190話 要となれ
「カレトヴルッフは光属性で土属性のシャムシールとは対等の属性関係、そしてお主の斬撃ならば例えシャムシールの装甲であっても問題無く斬れる筈じゃ」
「いや、でも俺が鍵って……他の人達は? ほらプルームちゃんとか」
まだ戦えるかも分からない自分が鍵と言われ動揺を見せるソラに、翼羽が説く。
各々の役割としては、プルームがアロンダイトで先制を行い、その後は翼羽と同じようにシェールとの戦闘までは温存する。エイラリィは部隊の最後尾にて損傷した騎体の修復に専念。
空翔部隊はシーベット、フリューゲル。シーベットはマインゴーシュの援護を受けつつ敵陣に切り込み、砕結界式斬廻盾でシャムシールが張る抗刃力結界と耐実体結界の破壊に専念、フリューゲルは抗刃力結界を失ったシャムシールもしくはタルワールの狙撃。
そして地上部隊担当はソラ、カナフ、デゼル。ソラは、カナフとデゼル、マインゴーシュの援護を受けつつ優先的にシャムシールを斬って落としてもらうと。
すると、翼羽はソラの目を真っ直ぐに見ながら再び伝える。
「ソラ……お主が今回の攻略戦にて東方地上部隊撃破の要となれ」
「俺が……」
自分に課せられる責任と重圧に震えた。しかしそれ以上にソラは人知れず高揚した。自分が必要とされている事、自分が頼りにされている事、それがただ嬉しかったからだ。
「そしてシェールは、わしとプルームが必ず討つ」
覚悟を秘めたような目で翼羽は言い切った。そしてプルームもそれに同調するように翼羽を真っ直ぐに見ながらゆっくりと頷いた。
部隊を二分する。敵側は追い詰められれば、必ずシェールと大将騎である神剣アパラージタを出してくる。そしてプルームの言う通り、翼羽とプルームの居ない西方部隊の殲滅にシェールが赴く可能性も十分ある。しかし、ディオンとリーンハルト側に勝算が無い訳ではないが、翼羽にとってはやはりシェールが東方に現れてくれる事が最も望ましい展開であった。
それは戦術において確証の無い願望である。だが、それでも翼羽には確信があった。
《もう覚えたよ、君の名前、君の顔、君の声、君がくれた痛み、全部全部覚えたから、君は必ず僕が踏み殺す、必ず必ず必ずね。君を擂り潰すその日まで寝ても覚めても君の事ばっかり考えてるから、君も僕の事絶対に忘れないでね》
憎悪を孕んだような眼差し、そして執念にも似た言葉、何よりも蒼衣騎士の自分ですら無意識に感じ取ってしまう程の、纏わりつくような怨念の如き感情。シェールは必ず自分を求めて来る。それは翼羽にとって予感よりも確かなものであったのだ。
すると、不意にカナフが尋ねる。
「団長の言う市街地戦においての制限、俺達は勿論従うが〈因果の鮮血〉側は了承しているのか?」
対し、ディオンが嘆息と共に答える。
「敵国の民間人の命にまで配慮しながら戦う……くだらんな、そして貴様達の団長は甘すぎる。そんな綺麗事塗れの甘い考えはいつか身を滅ぼすぞ」
「お、おいおい旦那」
そんなディオンの翼羽を貶めるような言葉に、〈寄集の隻翼〉の面々がディオンを睨み付け、そんな敵意の視線に巻き込まれたリーンハルトがたじろいだ。
直後、ディオンは再び嘆息と共に続ける。
「本来ならば勝利に邪魔になるだけの制限など了承出来る筈も無い、しかし貴様達の団長は用意周到でな、既にルキゥール陛下からヨクハ=ホウリュウインの命に従うよう釘を刺されている」
「はは、俺もアルテーリエ陛下から以下同文」
「不本意だが、ルキゥール陛下の顔に泥を塗るわけにはいかん。今回だけはヨクハ=ホウリュウインに従ってやる」
