182話 アロンダイト起動
翌日。
ランシード島での上位魔獣討伐任務に出陣する為、アロンダイトの操刃室にプルームは居た。
純血の契から半年、遂に神剣を起動させる瞬間が来た事に緊張の面持ちで操刃柄を握るプルーム。
そんなプルームを見送るべく、団員達が格納庫で出陣の様子を見守る。そしてフリューゲル、デゼル、エイラリィは特に神妙な表情を浮かべるのだった。
すると、エイラリィがアロンダイトの操刃室の中に居るプルームへと声をかける。
「姉さん、気を付けて」
それを聞き、晶板越しにエイラリィの顔を見ながらプルームは微笑む。そしてエイラリィがシェールの剣に貫かれた場面を思い浮かべると笑みを消し、そっと目を瞑る。
――力が無ければ何も守る事なんて出来ない。でも、私は神剣の操刃者として認められた。運が良かっただけなのだとしても確かな力を手にした。……もうあんな思いは絶対にしたくない、だからこの力で必ず、エイラリィも皆も守ってみせる。
直後、プルームが開眼と同時に操刃柄に刃力を流し込むと、騎体の内部に格納された核である大聖霊石に刃力が注入される。それにより起動を果たしたアロンダイトの双眸に光が灯り、推進刃から放出される刃力が金色の騎装衣を形成させる。
続いて、格納庫の天井が開放され、どこまでも広がる蒼天が現れた。
「プルーム=クロフォード――アロンダイト、出陣します!」
そして、橄欖の空域、ランシード島に向かう為、空へと翔び立つアロンダイト。
そんなアロンダイトの姿を見送りながら、翅音は遠い記憶を振り返りながら一人物思いに耽る。
――懐かしいな、“ランス”の奴がこのツァリス島にアロンダイトを持ち込んでからもう百年の月日が経つのか。
※ ※ ※
百年前。
羨血の七剣による戦いで世界に怨気が蔓延し、聖霊神がラドウィードの大地を浮上させ、天空界オルスティアが形成されてから二十年後。
ツァリス島で修業を繰り返す翼羽と翅音の元に、とある何かが迫っていた。
それを感じ取った翅音が翼羽と共に、その方角に視線を向ける。しかし未だ肉眼では迫りくるものを捉えられない。
「師匠、何が来るの?」
「わからねえ、今調べる」
翅音が両目を瞑ると額に剣の紋章が出現し、竜殲術〈仙視〉を発動させる。
その能力は一定の範囲内にある全てのものの位置や形状、距離や大きさ等を精確に知覚する事が出来る能力である。
「これは!」
迫りくるものの存在を把握した翅音が口をぽっかりと開けて唖然とし、その様子を見た翼羽が不安げに尋ねる。
「何なの師匠? 一人で自己解決してないで教えてよ!」
「ん? ああ、向かって来てるのはソードが二騎だ」
「ソード! 二騎も!?」
二騎ものソードがこの島に迫ってきていると聞き、思わず驚愕する翼羽。
「早とちりすんな、不思議と嫌な感じはしねえし敵じゃねえよ」
「え?」
「一騎のソードには誰も乗ってねえ。そんでもう一騎に乗ってるのは多分だけど良く知ってる奴だな」
そうこうしている内にやがて、二騎のソードがツァリス島へと着陸する。一騎はエリギウス王国の主力量産剣カットラス、そしてもう一騎は雲の神剣アロンダイトであったのだ。
「これってまさか雲の神剣アロンダイト!? しかもどうして起動してるの? 核となる大聖霊石は世界に還った筈じゃ……」
大陸浮上と同時に世界へと還った大聖霊石。核を持たない神剣を動かせる筈は無く、こうしてツァリス島に持ち込まれた事に翼羽は目を丸くさせる事しか出来なかった。
「いや、これはアロンダイトが起動してる訳じゃねえ、〈輝導〉っつう竜殲術の能力で運ばれて来ただけだ」
「ひかりのみちびき?」
〈輝導〉、それは自身にしか見えない光の線を空中に描き、その線に沿って物体を任意の速度で奔らせる事が出来る能力。カットラスの操刃者はその能力を駆使し、アロンダイトをこのツァリス島へと運んで来たのであった。
