの命運が伸し掛かっている事実は変わりない。
プルームは深く目を瞑り、深く息を吸い込んだ。
――たくさん悔しかった、たくさん怖かった、でももう大丈夫。私は私に出来る事をやる、ただ自分らしく肩の力を抜いて、そしたらきっと……なるようになるよね。
プルームが覚悟と共に両目を開眼したと同時、アロンダイトの双眸が輝き、背部にある六本の推進刃から放出される刃力が金色の騎装衣を形成させた。
「プルーム=クロフォード、アロンダイト――出陣します!」
そしてアロンダイトは勢い良く空へと飛び立ち、それに続くように次々と他のソードも飛び立っていく。
すると未だ飛び立たず、動力すら起動していない状態のカレトヴルッフがそこにおり、最後に飛び立つつもりで残っていた翼羽はそれを見て嫌な予感を過らせる。
「お、おいソラ……お主わしを守るなどと大それた事を言っておいて、まさかまだカレトヴルッフを起動出来ておらんなどと言わんじゃろうな?」
対し、カレトヴルッフの鎧胸部を開放させ、言い辛そうな様子で口ごもりながら返すソラ。
「あーいやあ、実は言うとあれからまだ一回も起動出来るか試してなくて、はは……でもまあ今からやるから安心してよ」
それを聞き、固まる翼羽。
「は?」
「え?」
次の瞬間、二人の間に気まずい沈黙が流れた。
「な、なんじゃと!? お主ぶっつけ本番で今から起動させるつもりなのか?」
「いや俺って嫌な事後回しにしちゃうタイプなもんだから……ほら、今度失敗したら本気で立ち直れないって思ってたら、中々決心付かなくて」
後頭部を掻き、恥じらいながら打ち明けるソラに、翼羽はプルプルと小刻みに拳を震わせていた。
「こんの阿呆! こっちはお主が戦える前提で作戦を練っておるんじゃぞ! これでカレトヴルッフが起動出来なかったらどうしてくれるつもりなんじゃ!?」
「い、今からちゃんとやりますんで怒鳴らないでください」
叱咤され、狼狽えた様子でカレトヴルッフの鎧胸部を閉鎖するソラを見て、翼羽は溜め息を吐きながら叢雲の操刃室の中で一人漏らしていた。
ーー確かにここ数日忙しくてソラの事気にかけてあげる暇もなかったし、ちゃんと確かめておかなかった私も悪いけど……
そう言いながら翼羽は、四日前の手合わせの後の、ソラとのやり取りを思い返した。
《団長の事は……俺が守るよ》
「あの流れなら、もう大丈夫だって思うだろ普通!」
そして怒りと呆れが入り混じった表情で呟くのだった。
一方、カレトヴルッフの操刃室の中で、ソラは操刃柄をそっと握り締めた。
「……ふう」
緊張、願望、不安、覚悟、あらゆる感情を複雑に絡み合わせながら、凝縮された時間の中でこれまでの様々な事を振り返っていた。
自分の恩人であるエルを救いたいと願い続け、その為に追い続けたオルタナ=ティーバと再会し、再会したオルタナ=ティーバがエルであると知った事。
《お前が……エルなんだろ?》
そのエルが、既に自身の意志でエリギウスの騎士として戦っている事を知ったことで、己が戦う理由を失い、カレトヴルッフを起動出来なくなった事。
《あの頃にはもう戻れない、私は私の意志でここにいる。今の私はエリギウス帝国直属〈灼黎の眼〉オルタナ=ティーバだ!》
《理解しなくていい、君には関係のない事だと言っている。そして私は……私の目的の為だけに戦うともな。だから私の事はもう……忘れていい》
《――ああ……そうか。エルはもうとっくに自分の道を見つけて、とっくに救われてたんだ》
《俺の戦いは、ここで終わりにするよ》
――久々だ、怖いって感覚。怖い……何で? 拒絶される事が? 死ぬ事が? ……違う、俺は失いたくないんだ。
続いてソラは、ひょんな事からツァリス島に辿り着き、〈寄集の隻翼〉の一員となってからこれまでの事を振り返る。
〈因果の鮮血〉に入団するつもりでツァリス島に流れ着き、翼羽との賭けに失敗して雲の大聖霊石を失った。しかし諦めようとしていた筈の騎士として、〈寄集の隻翼〉に腰掛けで入団することになった事。
それから、第九騎士師団〈不壊の殻〉との戦い、オルタナ=ティーバとの邂逅を経て、正式に〈寄集の隻翼〉の騎士となった。そして語った己の過去に、全員が涙を流してくれた事。
プルーム、エイラリィ、デゼル、フリューゲルの過去、そしてパルナの過去を知り、自分と同じように背負っている物があると知った事。
プルームとフリューゲルに付き合ってもらいながら射術の訓練を行い、翅音から新しい聖霊騎装と助言を受け取り、ただの蒼衣騎士でしかなかった自分がいつの間にか騎士団長とまで渡り合えるようになった事。
翼羽から語られた衝撃の事実、そして翼羽が誰よりも重い過去を持ち、それでも足掻き、戦い続けていたと知った事。
戦う理由を見失い、カレトヴルッフを操刃出来なくなった後、三殊の神騎とまで呼ばれるシェール=ガルティが襲来した。しかしそれを退け、全員が生還した。自分が何も出来なかったという無力感に苛まれ、しかしそれ以上に安堵した事。
戦い合い、涙を流し合い、心を近付け合い、笑い合った。いつの間にかこの場所が、自分にとって大切な場所になっていた。
そしてソラは、自分を突き動かしてくれたエイラリィの言葉を思い出す。
《ソラさん、どうしてあなたはまだここに居るんですか?》
《あなたにはちゃんと戦う理由がある筈です、ただそれを自分で認識出来ていないだけなんだと私は思います》
《戦う理由が無いのならこの騎士団に居る必要なんてないのに、それでもあなたはまだここに居る……それが答なんじゃないですか?》
ソラはそっと目を瞑り、プルーム、エイラリィ、フリューゲル、デゼル、シーベット、カナフ、翅音、パルナ、そして翼羽の顔を思い浮かべた。
――やっと解ったよ、今俺が戦う理由。俺にはこの空を守るだとか、エリギウスを倒すだとか、そんな大それた理由は多分見出せない。でも、死んで欲しくない、死なせたくない奴らがいる……だからそいつらの為に戦う、ただそれだけで良かったんだ。
「だから応えろ、カレトヴルッフ!」
ソラはそっと握り締めていた操刃柄を強く握り締め、それを通して、己の刃力を核となる聖霊石へと注入した。
次の瞬間、カレトヴルッフの双眸に光が灯る。
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