186話 因果の鮮血最強
「あ、いやまあとりあえずソードはこの格納庫に仕舞えますけど……どちら様?」
突如ツァリス島に現れ、翼羽の居場所を聞いてきた青年に対し、怪訝そうにソラが尋ねた。
「俺はリーンハルト=フェルザー。アルテーリエ陛下の近衛騎士なんだけど、陛下の命で今回の琥珀の空域攻略戦でおたくらと共闘する事になったんだよね。今日はその戦略を練るってんで呼ばれて来たんだけど、どこに行けばおたくらの団長と会えるんだ?」
リーンハルトと名乗る青年が味方である事を理解し、ほっと胸を撫で下ろしながらソラはぼやく。
「ああ、そういう事だったんすね。いきなり聖衣騎士がやって来たからてっきりどっかの師団長でも乗り込んで来たのかと思って……っていうか団長もそういう事なら事前に言っといてほしいよな」
「……私は聞いていましたけど」
「俺もだ」
すると、リーンハルトという騎士が来訪するという事を、事前に聞いていた旨の発言するエイラリィとカナフ。そして戸惑うソラ。
「え、そうなの?」
そんなソラに、翅音は嘆息しながら言った。
「〈裂砂の爪〉との戦いの後、一度集合した時に翼羽団長が言ってたぞ。お前ずっとうわの空だったから聞いてなかっただけだろ」
「え、うそ……いや、あの時はその、色々あったもんで」
するとリーンハルトがエイラリィの存在に気付き、突然表情を明るくさせて駆け寄った。
「やあ、久しぶりだねエイラリィちゃん」
「どうも」
「いつもアルテーリエ陛下を治癒してくれてありがとね」
「いえ、それが私の役目なので」
「いやあ、エイラリィちゃんはいつもツンケンしてて可愛いなあ、アロンダイトの操刃者は確かエイラリィちゃんのお姉さんなんだろ? どんな子なのかなあ、でもエイラリィちゃんのお姉さんならきっと可愛いんだろうな」
頬を染めながら一人饒舌になるリーンハルトに、ソラが表情を引きつらせながら尋ねる。
「あのーリーンハルトさん、翼羽団長に用があるんでしょ?」
「あ、そうそう! 俺は今日はヨクハちゃんに会いに来たと言っても過言じゃないんだよ。うちのアルテーリエ陛下も勿論お綺麗でとっても可愛いけど、勝るとも劣らないくらいヨクハちゃんも可愛いからさあ、ああ楽しみだなあ」
再び頬を染めながら目を輝かせるリーンハルトに、ソラが終始たじろいでいると、エイラリィが声をかける。
「気にしないでくださいソラさん、この人はこういう人なので」
「へ、へー」
そしてエイラリィが、翼羽は闘技場でプルームと連携訓練をしており、もう少ししたら帰ってくるから聖堂で待つようにと、リーンハルトに伝える。
「了解了解、いくらでも待ってるよ」
終始飄々とした様子のリーンハルトであったが、その目の奥にはどこか鋭さを隠し持っていた。ソラはそんなリーンハルトが只者で無い事をどこか感じ取っていた。
すると、リーンハルトはソラの顔をまじまじと見つめた後で何かに気付いたように目を見開く。
「おっ、ていうか君、もしかして前回の論功行賞の時に来てた少年か?」
「あっ、塵の空域攻略戦の時の論功行賞の事ですか? だったらそうですよ、リーンハルトさんあの場に居たんですね」
「そりゃ俺はアルテーリエ陛下の近衛騎士だからね……っていうか君あの後も結構武功を上げてるみたいじゃん。こうして見ると全然強そうに見えないよな、一瞬ただの鍛冶見習いかと思ったよ、はっはっはっ」
屈託の無い笑顔で肩を叩くリーンハルトに、ソラは再び表情を引きつらせて小さくぼやく。
「ナチュラルに失礼な人だなこの人」
「気にしないでくださいソラさん、この人はこういう人なので」
「いやあエイラリィちゃんは手厳しいな、そこがまた可愛いんだけどね、はっはっはっ」
掴み所が無いリーンハルトに頭を悩ませつつ、ソラにはある疑問が浮上する。
「あれ……そういえば」
〈因果の鮮血〉には聖衣騎士が二人いるという話をソラは以前から聞いていた。そしてアルテーリエとルキゥールが聖衣騎士であるため、他には聖衣騎士は存在しない筈であるが、リーンハルトが操刃しているソードの騎装衣が金色であることから、ソラはその矛盾に首を傾げ問いかけた。
するとその疑問に翅音が答える。
「〈因果の鮮血〉には聖衣騎士が二人いる。そう……表向きはな」
「表向きって事は……」
「ああ、この男はさしずめ〈因果の鮮血〉の隠し玉ってところだ。なあ“泡沫の雲”リーンハルト=フェルザー」
翅音の指摘に、リーンハルトは不敵な笑みを浮かべた。