そしてカットラスの鎧胸部が開放され、内部から一人の人物が降りてくる。その人物は皴だらけの顔をした小柄な老人で、伸び放題となった金色の髪と、僅かに開かれる瞼から覗かせる金色の瞳が特徴のかなりの老齢な男性であった。
翅音はその老人に駆け寄ると、驚き混じりの表情で声をかける。
「お前やっぱり、あのランスなのか?」
「久しぶりですね、スヴァフさん」
翅音がその老人をランスと呼ぶのを聞き、翼羽は目を白黒させて驚いた。
「ランス……まさかこの人はあのランスロット=ナイツオブラウンドですか?」
すると老人は、翼羽に向かってにっこりと笑んだ。
「初めましてお嬢さん、あなたの言う通り僕の名はランスロット=ナイツオブラウンドです」
老人が肯定し、翼羽は再び驚愕した。
――ランスロット=ナイツオブラウンド。アーサー=グラストンベリーと並ぶエリギウス王国の英雄。雲の神剣アロンダイトの操刃者にして、全ての神剣の設計者。
すると、翅音がランスロットの肩を叩きながら話しかける。
「ランス、滅茶苦茶久しぶりじゃねえかおい、随分とまあしわくちゃになっちまってよ、どう見ても死にかけのじじいじゃねえか」
「ははは、相変わらずですねスヴァフさんは、元気そうで何よりです。というかあれから何年経ったと思ってるんですか? 僕ももう百十です、そりゃしわくちゃにもなりますよ」
「ひゃ、百十! 嘘だろ? どんだけ長生きすんだよおめえ!?」
かつての盟友との再会を喜ぶ翅音であったが、痺れを切らしたように翼羽が割って入る。
「ランスロットさん、どうしてこの島にアロンダイトを? 何の目的があって?」
するとランスロットは腰に手を当て、疲れたように大きく息を吐く。
「すみませんお嬢さん、久々に竜殲術を使ったら少し疲れてしまってね、積もる話はどこかゆっくり出来る場所でさせてもらってもいいかな?」
その後、翅音はランスロットを普段自分達が暮らしている小屋へと案内すると、テーブルが備えられた椅子へと座らせた。
「あ、どうぞ」
翼羽は、翅音に言われ茶を煎れると、ランスロットに差し出す。
「独特の良い香りだ、これはナパージのグリーンティーですね、どうもお嬢さん……えっと、名前は?」
「鳳龍院 翼羽です」
その名を聞いたランスロットが目を見開いた。
「ホウリュウイン……そうか、あなたは滅んだナパージの」
「…………」
「まあ色々あってな、今は俺がこいつを鍛えてやってる訳なんだが」
「なるほど、この娘がスヴァフさんの意志を継ぐ者という訳ですね」
「いや……まあ単なる成り行きでそうなっただけで、ものになるかって言われたら厳しい所なんだけどなあ」
翼羽は嘆息混じりの翅音を睨み付ける。すると、ランスロットが返す。
「はは、スヴァフさんは意外と見る目ないんですね」
「あん?」
「この子はきっと強くなる、僕の勘がそう言ってますからね」
そんなランスロットの、突然の言葉に翼羽は目を丸くする。
「ところで本題なんだがよ、お前この島に何の用があって来た? 何でアロンダイトなんか持って来たんだよ?」
すると翅音の問いに、ランスロットは少しだけ申し訳なさそうに俯きながらゆっくりと返した。
「勝手な話なのは分かっています、でもアロンダイトをあなたに託そうかと思いまして」
「…………」
ランスロットは、尚も俯いたまま続ける。
「僕は親友であるアーサーの心を救う事が出来なかった、これだけ長い間友として彼を支えてきたが、結局彼を止める事が出来なかったんだ」
深刻な様子で、自責の念に苛まれるようなランスロットを見て、翅音は思わず尋ねる。
「……アーサー、あいつはいったい何をしようとしてるんだ?」
その問いに、しばし口を噤んだ後、ゆっくりと答えるランスロット。
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