180話 月下に輝く双眸
時刻は深夜。
二つの満月が重なり、闇を払い煌々と輝く月下。竹林の訓練場にはソラの姿があった。
僅かに流れる風が竹の葉を揺らし、脆弱な静寂を打ち消していた。
そんな夜の中、ソラは一人黙々と剣を振っていた。
ソラはソードを操刃出来なくなり、戦う意志を失っている事に気付き、騎士の道を諦めたと思っていたあの日からでさえ、一度も剣を止めていなかった。
エルと交わした約束。自分が自分である為の証。それだけは失いたくなかったからだ。
ただ騎士の道を諦めてからの五日間は、ただ無意識に、空っぽに、義務的にそれを続けた。目指すべき道も無く、闇の中を藻掻くように……ただ当ても無く。
だが今は、一つの決意と共に、かつてのようにそれを行っていた。エイラリィが気付かせてくれたあるものがそうさせていたのだった。
その時だった。ソラは悪寒と共にふと月を見上げる。するとそこには月を背にして怪しく輝く竜の瞳と、月の光を浴びながら紫電に輝く刃を持った人物がソラへと斬りかかる。
「ぐぅっ!」
上空からの落下と共に振り下ろされた真向斬りを、ソラは咄嗟に剣で防いだ。しかしその衝撃は凄まじく、ソラは呻き声と共に片膝を地にめり込ませた。
そして刃を受け止めながら、ソラはその人物を見上げてその突然の行動に呆然とした。
――今の一撃、本気で殺すつもりの……
「何のつもりだよ……翼羽団長?」
不意打ち気味にその一撃を放ったのは翼羽であり、その突然の行動の真意を推し量れず、ソラは困惑気味に尋ねた。
対し、翼羽はソラと距離を取り、羽刀を正眼に構えた。
縦に割れた瞳孔、竜の如きその双眸は、翼羽が本気で戦う時の状態。完全なる無へと至る竜域に入っていたのだ。
「何のつもり……解らないのか?」
「……あーもしかしてあれか、ソードを操刃出来ない俺を見かねてショック療法的な感じで俺を戦線に復帰させよとかそういう感じ?」
その問いに、翼羽は冷たい声で返す。
「随分とめでたいな」
「え?」
「騎士を諦めた筈のお前が何故剣など振っている?」
「それは……」
翼羽から逆に問われ口ごもるソラ。すると、翼羽は突如突きを繰り出し、ソラの顔面を狙う。
「うっ!」
ソラはその一撃を、首を振って咄嗟に躱すが、左頬から血が流れ、同時に全身から冷汗が噴出した。
翼羽は眉一つ動かさず、冷淡に言う。
「一度捨てたものに、必死にしがみ付く……惨めで、哀れで、見るに堪えん」
直後、翼羽の羽刀の刀身に光が灯る。
「〈寄集の隻翼〉にお前のような騎士は必要無い。今すぐ楽にしてやる」
「…………」
ソラはすぐに理解する。翼羽のその言葉は嘘である。恐らく何らかの目論みがあってこのよう行動に出た。それは間違い無い……それは間違い無いが、もう一つ確かな事がある。
――最初の攻撃と今の攻撃、当たってたら死んでた。
その事実に、ソラは全身から危険信号を走らせていた。
「殺すつもりで来い、でなければ私がお前を殺す」
それを聞き、ソラは覚悟を決めたように深く目を瞑って息を吸う、そして勢い良く開眼し、息を吐いた。
同時にソラは剣を正眼に構え、迎え撃つ姿勢を見せる。
「何だか良くわからないけど、今までの手合わせの時の団長とは全然違うのは確かだし、本気でやらなきゃ死んじまうってのは本当っぽいな」
すると翼羽は更に、刀身へ刃力を収束させ刃を強く輝かせる。
「……都牟羽 零式 憑閃」
――あれはいつも団長が使ってる憑閃、刀身に刃力を収束させて切断力を大幅に増幅させる技。
次の瞬間、翼羽は地を爆裂させ、一瞬でソラの間合いへと入り袈裟斬りを放つ。
――半端に受ければ刀身ごと切断される。受け流せ、ルキゥール陛下のように!
僅かなタイミングのずれすら許されない、繊細な捌きが要求されるこの場面で、ソラが思い浮かべたのは以前レファノスの王城で手を合わせたルキゥールのベルフェイユ流剣術であった。
そしてソラは翼羽の袈裟斬りを見事に受け流し捌いてみせた。
「ほう、やるな」
刹那、翼羽から無数の高速斬撃が放射状に奔る。
――連撃、はやっ! 捌けるか? ……いや捌かないと死ぬっ!
「ぐうううっ!」
ソラは翼羽が放つ剣閃に何とか食らい付き、ぎりぎりで全てを捌いてみせた。その衝撃にソラの剣が軋み、鼓膜を劈く金属音が鳴り響いた。
次の瞬間、翼羽はソラから大きく距離を開け、羽刀を霞に構える。
「都牟羽 壱式 飛閃!」
そして羽刀から斬撃と共に光の刃を放つ。対しソラは身を翻し、間一髪でそれを躱す。
「ハアッハアッハアッ!」
――壱式 飛閃。憑閃の状態から斬撃と共に刃力の刃を飛ばす技!
続けて翼羽は左腰の鞘からもう一本の羽刀を抜き二刀流になると、両方の羽刀に刃力を収束させ、交叉させて構えた。
「飛閃・連刃!」
今度は斬撃と共に、交叉状の刃が飛び、ソラは身を屈めて回避。光の刃は頭上を掠め、髪が僅かに散る。
「ハアッハアッハアッハアッ!」
体制を立て直し、肩で息をしながら剣を構えるソラ。その瞬間、自身に無数の光の刃が飛来するのを見た。
「うわあああああっ!」
絶叫と共に、ソラはそれを横っ飛びで躱し、乱れ飛ぶ無数の光刃を地を転がりながら躱し続ける。
「……飛閃・乱刃!」
連続斬撃を繰り出し、翼羽は両手の羽刀を振り切った姿勢で残身する。
防戦一方のソラは既に土塗れになっていた。そして後方に生い茂る竹林は、光の刃に切断され姿を消していた。
――死ぬ……本気で……殺される……それでも、まだ死ねない!
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