「はは、そちらのおじ様は俺の事知ってたみたいだね」
「まあな、しかしお前さん程の騎士を投入してくるとなると、今回の琥珀の空域攻略戦は〈因果の鮮血〉にとっても、勝負を賭けた一戦になるって事だな」
それを聞き、〈寄集の隻翼〉にとっても、〈因果の鮮血〉にとっても、とてつもなく重要な戦いが迫っている事を改めて理解したソラが生唾を飲み込んだ。
すると、リーンハルトは一人ばつが悪そうに後頭部を掻きながら返す。
「まあでも隠し玉、隠し玉ねえ……俺はどっちかっていうとおまけみたいなもんなんだけどなあ」
「え?」
「何たって〈因果の鮮血〉最強はあの人だからなあ」
場面は再び闘技場。
連携訓練を行う翼羽のカットラスと、プルームのアロンダイトの前に突如一騎のソードが出現した。
蒼を基調としたカラーリングに兜飾りは後頭部に馬の尾のような羽根を付け、重厚感のある体躯と鎧装甲、左腰部には刃力核直結式聖霊騎装である殲滅式刃力砲、左前腕部の盾には盾付属型聖霊騎装である氷縛式射出鞭を装備したソードは、とある騎士が駆る宝剣、名をジョワユーズと言った。
するとジョワユーズは左腰の鞘から刃力剣を抜くと、突然翼羽のカットラスに向けて斬りかかる。
「ちっ!」
翼羽はカットラスが持つ羽刀型刃力剣で、ジョワユーズからの袈裟斬りを受け止めると、鼓膜を劈くような炸裂音が鳴り響き、その斬撃の凄まじい鋭さを物語る。直後、ジョワユーズとカットラスが互いに鍔迫り合いを行うような形になった。
『団長!』
突然の奇襲を受け、プルームはアロンダイトに攻撃態勢を取らせる。
「待てプルーム!」
しかし、そんなプルームを制止するような翼羽からの伝声で、プルームはアロンダイトでの攻撃を中断した。
『団長?』
「あの騎体の紋章をよく見ろ、このソードは〈因果の鮮血〉の騎体、そして操刃しているのは〈因果の鮮血〉の騎士じゃ」
それを聞き、プルームはジョワユーズの左胸に血滴の紋章を確認し、目の前の騎体を操刃している騎士が敵ではない事を理解する。しかしその行動との矛盾に頭を混乱させていた。
すると翼羽が、ジョワユーズを操刃する騎士に伝声を行う。
「久方振りじゃなディオン殿。それにしても随分な挨拶じゃな」
次の瞬間、ジョワユーズを操刃する騎士から翼羽に向けて伝映と伝声が入る。
カットラスの晶板に映し出されたのは、栗色の髪をオールバックにした翡翠色の瞳を持つ壮年の男性。吊り上がった鋭い目と、顔中に刻まれた無数の疵が歴戦の戦士を思わせるその騎士の名は、ディオン=バルバストル。
『ふっ、貴様の腕が鈍っていないか確かめただけの話だ。三殊の神騎の一角を崩すというのは生半可な力では足りんからな』
「ぬかせ」
対し、不敵な笑みを浮かべながら、どこか心強さに安堵したように翼羽は返した。
『……その騎体が神剣アロンダイトだな』
すると、ディオンはプルームのアロンダイトに視線を向け呟く。
『先刻、アロンダイトの動きを少々見させてもらっていたが、確かに神剣を名乗るに相応しい性能ではある――しかし』
直後、ディオンの突き刺すような鋭い視線が、プルームに戦慄を走らせた。
『持ち主が未熟ではどんなに優れた剣も鈍と化すぞ』
「…………」
――以前シェールと対峙した時、身動きが取れなくなった。相手との力の差があり過ぎて、底知れない恐怖で体が縛り付けられたんだ。そして解る、この人も多分……凄く強い……でも!
するとプルームはそっと閉じた目を勢いよく開眼させ、ディオンから発せられる凄まじい威圧感で芽生えそうになった恐怖を一気に振り払うと、ディオンに向け伝声する。
「確かに私はまだ未熟かもしれない、アロンダイトに認められたのだってたまたま運が良かっただけなのかもしれない、だけどもう〈寄集の隻翼〉の皆は傷付けさせない……そして」
そして晶板越しに、一切の淀みの無い真っ直ぐな瞳でディオンを見ながら言う。
「シェールは私が倒してみせる」
『ほう』
プルームの決意を秘めた目、そして声に、翼羽は一人微笑んだ。しかしすぐにその笑みを消す。
――プルームに素質はある、それは間違い無い。でもアロンダイトの動きがどこか硬く、その力を引き出し切れていない。あの子の強い決意が、逆にあの子の足枷になってしまっているのだとしたら。
翼羽はプルームに頼もしさを感じる一方で、一抹の不安に駆られるのだった。
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