179話 倒すべき敵
その後、ツァリス島格納庫に全騎が帰陣を果たす。
「皆、お疲れ」
「うおっ、叢雲右足ねえじゃねえか、修理が大変だなこりゃ」
その場には戦いを終えた騎士達を迎えるパルナ、翅音、そしてソラの姿があった。
すると、次々と自器から降りてくる騎士達の中で最初にフリューゲルがソラに近付いていく。
それを見てばつが悪そうにフリューゲルから目を反らすソラ。しかし、フリューゲルは何も言わずソラの横を通り過ぎた。
ソラはそんなフリューゲルに何も声をかける事が出来なかった。仲間が命懸けで戦っている中、無力で何も出来なかった自分がただただ情けなかったからだ。
直後、背後からフリューゲルの腕で首を絞められるソラ。
「ぐえっ!」
「ソラ、てめえがいりゃこんな苦戦してなかったかもしんねえんだぞこの野郎」
「……フリューゲル」
苦しそうにしながらも、フリューゲルの意外な言葉でソラはあっけにとられる。
そして続けてシーベット、プルーム、デゼルもソラとフリューゲルのやり取りの場に集まってくる。
「そうだぞこのおソラめ。だんちょーがシェールの所に行った後、白刃騎士がシーベットだけで大変だったんだからな」
「確かにソラ君のカレトヴルッフなら、あの憎たらしいほど硬い奴らなんてばっさばっさと斬り伏せてたかもだよねえ」
「ははは、ソラの斬撃は本当に凄いからね」
「……シーベット先輩、プルームちゃん、デゼル」
蒼衣騎士であり、最初はただの足手纏いでしかなかった自分を、今は必要としてくれている。そして自分の存在を認めてくれている、それがただただ嬉しかった。
すると、ゆっくりとソラの元に歩み寄るエイラリィが、ソラの目を真っ直ぐに見ながら尋ねる。
「ソラさん、どうしてあなたはまだここに居るんですか?」
「…………」
エイラリィの突然の辛辣な言葉に、その場の全員が唖然とする。
「え、エイラ……いくら何でもそれはきつすぎるよお」
「さ、さすがの俺でもそこまでは言わねえぞ」
口元を抑えながら、ショックを受けた様子で苦言を呈するプルームと、引きつった顔のフリューゲル。
「あ、いえ、そういう意味ではなくてですね」
直後、焦った様子で取り繕うエイラリィは、更に言葉を続けた。
「ソラさん、あなたにはちゃんと戦う理由がある筈です、ただそれを自分で認識出来ていないだけなんだと私は思います」
「え?」
「ソラさん、あなたがこの騎士団に入った理由はエルさんを救う為でした。でもあなたはもうエルさんが救われているのだと知り戦う理由を失った。戦う理由が無いのならこの騎士団に居る必要なんてないのに、それでもあなたはまだここに居る……それが答なんじゃないですか?」
エイラリィに言われてソラはハッとする。あの時、翼羽に言いくるめられて〈寄集の隻翼〉に入団し不本意ながら白刃騎士として前線で戦う事になった、それでもその事に何故か憤りを感じていない自分に気付き始めた。
今回の防衛戦で自分が何も出来ずにいた無力感に苛まれていた。〈寄集の隻翼〉が〈裂砂の爪〉を退け、全員が無事に生き残った事に心底安堵した。
ここに居たい、この場所を失いたくない、いつの間にか芽生えていたほのかな感情は、空っぽになった筈の今の自分を突き動かす、唯一確かな原動力である事を自覚する。
「私は知ってます、あなたはこれまで何度打ちのめされても決して折れずに立ち上がって来ました。あの日、そんなあなたがくれた言葉があったから、私は自分の存在価値を信じる事が出来るようになったんです。だから信じてます、あなたがちゃんと生きる理由を見つけて、戦う理由を見つけて、もう一度立ち上がってくると」
「……エイラリィちゃん」
エイラリィの言葉を受け、何かを決意したように、ソラは両の拳を静かに握り締めた。
すると翼羽が、ソラ達の元に歩み寄り、その場の全員に伝える。
「出陣前にも示唆したが、わしらの次の標的は決まった」
それを聞き、誰もがその標的を確信し、生唾を飲んで翼羽の言葉を待つ。
