181話 追憶の彼方
しかし、考えをまとめる暇も無く、翼羽は既に両手の羽刀の刀身に刃力を込めていた。そして右手の羽刀は順手に、左手の羽刀は逆手に持って構え、横に回転しつつ斬撃を放つと、翼羽を中心に輪状の光刃が広がっていく。
「参式 閃空!」
ソラはその攻撃を咄嗟に回避しようとしたが、足がもつれ後方に尻餅を付いて転倒した。
直後、ソラの頭上を再び光刃が通り過ぎていき、周囲の竹林の竹を全て薙ぎ倒す。それを見てソラは生唾を飲み込んだ。
――参式 閃空、広範囲を攻撃する多対一用の技。でも何で今それを?
最初から感じていた違和感。これまで翼羽は、手合わせで竜域に入る事はあっても都牟羽を使う事は無かった。都牟羽は竜域状態でしか使えない技であり、竜域に入れない自分に教えてもまだ意味が無いとの事だったからだ。
そしてソラは一つの過程を立てる。もしかして翼羽は、自分に都牟羽を見せて伝えようとしているのではないか。そうソラが考えた次の瞬間。
満月を背景に、空中へと飛び上がっていた翼羽が突きを繰り出す構えを取る。その双眸は真っ直ぐにソラを射抜き、迸る凄まじい威圧感で、全身に鳥肌が立つ。その眼光は、ソラの抱きかけた淡い期待をすぐさま打ち消した。
「弐式 靁閃!」
そして神速の突きと共に光の矢を放つ、都牟羽最速の一撃が繰り出された。
尻餅を付いた状態で、身動きが取れないソラにそれを防ぐ手立ては無く。
――死――
その一文字だけが脳裏を過り、ソラは両目を固く瞑った。
……しかし、自分の意識がまだこの世に留まっている事を少しずつ理解し、ソラは恐る恐る目を開ける。瞼の間から月の光が差し込み、目の前には既に羽刀を腰の鞘に納め、竜域を解除して立っている翼羽の姿があった。
自身のすぐ脇の地面には、穿たれどこまでも続くかのような深い穴が刻み込まれていた。それを見て体を小刻みに震わせ恐怖を顕わにするソラ。
「やれやれ……やはり竜域にはまだ入れぬか」
嘆息と共に翼羽が呟く。その言葉を聞き、ソラは心底ほっとしたようにその場にへたり込んた。
「はは、やっぱりそういう感じだったんだ」
「ふむ……まあ、さすがに勘付かれていたか」
「あのーでも、俺が本気で避けてなかったり、受け損ねたりしてたらマジで死んでたと思うんですけどその辺はどうお考えでした?」
「その時は……すまん」
「いや、すまんじゃすまないでしょ、ものには限度ってものがあるでしょ、限度ってもんが!?」
ソラの必死の猛抗議にたじろぎながら翼羽が返す。
「いや、わしが初めて竜域に入った時も、師匠から同じような事をされてな。本気で殺しに来る師匠への恐怖を乗り越える事で竜域に入れるようになったんじゃが、お主は恐怖を乗り越えるまでには至らんかったようじゃな」
するとソラは、自分が恥も外聞も捨てて逃げ回り、ただ死への恐怖で固まってしまっていた事を思い出し、俯いた。
「じゃがそれでいい」
「え?」
「もしお主が今回、本気のわしを前にしても恐怖を一切感じていないようであれば、わしはお主の事を見限るつもりじゃった」
「そ、それってどういう……」
「恐怖とは即ち生きるという意志が生み出す副産物。そして恐怖も悲しみも怒りも憎悪も、内に秘め、無の奥で燃やすからこそ活きる。初めから空な人間に竜域に入る事など到底無理な話じゃからな」
翼羽は少しだけ顔を綻ばせて続ける。
「今日、お主の目を見て分かった。お主はもう一度騎士として戦おうとしている、違うか?」
するとソラはゆっくりと立ち上がり、体に付いた土埃を払うと、腰の鞘に剣を納めて返す。
「ようやく気付いた、気付けたんだ」
「…………」
「自分が戦う意味と理由、自分がまだ空っぽなんかじゃないって事を」
「……ソラ」
直後、ソラは後頭部を掻きながら続ける。
「でもまだ、カレトヴルッフが応えてくれるかもう一度試す勇気が無くて」
「やれやれ、相変わらず腰抜けな奴じゃのう」
「仕方無いだろ! これだけ自分と向き合って答を出して、それでも次試して駄目だったら、その時こそさすがにもう諦めざるを得ないんだし、そりゃ及び腰にもなるって」
翼羽の溜め息交じりの呟きに対し、ソラは涙目で返すのだった。
「それにしても団長、何で急に襲い掛かってきたりしたんだ? 俺がまだ戦えるか確かめたかったって事?」
そしてソラが問うと、翼羽は少しだけ間を開けて、ゆっくりと答える。
「理由は三つある。それも理由の一つじゃが、もう一つはお主が竜域に入れるようになれば今度の琥珀の空域攻略戦において心強い戦力になるだろうと思っていたという事、そしてもう一つはお主がいつか竜域に入れるようになった時の為に都牟羽を一通り見せておこうと思った事じゃ」
翼羽の何気ない言葉にけ引っかかったソラが尋ねる。
「それは……俺が竜域に入れるようになってからでも遅くないんじゃ」
「……シェール=ガルティの単純な力は師匠と、つまり竜殲の七騎士と遜色無い。生身で戦うのであれば、わしなら互角以上に戦う事が出来るが、ソード戦となれば話は別じゃ。奴が操刃するのは神剣、更には属性的にもわしの優位にある、この戦いは恐らくわしですら命を賭さねば勝つ事は叶わぬ」
翼羽が途轍もない覚悟で次の攻略戦に臨んでいるのだとソラは理解した。命を賭けなければならない程に。そして、今回の手合わせで都牟羽を自分に伝授しようとしていたのだという事も。
そして、そんな翼羽の想いに応えられず、未だ竜域に入れない自分を情けなく思った。しかし、ソラはもう俯き、悩む事を止めた。今自分に出来る事をする、するしか無いのだと気付いたからだ。
そしてソラは真っ直ぐな視線で、淀みなく伝える。
「団長の事は……俺が守るよ」
その言葉に翼羽はふと惚ける。不意に守るという言葉をくれたソラが、かつての零と重なって見えたからだ。すると翼羽は照れを隠すようにソラに背を向けて返す。
「阿呆、そのような一丁前な台詞は、とりあえずソードを動かせるようになってから吐くんじゃな」
「……お、おっしゃる通りです」
追憶の彼方、そこにある思い出と共に、翼羽は一人どこか嬉しそうに微笑んだ。
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