183話 ランスロットが託した願い
「アーサーは、この天空界オルスティアそのものを憎んでる。闘争、裏切り、殺戮、怨嗟の果てに出来上がったこの偽りの世界を、そして“ソウレイ”が愛したラドウィードに世界を還すつもりなんだ」
「……なっ」
それを聞いた翅音と翼羽の顔色が強張った。ラドウィードに世界を還すという突飛な話と、翅音は更にソウレイという名を聞いた事がその理由だ。
「アーサーは今、怨気が封印された封怨の神子の遺体から怨気を集めている」
「怨気だと?」
「アーサーは恐らく、このオルスティアが出来上がった時と同じ状況を作り出し、逆の事をやろうとしてるんだ」
同じ状況という言葉に、翅音はすぐに何かを察するのだった。
「同じ状況で逆の事ってなると、世界を怨気で包み、聖霊神の力を利用して大地をラドウィードに還すってことなのか?」
「察しがいいな、さすがはスヴァフさんだ」
しかし翅音は腑に落ちなかった。何故なら今は戦争は起きてない、自然発生する怨気程度では何百年かかっても世界を包み込む程の怨気は集めることが出来ないからだ。そして怨気を発生させるには大規模な戦争が必要であり、ましてや各国はラドウィードでの過ちを繰り返させないようにと条約でソードの殆どを放棄している。
するとランスロットが言う。だからアーサーは、アークトゥルス=ギオ=エリギウスとしてエリギウス王国の王に就いた。そして長い年月をかけて下地を作る気なのだと……戦争を利用して世界に怨気を発生させる為に。
アーサーは、再びソードという戦力を大量に所持して各国に緊張を走らせ、各国もまたソードを所持せざるを得ないような状況を作り上げようとしている。
数十年、或いは百年先になるかもしれない、しかし、アーサーは例え自身が悪を演じようとも大規模な戦いを起こすことをランスロットは確信していた。もしアーサーが目的を果たせばまた数え切れない程の人が死に、人々が生きると決意したこの空が失われると、そう深刻に語るランスロット。
一方翼羽はランスロットの語るアーサーの目的と、その壮大な計画にただただ驚愕する事しか出来なかった。自分の生きてきた世界の外で、想像も付かない程恐ろしく、それでいて悲しい歯車が動き出していた事を知る。そしてランスロットは更に続ける。
「竜殲の七騎士で今生きているのはアーサーと僕とスヴァフさんだけ。だが僕は老い、もう彼を止められるだけの力は残されていない。だからアーサーを止められるとしたらスヴァフさん、もうあなたしかいないんだ」
託されるランスロットの願い、しかし翅音は目を伏せ、渋い顔をした。
「悪いがランス、俺には無理な話だ。あいつを止める為には力がいる。だがお前も知っての通り、俺は既に大聖霊の加護を失った事でソードを操刃出来ない」
それを聞き、ランスロットは穏やかな笑みを浮かべて返す。
「ならあなたの意志を継ぐ者が、この空を守ってくれればいい。その為に僕はアロンダイトをここへ持ってきた。いつかアロンダイトがこの空の希望となってくれる事を願って」
「しかし、大聖霊石は既にこの世界に還った。もう神剣を起動する事は出来ねえ」
「……大聖霊石は確かに消えた。でも世界の意思そのものである大聖霊が消えた訳じゃない。いつかまた必ず大聖霊は顕現し、良い意味でも悪い意味でも神剣は戦いの要となる」
「俺の意志を継ぐ者……か」
翅音は翼羽を一瞥すると大きく嘆息し、後頭部を掻きながら呟いた。そして再び大きく嘆息しながら続ける。
「ま、そんな話聞いて知らん顔は出来ねえか。アーサーを育てたのは俺だし、娘であるソウレイの夫でもあるからな。まあ俺なりにやれるだけはやってみるが、あんまり期待しないでくれるか?」
「ああ、ありがとうスヴァフさん」
すると突然、翅音は表情を綻ばせた。
「ま、その話はおいおい考えるとして、今は再会の美酒でも交わそうぜ」
「さ、さすがにこの歳で酒は無茶ですよスヴァフさん、僕はこのお茶で」
