189話 攻略の鍵
そして翌日。
闘技場にて、連携訓練を行うプルームと翼羽。カットラスを操刃する翼羽は、プルームのアロンダイトの動きに目を丸くしていた。
その動きにこれまでのような硬さは無く、ここへ来てプルームはアロンダイトの力を完全に引き出すことに成功していたからだ。更には翼羽のカットラスの動きに完璧に合わせる事が出来ていたのだ。
「おっ今の感じ、結構上手く出来た気がするよ団長」
「うむ、そうじゃのう」
――何があったかは分からないけど化けたね。これなら私が操刃しているのが叢雲だとしてもきっと合わせられる。
「よくやったのうプルーム」
「えへへ、それほどでも」
「よし、訓練も大詰めじゃ、気を引き締めていけ」
「うん」
決戦が二日後に迫り、ようやく二人の連携が完成した。勝敗を左右するであろう残るピースは戦術と、叢雲の修復完了であるが、それも翌日に揃うに至る。
※
翌日、琥珀の空域攻略戦前日。
戦術の構築が遂に完成し、翅音を除いた〈寄集の隻翼〉の全団員と、ディオン、リーンハルトが聖堂へと集結していた。そして翼羽が作戦の内容を伝達する。
今回、〈因果の鮮血〉からは二百騎のソードが出陣する。内訳はメルグレイン側からパンツァーステッチャーが百騎、レファノス側からは水属性のマインゴーシュが百騎。
「に、二百騎って一個騎士師団級の戦力じゃん」
その数に、ソラが驚愕の声を上げた。
「うむ、ディオン殿とリーンハルトという突出戦力に加え〈因果の鮮血〉側の全戦力の三分の一程の投入。当然うちも総戦力にて出陣する。これは賭けとも言えるが……それほどに今回の戦いは重要な意味を持つという事を肝に銘じておけ」
翼羽の言葉の意味を理解し、ソラだけではなくその場の殆どの者が無意識に生唾を飲み込んだ。
「そして今回の戦いでは部隊を二分し、リデージュ島の東西から〈裂砂の爪〉の本拠地となる城塞制圧を目指す」
「内訳は?」
そうカナフが尋ねると、翼羽は詳細を伝える。
東方部隊を指揮するのは翼羽、そしてこちら側の部隊は叢雲を含めた〈寄集の隻翼〉のソード八騎と、今回の攻略戦の要となる水属性のマインゴーシュが五十騎。
西方部隊を指揮するのはディオンそしてディオンの部隊はジョワユーズとナーゲルリング、パンツァーステッチャーが百騎と水属性のマインゴーシュが五十騎であると。
「え、何か戦力偏ってない?」
あまりの数の偏りに、ソラが思わず漏らした。
「数だけならばそうじゃが、わしらには神剣アロンダイトとわしが操刃する叢雲がある。そして聖衣騎士が四人である事を考えれば妥当……いやむしろこちら側に戦力が偏っているとも取れるがな」
そんな翼羽の忌憚のない意見に、不服そうにディオンが割って入る。
「ふん、見くびってくれるなよヨクハ=ホウリュウイン。アロンダイトの操刃者を含むそちらの聖衣騎士はまだまだ全員未熟、こちらは年季が違う」
その言葉に対し、抗議を示すようにディオンを睨み付けるフリューゲルとエイラリィであったが、リーンハルトもリーンハルトでまた、抗議の意を示す。
「えー俺はディオンの旦那と違って若者なんだけどなあ」
「一々水を差すなリーンハルト」
「へいへい」
するとプルームが、この作戦に難色を示すかのように翼羽へと疑問を投げかけた。
「で、でも今回は私と団長で連携してシェールを討ち取るって作戦だった筈でしょ? 部隊を二分したりしてその……西方の部隊にシェールのアパラージタが出現したら……」
シェールを倒せるのは自分と翼羽だけ、そう考えるプルームにとってそれは至極当然の危惧であった。
「ふんっ、貴様のような小娘に心配されるとは心外だな。だがお前達にシェールを討ち取る算段があるように、こちらにも奴を討ち取る算段はある。俺のジョワユーズの属性は水、土のアパラージタを相手ならば優位に戦える、そして俺とリーンハルトの連携ならば例え神剣が相手であっても遅れは取らん」
「はあ、不本意ながら旦那の能力に合わせられるのは俺だけだしなあ。まっそうなったらそうなったで旦那なら何とかするっしょ」
