185話 迫り来る決戦の日
降り注ぐ陽光、包み込まれるような温もり。それを掻き消してしまうかのように吹き荒ぶ春風が、桜の木を大きく揺らし、咲きかけた花弁を散らしていた。それはまるで、この先に訪れる未来を暗示しているかのように。
第三騎士師団〈裂砂の爪〉との決戦の日は刻一刻と迫っていた。
そんな中、ツァリス島〈寄集の隻翼〉本拠地の闘技場において、鳴り響く轟音と、瞬く光が幾度となく発せられている。
その発生源である闘技場には二騎のソードが佇んでおり、一騎は羽刀を両手に持った量産剣カットラス。もう一騎は雲の神剣アロンダイトであった。
「ハアッハアッハアッハアッ!」
そしてアロンダイトの操刃室の中で疲弊を顕わにさせながら肩で激しく呼吸をするプルームの姿があった。そんなプルームに伝声器越しに喝を入れる翼羽。
『どうしたプルーム、そんなざまではアパラージタを撃破しシェール=ガルティを討ち取る事など夢のまた夢じゃぞ』
「うん……わかってる」
二人が行っているのは連携訓練。〈裂砂の爪〉師団長シェール=ガルティの駆る対アパラージタを想定してのそれであった。
叢雲とアロンダイトは共に雲属性であり、土属性の神剣であるアパラージタ相手に一騎討ちでは、相性が悪くどちらも勝ちの目が少ない。そこで翼羽は叢雲とアロンダイトの連携にてアパラージタを撃破する事を選択したのだった。
また、他の竜殲の七騎士と共に戦った翅音は、全ての神剣の性能や能力をある程度把握しており、アパラージタの能力や性能についても事前に翼羽達に伝えていた。その為、二人はそれを元にイメージを共有しながら、連携の練度を高める事に邁進していたのだ。
しかし、アロンダイトを操刃してなお、プルームは未だ翼羽の動きに合わせられず、訓練は思った以上に難航していたのだった。
プルームはそんな自分の力不足に歯噛みする。
ーー団長が今操刃しているのは守護聖霊と聖霊石の属性が一致しない量産剣のカットラス。叢雲はもっと――ずっと速い。こんなんじゃ駄目だ、こんなんじゃ皆の事を守れない。
「次は必ず合わせてみせるから、もう一度お願い団長!」
場面は格納庫。
そこではツァリス島防衛戦において損傷したソードの修復作業を、急ピッチで進める翅音、カナフ、エイラリィの姿があった。
翅音とカナフは、ニードルと呼ばれる準人型汎用作業器に乗り、部品の加工や整備、組み立てを行い、エイラリィは宝剣カーテナを操刃し、竜殲術〈癒掌〉を使用して各ソードの鎧装甲の損傷修復を行う。
琥珀の空域攻略戦が迫り、短期間で全ソードを万全な態勢に仕上げなくてはならない為、三人に伸し掛かる労力は計り知れないが、予想通り特に難航するのは叢雲の修復作業であった。
叢雲は先のシェールとの戦いで右脚部を欠損していたからだ。叢雲は翼羽専用の宝剣であり完全なるワンオフ騎、量産剣の予備パーツを加工すれば応急的に修復は完了するものの、それはあくまでその場凌ぎ、それでは僅かな差が戦況を左右する厳しい戦いにおいて致命的となる。
その為、翅音達は他のソードの整備を進めながら、叢雲の右脚部を一から作成するという作業を余儀なくされていた。
ソードはオルハディウム合金製装甲で構築されており、その元となるこの世界においての最硬金属であるオルハディウム鉱石を加工し、脚部を作成を続ける翅音とカナフ。
そしてその傍らには三人の他にもう一人、ソラの姿が在った。
「おいソラ、そこの工具取ってくれ」
「はいどうぞ翅音さん」
翅音に頼まれ、すぐさま工具を手渡すソラ。
「レイウィング、そこを押さえててくれ」
「承りましたカナフさん」
カナフに頼まれ、ソラは加工部品の一部を押さえる。
『喉が渇きましたソラさん』
