188話 二つ名付け合い大会
日が変わり〈寄集の隻翼〉の騎士達は朝食を終えると、再び各々の持ち場へと向かっていく。
しかし、食べる速度が比較的遅いプルーム、デゼル、シーベット、そしてシーベットとセットのシバがその場にまだ残っていた。
すると突然、ソラがその場に残る全員に向かって言った。
「実は皆に大事な話があるんだ」
真剣な表情と、声のトーンにただならぬ雰囲気を感じ取った全員がソラの言葉に耳を傾ける。
「俺、昨日からずっと思ってたんだけど……」
そしてソラは勿体ぶったように溜めてから言葉を続けた。
「通り名とか二つ名ってめっちゃかっこよくない?」
「「「は?」」」
あまりにも突拍子も無いソラの発言に、首を傾げる三人と一匹。
「いやリーンハルトさんとディオンさんなんて“泡沫の雲”とか“闇を喰らう者”とか呼ばれてて『何それかっこいい』とか思ってたんだけど」
「え、いや、まあ」
どこか必死な様子のソラに、デゼルが戸惑ったように相槌を打った。続いてプルームとシバがふと思い出したように言う。
「あっ、そういえば以前共闘したウィンさんにも“金色の死神”って二つ名があったっけ」
「三殊の神騎にもそれぞれ異名が付けられているな。騎士王や凛騎士、狂騎士などがそれに当たるだろう」
「そうそう、そういうの」
「シーベットは皆の事二つ名で読んでるぞ、おソラとかプルルンとか」
「いやそれは二つ名じゃなくてあだ名」
直後、ソラは人数分の紙とペンを走って持ってくると、三人に手渡した。
「ソラ君、なにこれ?」
「いやね〈寄集の隻翼〉にはいないだろ、そういう二つ名がある人って、だから今から考えようかと思って」
突然のソラの提案にデゼルが難色を示す。
「えぇっ、も、もしかして自分の二つ名を自分で考えるの?」
「なわけないだろ、自分で考えた二つ名を自分で名乗ってたら死ぬほど恥ずかしいだろ。だから自分以外の団員の二つ名を今から皆で考えようと思って」
「……あ、あんまり変わらないような」
「まあまあ、ちょっと試しにやってみようって」
こうしてソラに促され、突如異名付け大会が始まるのだった。
「えっと、じゃあまずは試しにフリューゲルあたりからいってみようか」
三人は一斉にペンを走らせ、やがて全員がペンを置いた。そして裏にしていた紙を表にする。
「シーベット先輩は“狙撃が上手い男”、デゼルは“迷わず射れよ、射れば分かるさ”、プルームちゃんは“鋭き眼光を持ちながら鋭く敵を射抜く心も鋭い凄腕狙撃騎士”……いや違う、何か思ってたのと違う。シーベット先輩のはただの感想でしょ。デゼルのは誰の格言? ていうか長っ! プルームちゃんの長っ!」
「そういうおソラはどうなんだ」
シーベットに指摘され、ソラは遅れて二つ名を書いた紙を表にした。
そこに書かれていたのは“蒼き青雷ブルーライトニング”だった。
「だ、ださ!」
顔を引きつらせながら思わず本音を漏らすシーベットに、プルームとデゼルが続く。
「な、何か呼びづらいような」
「しかも筋肉痛が痛いみたいなネーミングになってるよ」
「何だよ、俺だって一生懸命考えたんだよ」
それからひとしきり言い争い合うと、ソラはため息混じりにこぼした。
「ぐうっ、四人もいてろくな二つ名が挙がらなかったな」
「お前が言うな」
すかさず返すシーベット。
「まあいいか、フリューゲルの二つ名なんてどうでも」
「さ、さらっと酷い事言うなソラは」
すると、デゼルの呟きを意に介さず、ソラは何かを閃いたように掌を叩いた。
「そうか、この場にいない人間だから上手くイメージが沸かなかったんだな。よし、じゃあ次はプルームちゃんで行ってみよう」
「えぇっ、何か緊張するなあ」
そして、プルームの二つ名を一斉に紙に書き、紙を表にする三人。既に飽きてしまったのかシバは我関せず床で丸まって寝息を立てていた。
紙に書かれていたのは、シーベットが“癒し”、デゼルが“こう見えて寝言がうるさい”、ソラが“麗しき紅の白鳥”であった。
プルームがそれを見てそれぞれにコメントする。
「えへへ、癒しだなんてそんな風に思っててくれたんだ、ありがとうシーベット。っていうかデゼルのはただの暴露でしょ! あとソラ君、紅いのか白いのかどっち!?」
思わずツッコまざるを得ない内容に、またしても定着しそうなものとはならなかった。
「よし、気を取り直して次行ってみよう次」
続いてシーベットの異名。他の三人が一斉に紙へと考えた二つ名を書き、その紙を表にする。
そこに書かれていたのは、ソラが“疾風の小生意気”、プルームが“もふりたし今すぐにでも”、デゼルが“プリティニンニンガール”であった。