この作戦を取ったという事は、翼羽も同じ考えであるという事。そして三種の神騎と呼ばれるシェール=ガルティの名に全く臆していないディオンとリーンハルトにプルームは頼もしさを覚えるのだった。
「まあそういう訳じゃ」
翼羽は続ける。こちら側からの総戦力による侵攻に気付いた段階で、通常ならば敵は本拠地を守護する為に部隊を空翔部隊と地上部隊へと分ける筈である。そして〈裂砂の爪〉が所持する主力量産剣は炎のタルワールと、新型量産剣である土のシャムシール、どちらも地系統の属性であり砂漠戦を得意とする。
今回は炎にも土にも優位属性となる水属性のマインゴーシュを使える為、空翔部隊に対しては優勢に戦える。
すると翼羽は、問題は地上部隊の方であると、目を伏せながら神妙な面持ちで更に続けた。
「これは憶測じゃが恐らくシェールは地上部隊を、城下町へと配置するじゃろうな」
「なっ!」
それを聞いたソラ達は唖然とせざるを得なかった。
「リデージュ島はディナイン王国の元王都じゃ、これまでの進攻戦とは違い城下町には民間人が多数存在する。そして奴ならそれを必ず逆手に取るとわしは踏んでいる」
王都や元王都等の民間人が住まう島に敵からの進攻があった場合、通常ならば避難勧告を出し民間人を避難させるのが当然である。ましてや自国の領土の民を半ば人質や盾のように使うなど在り得べからざる行為だ。
しかし、シェールと直に接触した事のあるフリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィの四人は、その可能性を否応なしに納得してしまうのだった。
「だがそれでも、進攻するこちら側が奴を一方的に非難する事など出来はせん」
「な、何言ってんだよ団長?」
突然の翼羽の発言に、戸惑いながら尋ねるフリューゲル。そんなフリューゲルに翼羽は力強い眼差しで説く。
「覚えておけフリューゲル、戦に正義など無い、しかしそれでも自分達の信念の為、守るべきものの為、戦わなければならない時があるというだけの話なんじゃ」
「…………」
すると翼羽は、大きく嘆息しながら更に続けた。
「とは言え……戦争の三禁忌、それを犯せばこの戦争はただの殺し合い、奴はそう言っておったそうじゃな。頭に来るがそれは確かに一理ある」
「くっ、ならどうするってんだよ?」
「市街地戦となれば恐らく被害を完全にゼロにする事は不可能、じゃがそれでも被害は最小限に抑える、こちらからの攻撃で民間人の死者が出る事はあってはならん」
翼羽は大きく息を吐き、これまでよりも更に厳粛な表情で団員達に伝える。
城下町に展開された部隊への攻撃は、狙撃式刃力弓によるピンポイント狙撃、マインゴーシュに装備された凍結式刃力弓による凍結攻撃、白兵戦による攻撃のみに限定すると。
それを聞いた全員が耳を疑った。何故なら前回の戦いで数の差が大きかったとはいえ、新型量産剣のシャムシールにはかなり苦戦をさせられた。しかし今回は同じ騎体を相手に制限付きで戦わなくてはならないという事になるからだ。
「ついでに言うと、わしはシェールとの戦いに備え刃力を温存し、指揮に専念する」
「おいおい、前回シャムシールって新型にあんなに苦戦させられたってのに今度はそんなハンデ背負って戦うつもりかよ?」
「確かに、かなり厳しい戦いになる事は明白だな」
制限付きの戦いに加え、翼羽がシェールとの戦いまで戦闘に参加しない事を示唆した事で、フリューゲルとカナフが苦言を呈した。しかし翼羽は、ぶれることなく答える。
「今回は前回とは違う、シャムシール相手に優位に立ち回る事が出来る水属性のマインゴーシュがある上に、神剣アロンダイトもある。それに……そこそこ頼りになる白刃騎士もおるからのう、そこそこじゃが」
その言葉に、いまいちピンと来ないのかソラは一人呆けた状態で佇んでいた。
するとそんなソラを見て翼羽は軽く嘆息すると、ソラの目を見ながら続ける。
「東方地上部隊におけるシャムシール攻略の鍵はソラ……お主じゃ」
「えっ、俺!?」
対しソラは、自分を指差しながら驚いた様子で言った。
189話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。