「はいエイラリィちゃん、今すぐに」
エイラリィに催促され、ソラは食堂まで駆け足で向かい飲み物を取って戻ってくると、カーテナの操刃室にいるエイラリィに手渡した。
「ふー!」
額にかいた汗を拭い一息吐くソラ。
ソラは、ソードの修復作業を行う三人を手伝う事に決め、朝から全力で駆け回っていたのだった。
それは、先の戦いでソードを操刃出来ず、何も出来なかった事に対する罪滅ぼしでもあるが、それ以上に、今自分に出来る事をやる。そう強く誓ったからであった。
すると不意に、翅音がソラに言う。
「そういやソラ、お前折角俺がカレトヴルッフに雷電螺旋加速式投射砲付けてやったのにまだ一度も使ってねえじゃねえか」
「うっ……いやあ、でも琥珀の空域攻略戦で絶対活躍させてみせますから」
「おっ! って事はおめえ、いつの間にかカレトヴルッフ起動出来るようになってたのか?」
「あーいやあ……まあ……はは」
するとソラはお茶を濁すように、後頭部を掻きながら引きつった笑顔を浮かべた。
そんなソラと翅音のやり取りを見ながら、エイラリィは一人、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
――やっぱりあなたは、何度でも立ち上がるんですね。
その時だった。突如、空からソードの飛来を知らせる刃力放出の音が響き、ソラはそれを翼羽のカットラスとプルームのアロンダイトのものであると確信する。
「翼羽団長とプルームちゃんの連携訓練終わったのかな? 伝声してくれれば天井を開放したのに」
そう言いながらソラは、格納庫の扉を開けて外を確認する。
「えっ!?」
直後ソラは、空を見上げながら驚愕する。そこには初めて見る灰色のソードが一騎浮遊していたからだ。しかもそのソードが形成している騎装衣の色は金色、つまり操刃している騎士は聖衣騎士であったのだ。
――嘘だろ!? 聖衣騎士……敵襲? 確かにツァリス島はもう隠れ島じゃなくなったけど、こんな突然!
ソラは突然のソードの出現に、半ば混乱したように振り返ると、ソードに指をさしたまま翅音達に向かって叫ぶ。
「翅音さん、カナフさん、エイラリィちゃん、あんな所にソードが」
次の瞬間、浮遊していた灰色のソードが格納庫前に着陸し、その風圧に、ソラは思わず顔を背ける。
「やば、降りて来た」
そして目前に灰色のソードがそびえているのに気付くと、ソラは咄嗟にカレトヴルッフへと視線を向けた。
「ん? あれ?」
しかし、一人緊迫感を漂わせるソラの元に集ってきた翅音、カナフ、エイラリィの三人が焦った様子もなく落ち着いて佇んでるのを見て、ソラは首を傾げた。そんなソラに翅音が言う。
「落ち着けソラ、あの騎体の左胸の紋章をよく見ろ」
翅音に言われ、ソラが灰色のソードの左胸の紋章に注視する。血滴を抽象的に描いたその紋章は、レファノス・メルグレイン連合騎士団〈因果の鮮血〉の物である事を表す。
そして灰色を基調とした雲の聖霊石を核とするそのソードの名はナーゲルリング。
まるで攻撃を受ける事を想定していないかのような華奢な体躯と、非常に軽微な鎧装甲を纏った超軽量騎体の宝剣。兜飾りはメルグレイン群島産である事を表す一角獣の如き一本角を備えていた。
するとナーゲルリングの鎧胸部が開放され、中から一人の騎士が地へと飛び降りた。
その騎士は、群青色の髪と水色の瞳を持つ整った顔立ちの青年であった。青年はソラに気付くと声をかける。
「おっ、そこの少年、とりあえずソードはここに置いとけばいい感じ? おたくらの団長はどこ?」
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