「第三騎士師団〈裂砂の爪〉じゃ」
翼羽が言う通り、この防衛戦の出陣前に翼羽は〈裂砂の爪〉の戦力を削った上で攻勢に出て、一気に倒すつもりであるとの事であった。しかし十二騎士師団三強の一角である〈裂砂の爪〉を倒す。
それを改めて聞き、達成する事の困難さに加え、統一戦役が大きな転換を迎えている事を目の当たりにし、ソラ達は再び生唾を飲み込んだ。
「シェール=ガルティの策略により既にこの島、わしらの本拠地の場所が知れてしまった。そして奴は恐らく、生きている限り何度でもここへ進攻してくるじゃろう」
たった一度の邂逅で、シェールが必ず自分達を殲滅する為にあらゆる手段を用いる人間である事を翼羽は確信していた。
翼羽にとって、もはやシェールは看過出来ない存在であった。このまま後手に回り続ければいつか必ず喰われるだろうという確かな予感があったからだ。
翼羽は、どこか覚悟を抱いたように深く息を吸った後、その場の全員に力強く五指を向けて言う。
「全騎士団員に告ぐ、準備が出来次第〈寄集の隻翼〉は〈裂砂の爪〉の本拠地、リデージュ島へ進攻する」
三殊の神騎、狂騎士シェール=ガルティ率いる〈裂砂の爪〉との戦い。しかも今度は敵の本拠地への進攻、全勢力との激突、それは防衛戦以上に厳しい戦いになる事は明白であった。その場の全員がその険しい道のりを予感し、覚悟を決めたように目付きを鋭くさせた。
すると、翼羽は翅音の方を向き、尋ねる。
「翅音殿、叢雲の修理は最速でどれ程の時間を要する?」
「そうだな、カナフとエイラリィの力を借りて四日って所だな」
それを聞き、翼羽は口元に指を当てて考え込むと、決意したように全員に伝えた。
〈因果の鮮血〉側との協議次第ではあるが、進攻開始は五日後を予定。とはいえそれまでに〈裂砂の爪〉が襲撃してくるとも限らない。今回の救援要請で駆け付けた〈因果の鮮血〉部隊がツァリス島近くのオルレア島に待機しているとはいえ油断は禁物、全員早急に刃力の回復に努めてもらう、と。
そして翼羽は、最後にプルームの目を真っ直ぐに見つめて言う。
「今回、わしがシェール=ガルティを倒したと言っても奴が操刃していたのはあくまで量産剣、防衛戦となれば奴は必ず神剣アパラージタを出してくる、そうなれば劣位属性の宝剣である叢雲ではさすがに分が悪すぎる」
「…………」
「もはや温存する理由もない、これも防衛戦出陣前に示唆したが次の攻略戦ではこの騎士団が所有する雲の神剣アロンダイトを投入する」
遂に神剣アロンダイトが実戦に投入される、そして神剣同士の激突は避けられない未来。来たるべき時が来た事に、その場にひりつくような緊張感が走る。
「じゃがいきなり実戦投入という訳にもいくまい。シーベット、確かお主が先日請負ってきた依頼の中に上位魔獣討伐があった筈じゃな」
「うん、レファノス王国からの依頼で、ランシード島に住み着いた上位魔獣ケルベロスと、それが使役するオルトロスの大群の討伐任務だ」
「よし、ではプルームは明日アロンダイトを操刃し、その討伐任務に就いてもらう」
それを聞き、フリューゲルが咄嗟に翼羽に尋ねる。
「プルーム一人でか?」
「当然じゃ、上位魔獣とはいえ神剣を使って苦戦するようではシェールには歯が立たん、これは単なる試し斬りという奴じゃな」
自身が〈因果の鮮血〉陣営で初の神剣を駆り、そしてシェール撃破の要となる。その想像を絶する重責は、普段呑気で物怖じしないプルームの表情を張り詰めさせていた。
「うんわかった、その任務でアロンダイトを使いこなせるようになってみせるから」
そして自分を鼓舞するように胸の前で左右の手を握り締めながら翼羽に返した。
「うむ、それではわしからは以上だ。全員解散」
防衛戦を終え、今後の見通しが決まり、その場は解散された。そうして各々は、様々な感情を抱きながら各々の時を過ごすのだった。
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