「おソラのは……超絶ださい却下、プルルンのは……ただの願望だろ、盾男のは……はっきり言っておソラ以下だな」
シーベットが一息に駄目出しすると、真っ先にデゼルが肩をがっくりと落とした。
「はうっ! そ、そんな!」
「おい、何でそんなにショック受けてるんだよデゼル!」
続いてデゼルの二つ名。
紙に書き出されたのは、ソラのものが“完璧無敵超鉄壁”、プルーム“今度シバさんもふらせて”、シーベット“いいよー”であった。
そしてそれを見たデゼルがすぐさまコメントする。
「何かソラのやつ韻踏んでない!? ネタに走り出したよね? しかもプルームとシーベットに至っては普通に会話しちゃってるよ! 絶対皆もう飽きてるよねこれ!」
そんなこんなで二つ名付け合い大会も大詰め。
「もう次で、俺ので最後にするから真面目にやってくださいお願いします」
「……お前が言うな」
懇願するようなソラにすかさずシーベットがツッコむと、三人は仕方なく真面目に、ソラに合いそうな二つ名を考えだすのだった。
そして紙に書き出されたソラ二つ名を、一斉にオープンする。
少しだけわくわくした気持ちを抱きながら、恐る恐る自分の二つ名に目を通していくソラ。
「えっとどれどれプルームちゃんのは……“泡沫の雲を喰らう金色の死神(パクリじゃなくてオマージュ)”、デゼルのは……“it両断”、シーベット先輩のは“やれば出来る子”」
次の瞬間、頭を抱えながら悲痛の叫びを上げるソラ。
「あーもうまともなのが一つも無い、完っ全に人選ミスった」
「だからお前が言うな!」
「ひどいよソラ、こんなに付き合ってあげたのに! しかも僕は終始真面目にやったのに」
「いやそれはそれで問題だろ」
「あははは」
そんなやり取りの中でハッとした。プルームは自分が心から笑えていた事にふと気付く。
シェール=ガルティとの邂逅で大切な者を傷付けられ、恐怖を植え付けられ、それを克服してからも自分に伸し掛かる重責にいつの間にか圧し潰されそうになっていた。そして自分がずっと笑えていない事に気付いていた。しかしプルームは今、自分が自然と笑えていた事に少しだけ驚いた。
それでも、自分は今楽しそうに笑っていられる立場ではない。次の戦いでは自分の双肩に仲間の命がかかっている、オルスティアの未来がかかっている。だが自分には未だその力が足りないのだから。
そう自分を押し殺し、プルームが笑顔を消したその時。デゼルがふとソラに尋ねる。
「あのさソラ、何で翼羽団長をお題に挙げなかったの?」
「ん?」
「この場にいないけど翼羽団長をお題にしてたら皆結構格好良いのを思い付いた気がするんだけどなあ」
すると、ソラは首を横に振ってそれを否定した。
「いや翼羽団長はいいよ」
「え、何で?」
「だって団長の二つ名なんて一つしかないだろ」
「え?」
「ロリバ――」
ソラが何かを言いかけた瞬間、突然背後から抜き身の刀身がソラの顔横に現れた。
「っっっ!」
声にならない声を上げながら恐る恐る振り返ると、そこには凄まじい威圧感を放ちながら薄笑いを浮かべて立つ翼羽の姿があり、ソラは戦慄した。
「何じゃ? その先を言ってみろ」
「ロリバ……ロリバ……ロリバターです」
「何じゃそれは?」
「ローリングバターの略で……あのですね……回転させたバターを……その」
しどろもどろになりながら、ソラは誤魔化すのはもう無理だと判断し、潔く土下座した。
「すみませんでしたっ!」
その後、何とか溜飲の収まった翼羽はソラ達に小言を漏らす。
「まったく、随分と熱心に話し合ってると思ったら何を遊んでおるんじゃお主達は、大事な戦いが迫っているというのに」
すると、腕を組んで嘆息しながら苦言を呈する翼羽に、ソラが返す。
「いや違うんだよ団長、大事な戦いが迫ってるからこそこうやって息抜きする事が大事なんだって」
「ほう」
「肩の力を抜いて適当にやった方が案外上手くいったりするもんだろ、どうせなるようにしかならないんだし」
「ま、まあそれは一理あるが……」
ソラに言いくるめられトーンダウンしつつ、翼羽は目を細めてソラに再び詰め寄った。
「わしの異名がロリババアとはどういう事じゃ、ん?」
「いや良い意味で! 良い意味で!」
翼羽に胸倉を掴まれてゆすられるソラ。そんなやり取りを眺めながらプルームは再び、自然に笑顔を浮かべていた。
――適当な方が上手くいく、どうせなるようにしかならないか……確かにその方が私らしいよね。
「ありがとね、ソラ君」
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