187話 各々に課せられた責務
その後、ツァリス島へと到着したリーンハルトとディオン及び〈寄集の隻翼〉の全騎士が聖堂へと集結した。
「此度の攻略戦、〈因果の鮮血〉の協力が不可避ではあるとはいえ、生半可な力では〈裂砂の爪〉には太刀打ち出来ん。そこでアルテとルキは、切り札として隠していた二人の聖衣騎士の派遣に踏み込んだ」
その言葉で、〈寄集の隻翼〉の面々は翼羽の前に立つリーンハルトとディオンに改めて視線を向ける。そして翼羽は二人の紹介を始めるのだった。
「こちらの男が〈因果の鮮血〉、メルグレイン王国の切り札“泡沫の雲”リーンハルト=フェルザーだ」
するとリーンハルトは翼羽からの紹介を受けているにも関わらず、一人うわの空で何かをぶつぶつと呟いていた。
「あぁ、いいなこの騎士団。エイラリィちゃんはツンツン冷たくて可愛いし、お姉さんのプルームちゃんは天然でふわふわしてて可愛いし、伝令員のパルナちゃんは元気な感じでツンデレで可愛いし、シーベットちゃんも今は犬っころみたいな可愛らしさだけど将来有望そうだし……でも何と言っても団長のヨクハちゃんが綺麗で可愛くて最高だな、俺この騎士団に入ろうかなあ」
そんなリーンハルトの様子を見ながら全員が顔を引きつらせた。
――うわあ……
すると、青筋を立てながら抜き身の剣をリーンハルトに向ける翼羽。
「おい貴様、真面目にやらんのなら叩き返すぞ」
「お、俺はいつだって真面目だよヨクハちゃーん」
対し、リーンハルトは涙目になりながら返すのだった。
そして気を取り直し、翼羽はディオンの紹介を行う。
「そしてこの男は〈因果の鮮血〉、レファノス王国の切り札“闇を喰らう者”ディオン=バルバストル殿だ」
それを聞き、フリューゲルとデゼルの顔色が変わった。
「……闇を喰らう者」
「ほ、本当に実在したんだね」
そんな二人に気付いたソラが、不思議そうな様子で耳打ちをする。
「フリューゲルとデゼルは、あのおっさんの事知ってるのか?」
するとフリューゲルがゆっくりと返す。
十年前始まった統一戦役。当初〈因果の鮮血〉陣営は圧倒的に不利な状況で、すぐにエリギウス帝国に統一されると予想された。そして当時の第六騎士師団、第七騎士師団、第八騎士師団が相次いでレファノス王国とメルグレイン王国に攻め込んだがいずれの騎士師団も〈因果の鮮血〉を制圧する事が出来なかった。
そんなフリューゲルの語りに、デゼルが続ける。
それどころか、当時の第六騎士師団長、第七騎士師団長、第八騎士師団長がその時の戦いで討ち取られた。そしてその戦いがきっかけでエリギウス帝国側も攻めあぐねるようになり、誰もが知っている通りしばらく冷戦のような状態が続く事になったのだと。
そして師団長達を続けざまに討ち取ったのはとある一人の騎士だという話で、それが誰なのかは何故か〈因果の鮮血〉陣営にすら謎のままであった。だが〈因果の鮮血〉陣営は迫り来る闇を払い窮地を救ったその騎士の事を“闇を喰らう者”という異名を付けて、半ば逸話のように語り継いでるという。
「じゃ、じゃああのおっさんがその」
「はったりみたいな意味合いで創り上げられた架空の騎士だと思ってたんだけどよ、どうやらマジで実在したみてえだな」
直後ソラの目が輝き、何を思ったか翼羽とやり取りを続けるディオンへと突然歩み寄る。
「あ、おいソラ!」
「いやあかっこいいっすねディオンさん。その異名といい、隠し玉的ポジションといい、この年頃には凄くそそられるものがあるっていうか――おわっ」
次の瞬間、ディオンは振り向きざまに剣を抜き放ち、ソラの首元で止める。
「俺に気安く話しかけるな小僧。それに俺は貴様らと馴れ合いに来たのではない、ルキゥール陛下の脅威となる因子を排除出来る機会であると判断したため、仕方なく共闘してやるだけの話だ」
ディオンは不愛想にそう言い放つと、腰の鞘に剣を納め、ソラに背を向けた。
するとソラは若干涙目になって戻って来ながらフリューゲルとデゼルに伝える。
「俺あのおっさん嫌い、やっぱりうちのおっさんの方がいい」
「……誰がおっさんだ」
そしてカナフは、自分を指さしながらのソラの言葉に反応した。
「ソラ、フリューゲル、デゼル、貴様達三人さっきから何をくっちゃべっておった。こっちは大事な話をしておったんじゃぞ!」
直後、翼羽の怒声が響き、名指しされた三人が固まりながら背筋を伸ばす。
「すみませんでした」
「ご、ごめん翼羽団長」
「何で俺まで」
そして、皆の前で叱られて恥ずかしそうにする三人を見て呆れたように呟くシーベット、パルナ、エイラリィ。
「この三馬鹿共め」
「はあ、もう本当子供みたいなんだから」
「〈寄集の隻翼〉の恥さらしですね」
そして翼羽が仕切り直しと言わんばかりに咳払いをし、話を続けた。
「とにかくじゃ、〈因果の鮮血〉がこの二人を投入して来たという事は、アルテもルキもこの戦いに賭けているという事。次の戦いは絶対に敗ける訳にはいかん」
翼羽の言葉に、その場の全員に緊張が走る。そんな各々に、翼羽はこれからのやるべき事を伝える。
リデージュ島への進攻まで残り四日。翼羽はディオンとリーンハルトと共に戦術を練り上げる。プルームはその合間を縫って翼羽との連携練磨。翅音、カナフ、エイラリィは引き続き叢雲を含むソードの修復と整備。残る者は決戦に備えて休息。各々のやるべき事に務めろと。
こうして翼羽は、琥珀の空域攻略戦に備える為にディオンとリーンハルトと共に作戦室へと籠り、広げられた盤上の上で駒を駆使しながら戦術を練るのだった。
そして残る者達も翼羽に言われた通り、各々が各々の時間を過ごす為に聖堂を後にしようとする。そんな時、ソラはふとプルームとエイラリィとのやり取りが目に付いた。
「姉さん、また闘技場に?」
「うん、団長は忙しくてあまり一緒に訓練は出来ないみたいだけど、一人でも出来る事はあるから少しでも頑張らないと」
「でも……姉さん今日は一日中ずっと訓練をしていたんでしょ? もう休んだ方がいいと思う」
「えへへ、エイラは優しいなあ、心配してくれてありがとね。でももう決戦まで時間も無いし……それに私は神剣の操刃者なんだから、泥船に乗ったつもりで姉さんに任せといて」
「……姉さん……泥船は沈むんだけど」
「え、あ、そっか! あはは」
言動はいつものうように明るくおどけている。だがその表情の奥は真剣で、鬼気迫る様子すら感じさせた。何かを決意したようであると言えば聞こえは良い。しかしどこか気負っているかのような、あまりにもプルームらしくないその表情がソラの目に焼き付いて離れなかった。
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