「ははは、それもそうか」
※
それから、翅音とランスロットは昔話に花を咲かせた。
ランスロットが七振りの神剣の設計を行った天才鍛治であり、同じく鍛治であった翅音の越えられない壁であった事。
翅音がいつか、自身が造ったソードでランスロットの設計した神剣を超える野望を抱いている事。
ランスロットがかつて他に並ぶ者がいない程美青年であり、惚れる女性が数えきれない程いた事。
最年長でありながら喧嘩っ早い翅音が、他の竜殲の七騎士と度々衝突していた事。
翅音がとある事情で神剣ティルヴィングの操刃者でなくなり、那羽地に流れ着いてからこれまでの出来事。
共に神剣を駆り、竜祖セリヲンアポカリュプシスと死闘を繰り広げた事。
振り返り、当時の思いを伝え合い、知らない事実に驚き合い、そして笑い合った。
そんな二人を遠目で眺めながら、翼羽は少しだけ微笑んだ。
――あんな嬉しそうな師匠、初めて見た。
それから。
「いやあ、こんなに楽しい夜は久しぶりだったよ。ありがとうスヴァフさん、翼羽さん」
時間も忘れて翅音と遅くまで語り合ったランスロットは、ふと宴の終わりを告げる。
「……行くのかランス?」
「ええ、そろそろ時間が来たみたいですからね」
「……そうか」
翅音は引き止めもせず、どこか寂しそうに、何かを悟ったように呟いた。するとランスロットは俯き、心なしか力の無くなった声で言う。
「友を止められない自分の無力さに打ちひしがれ、後悔ばかりの日々。でも最後にスヴァフさんと話せて嬉しかったです、そして翼羽さんという希望にも出会えて」
「え?」
ランスロットの意味深な言葉に、翼羽は不思議そうな表情を浮かべた。
するとランスロットはゆっくりと目を瞑り、静かに伝える。
「……アーサーの事……この空の事……どうかお願い……します」
そしてそう言い終えると俯き、両手が力無く下がった。
「ランスロットさん?」
翼羽はランスロットにそっと近付き声をかける。そして静かに悟るのだった。
穏やかな顔を浮かべるランスロットを見て、翅音は翼羽に背を向けたまま涙を拭うような仕草をした。
※
翌日の朝。
島の端で、翅音は冷たくなったランスロットの亡骸を抱え、両手を組ませて花を添えていた。
そして丁寧に空へと降ろし、空葬を行った。それを見送りながら翅音と翼羽は手を合わせる。
「じゃあな、ランスロット」
翅音がそっと別れを告げた。すると、ふと翅音に声をかける翼羽。
「ねえ師匠」
「何だ?」
「やっぱりよく解らない。どうして、ランスロットさんはアロンダイトをここに持って来たんだろう」
その問いに翅音が答える。恐らくランスロットは自分の死期が近い事を悟ってた、だから自分達にアロンダイトを託したのだと。
それに対して、翅音はソードを操刃することが出来ないし、自分も蒼衣騎士だからアロンダイトを操刃することが出来ない。ランスロットの期待にはきっと応えられないと、翼羽は言う。
「それに少なくとも私は、この空を守るだとか、アークトゥルスを止めるだとかそんな事はどうでもいい。神鷹を殺す事、それが私にとっての全てだから」
すると、翅音は少しだけ寂しそうに目を伏せた後、笑みを浮かべた。
「まっ、アロンダイトは確かに俺とお前じゃ操刃出来ねえ、でもそんな事はどうでもいいと思うぜ」
「え?」
「俺の意志を継ぐ奴、そして更にそいつの意志を継ぐ奴が、いつかアロンダイトを引き継いで、この空の為に戦ってくれるならよ。きっとそれがランスロットの願いなんじゃねえか?」
翅音の言葉に、翼羽は何も返す事が出来なかった。
ランスロットから託されたもの、それがいつかこの空へと羽ばたく日が来るのだろうか。翼羽は見えない未来を憂いながら、いつかやってくるだろう自分自身の答と向き合うその日が、未だ想像出来ずにいた。
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