腕を組みながら不満げに言うディオンであったが、渋々と言った様子で了承の姿勢を見せた。
「よし、それではこれから細かな陣形や戦術の詳細を伝えていくぞ」
そして一時間後。
作戦の伝達が終了し、全員が戦術を共有する事が出来た為、翼羽はこの会合を終了させる。
「それではこれにて解散とする。進攻開始は予定通り明日、出陣は早朝陸の刻じゃ」
すると、ディオンは一つの危惧を投げかける。
「ところでムラクモの修繕は未だなんだろう? 明日の出陣に間に合うんだろうな?」
「その心配は無い、翅音殿はやると言ったらやる男だからのう」
次の瞬間、聖堂の扉が開かれ入って来た人物……それは翅音であった。
「おう翼羽団長、叢雲の修理はばっちり完了だ、他のソードの整備もな、いつでも出陣出来るぜ」
「さすがは翅音殿だ」
咥え煙草に腕組みしながらぶっきらぼうに言い放つ翅音と、そのタイミングの良さに思わず口の端を上げる翼羽であった。
「ふん、どうやら取り越し苦労だったようだな。だが明日の決戦では片足を失うような腑抜けた戦いをしてもらっては困るぞ」
「まあまあ旦那。んじゃあねヨクハちゃん、明日は宜しく」
そして、ディオンとリーンハルトはそう言い残しながら、聖堂を後にし、オルレア島へと帰っていく。
〈因果の鮮血〉の部隊は現在、レファノス王国領空である橄欖の空域に存在するオルレア島に待機している。ディオンとリーンハルトを含む二百名近い騎士達と、二百振り近いソードが待機しており、明日の出陣に備えているのだ。
また、〈寄集の隻翼〉と〈因果の鮮血〉部隊は出陣後に合流し、リデージュ島を目指す算段となっている。
それから〈寄集の隻翼〉の面々は、明日の決戦に備えそれぞれの時間を過ごすのだった。
そして翼羽は一人、修繕が完了した叢雲の前で佇んでいた。物言わぬ叢雲にそっと触れながら翼羽は想いを馳せる。
――明日の琥珀の空域攻略戦、絶対に敗ける訳にはいかない。
「父様、零……力を貸して」
※
場面は琥珀の空域、ディナイン群島、元王都リデージュ島。
沈みかけた日の赤の中、静かに吹き抜ける風が、砂塵を僅かに舞わせていた。そして〈裂砂の爪〉本拠地である城塞には、その最上部に腰掛けるシェールと、屋根の先端で空を見渡しながら目を瞑るラナの姿があった。
直後、ラナが閉じていた目を勢い良く開眼させる。
「たた、多数の敵意がこちら側を向いています。こ、この敵意の数と大きさ……も、もう間もなく敵側の進攻がある筈です」
「ほら、やっぱり――君ならそう来ると思ってたよヨクハ」
感情受信能力に長けるラナの力により、シェール達は既に、翼羽達の明日の進攻を察知していたのだった。
「シェ、シェール師団長……た、民達へ、ひ、避難勧告は出しますか?」
恐る恐るといった様子でラナが尋ねると、シェールはきょとんとした様子で首を傾げてみせた。
「え? 出すわけないだろそんなもの」
「で、でででですよね」
「うん、だって民間人の居る城下町に部隊を展開した方が向こうだって絶対やり辛い筈だろ? こっちは敵の進攻に気付かなくて避難勧告が遅れたって事にすればいいしさ」
「は、はい、わ、わかりました」
するとシェールはゆっくりと立ち上がり、上空から城下町を見渡しながら両手を広げて笑みを浮かべた。
「それに、久しぶりの神剣アパラージタの雄姿、皆に間近で見てもらおうよ」
夕日に染められる砂塵が、まるで血飛沫のように舞っていた。
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